【こんぽたいむ。】『ミス・アンダーソンの安穏なる日々④』先行公開①
2020年春同人イベントで新刊発行予定
『ミス・アンダーソンの安穏なる日々④-彼の無窮なる食卓-』の
月額マガジン『こんぽたいむ』内限定先行公開分です。
現在鋭意執筆中につき、推敲で一部内容が変更になる可能性が
ございますことを何卒ご了承ください。
『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』既刊情報
①巻/小さな魔族の騎士執事(電撃文庫刊)
②巻/銀弦の吟遊詩人(同人誌発行)
③巻/波音に響く子守唄(同人誌発行)
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朝、肌寒さにぶるりと震えて目を醒ます。
アーティフェルド=R=S・キュイエールはうっそうと寝台から身体を起こすと、衣類を着替え、そのまま部屋を出た。その足取りも挙動も騎士執事らしからぬ鈍重さで、師である祖父が見れば即座に叱責が飛んでくるであろうものだったが、少年は頓着しない。
キッチンでじょうろに水を入れると勝手口から外に出て、彼が丹精込めて手入れしていた小さな家庭菜園に水をやる。それも惰性なのが窺える手つきで、本来季節の変わり目を迎えて植え替えをしなければならないのだが、実が生ったものをもぎ、花ガラが目立つものは一様に撤去し、としているうちに、随分と土肌の目立つようになってしまった。それでもアーティは構いもせず、じょうろの水を撒き終えると、のそりとした動きで家の中に入って行くのだった。
それから漫然と掃き掃除と洗濯物を済ませ、少し高くなった日が窓辺を照らし始めた頃、アーティは小さく催促の音を立てる腹を満たしてやることにした。キッチンへ向かい、あまりもののパンにくん製肉とまろヤギのバターを軽く載せ、申し訳程度に温めたミルクとともに、トレイに載せてリビングへ運ぶ。
しん、と静まり返るその空間に、アーティの足音ばかりがぼそぼそと響く。彼はダイニングテーブルにトレイを下ろしてから椅子を引き、緩慢な動作でその上に座った。
手を合わせ、微かに瞑目する。いただきます、という言葉はほとんど空気を震わせることもなく、やつれた頬をほんの少し動かしたに留まった。
そして小さく息を吐き、瞼を押し上げパンを手に取ろうとして――
『あら、わたくしの分が用意されていないようですが?』
そんな声が聞こえた気がして、弾かれたように顔を上げた。
その視線の先には――少年が座るその対面の席には、いつものように、彼女があの碧眼を意地悪気にたわませ、薄い唇に嫣然と笑みを湛え、わざとらしく小首を傾げると艶やかな長い黒髪がさらりと流れて――
「ニャー」
――そう、そんなものは幻覚だ。
アーティの向かいの席にいるのは、小さな白猫だった。いたいけな碧(キトゥン・ブルー)をした両眼をくりくりと潤ませ、細長い尻尾をたふんたふんと振っている。その存在をすっかり失念していたことに、アーティは申し訳なく苦笑した。
「すみません、今ごはん持ってきますね」
彼は小走りでキッチンに戻ると、残っていた新しいミルクの瓶と小さな器を引っ掴んで引き戻す。それから、大人しくテーブルの上で待ち構えていた白猫の前に器を置き、その中にミルクを注いでやった。
要求が叶えられた白猫は満足げにひとつ鼻を鳴らしてから、器の中に口をつける。ぺちゃぺちゃ、と他愛なくミルクを飲むその姿を見て、憔悴していたアーティに穏やかな笑みが浮かんだ。
だがすぐに、胸に痛みが走る。
この新しい、小さな同居者が増えたときのことを、思い出したから。
それは、雨の中のこと。
この家の主である彼女が――アンナ=L・アンダーソンが何も言わず去ってしまった、その前日に起こった出来事――
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