見出し画像

第5回①北アルプスの自然、菜園の恵みを生かした土づくり 穂高養生園 回転式コンポスト、落ち葉堆肥

いろいろなコンポストを実践する人やグループを訪ね、そこで出会った人々の生き方や社会、自然とのかかわり方を綴るnoteでの連載。第5回目は、長野県安曇野にある「穂高養生園」のコンポストや土づくりについて2回にわたり紹介します。

穂高養生園は、「体にやさしい食事、ヨーガや散歩などの適度な運動、心身の深いリラックス」の3つのアプローチにより、本来、誰にでもそなわっている自然治癒力を高めることを目的とした宿泊施設として、1986年に開園。全国から多くの人が訪れている。私も、数年前に養生園に滞在する機会を得てから、自分の心と身体と向き合う大切な場所になっている。

忙しい日常から離れて、心も身体もゆるやかに開放されていくひととき。そんな穏やかな時間が穂高養生園には流れている。この心地良さの背景のひとつには、地元の野菜を使った食事づくりや北アルプスの豊かな自然をいかした環境とのかかわり方があるのかもしれないと思った。菜園での取り組み、コンポストや土づくりを取材しながら、居心地の良さを探ってみたい。


身土不二に基づいた玄米菜食


養生園の楽しみのひとつが、マクロビオティックをベースにした食事だ。
「養生園では、身体と土地は結びついているものという身土不二の考えに基づいて、地元の農家さんや養生園の自然菜園から収穫した新鮮な有機野菜を使っています」と語るのは、2010年から養生園で調理、受付などを担当している鈴木愛さん。
 
この日は、週3回提供されるスープ朝食。焼きナスのポタージュスープをメインに、車麩、インゲン、カボチャ、オクラ、ズッキーニ、トマトの炊き合わせに、酵素玄米のご飯とぬか漬け。香ばしい焼きナスの香りとナスの旨味が口いっぱいに広がる。夏の太陽をたっぷり浴びた旬の野菜を生かしたレシピだ。

「食事は朝と晩の1日2食です。これは、過食気味の現代人の食事を見直し、消化の負担を減らすことで、より心身を休めてもらうためです」。
少々ストイックなイメージだが、採れたての新鮮な野菜をたっぷり使った料理は、滋味深くとても美味しい。素材のもつ甘みや酸味、苦みといった味わい、香りを生かし丁寧に調理された食事は、じんわりとやさしくお腹にしみわってくる。しっかりと寝かせた酵素玄米のご飯は噛むほどに味わい深く、満足感たっぷりだ。

滞在する間に、少しずつ身体がスッキリと軽やかになっていく。お通じも驚くほどいい。「健康な身体ってこうだったな」と、調子が良かった頃の身体の記憶が呼び覚まされる感じ。そうなると、心も前向きに清々しくなってくる。「食べるものが身体を作っている」ということをまさに身をもって気づいていく。

素材を無駄なく使いきる

素材を生かす工夫は調理にも存分に生かされている。
「野菜の皮やヘタ、椎茸やエノキといったキノコの軸など、食べられるギリギリのところまで使っています。長芋やサツマイモなどを剥いた皮は、素揚げにしてスナックにしたり、焼き菓子に混ぜたりしてスタッフのおやつにすることもありますよ」。大地の恵みたっぷりの野菜、その命をすみずみまで無駄なく使いきることで、生ごみの量をできるだけ少なくしているのだ。

また、滞在するゲストの方々のほとんどが、おかわりすることがあっても食事を残すことがない。食べ残しがないということは、生ごみの発生が少ないことにも直結している。できるだけ生ごみを出さない工夫を心がける養生園の料理。では、生ごみはどんな方法で堆肥化しているのだろう?

回転式コンポストで堆肥づくり

案内してくれたのは、養生園のスタッフで菜園を担当する福田太志さん。生ごみは、コンポストで堆肥化したり、ニワトリの餌として活用しているという。青いドラム缶のようなコンポストは、初回で紹介した虹野さんのコンポストと同じ回転式だ。ドラム缶中央部にある開口部に生ごみを入れ、ドラム缶を回すことで、有機物である生ごみを分解する仕組みになっている。

野菜くずを投入している福田さん(写真左)
回転式コンポストは開口部が2つ。投入用と、もうひとつは熟成用になっている(写真右上)
生ごみを入れた後には、近所のコイン精米機でもらったもみ殻(写真右下)を加えている

意外にも回転式コンポストはひとつだけ。宿泊者やスタッフなど、多くの人の食事から出る生ごみといえば、かなりの量になるだろうと想像していた。それが、家庭でも使っている回転式コンポストひとつで処理できるなんて! 正直驚きだった。生ごみの少なさは、「食材を使いきる」調理スタッフの工夫が生かされているのだろう。
また、肉や魚など、タンパク質系の生ごみがないからだろうか。一般的な生ごみ臭さは、ほとんど感じられなかった。

原生林の森の落ち葉を活用


養生園の近くを流れる中房川。北アルプスからの清水はひんやり気持ちいい!

「回転式コンポストで熟成した堆肥は、落ち葉や米ぬかともう一度混ぜ合わせ、中熟堆肥にしています」と福田さん。養生園の背後には、標高3000メートル級の北アルプスの山々がそびえる。雪解け水や雨水は、森の木々や大地に浸み込み、ゆっくりと時間をかけて湧き水となり、やがて麓の田畑を潤していく。中部電力では、近くを流れる中房川の水を利用し水力発電を行っているが、渓流にかけた堰には大量の落ち葉がたまってしまう。その落ち葉を養生園でもらい受け、活用しているという。


水力発電所からもらったナラやクリの落ち葉に、
回転式コンポストの生ごみ堆肥、米ぬかや油粕を入れて、分解を促進。
途中、分解が均一に進むよう全体をかき回し、かき混ぜる「切り返し」を行っている。

「落ち葉が濡れた状態というのが、とても助かっているんです。というのも、有機物を分解する微生物の活動には、酸素や水が必要なので、落ち葉がカラカラに乾いていると大量の水を撒く必要があります。でも、川の水をたっぷり含んだ落ち葉は、そのまま二次発酵に利用することができるんです。それに電力会社にとってみれば、落ち葉を処分する費用がかかりませんし、僕たちも集める手間が要りません。昨年は、軽トラ3杯分、約1.5トンの落ち葉を運びました」。
福田さんは、堆肥づくりについて「簡単に扱えて、手間やお金をかけないことが大事です」と語る。宿泊施設を運営する点から考えても、誰もが担えて、なるべく時間やコストをかけないことも重要なポイントなのだろう。


熟成した堆肥を手で握ってみると、落ち葉はほろほろと崩れ、ふんわりとやわらかい。滞在中に原生林の森を散歩した時のやわらかな土の感触を思い出した。堆肥の一部は、養生園の中庭に広がるハーブガーデンやバタフライガーデンにも使っている。


養生園の中庭にあるハーブガーデン。中央奥に回転式コンポストを置いた小屋が見える
養生園の中庭にあるハーブガーデン&バタフライガーデン。
バタフライガーデンには、エキナセアやブッドレア、オミナエシなど、蝶や昆虫が好む花々が植えられている。葉っぱの根元にたくさんの蝉の抜け殻を発見!

「堆肥で育ったハーブは、ハーブティーやお菓子に、ゲストの方たちやスタッフの料理にも使っています。また、養生園内にあるハーバルサウナにも活用しているんですよ」と鈴木さん。ハーバルサウナでは、摘み取ったハーブや周辺の森で採取した樹木を煮出し、熱した石にかけ蒸気を発生させている。やわらかなハーブや木々の香りを全身浴びるサウナでのひとときがたまらなく気持ち良くて、サウナはちょっと苦手な私も訪れるたびに体験している。

養生園を訪れた8月の庭には、蜜や花粉を求めて、ミツバチが羽音を響かせながら飛び、蝶たちが花から花へと優雅に舞っていた。中庭には、生き物たちの息吹があふれていた。

次回は、養生園の自然菜園での取り組みを紹介します。