ハラスメントの懲戒処分はどう決める?適正に決めないと無効に!
こんにちは、非営利組織とコンプライアンス研究会の代表世話人を務める弁護士・塙 創平(はなわ そうへい)です。
前回、(1)労働者に対しては「〇〇な言動をしてはならない」という法律はないこと、だから(2)就業規則等において「他の労働者の就業環境を害してはならない」と定め、懲戒処分の対象となることについても併せて定めること、という2点をお伝えしました。
今回はさらに、ハラスメントが実際に起きた時、組織内で、加害者に対し、どういう対応をするのか、何に基づいて対応するかについて、お話します。
被害者を守るだけでなく「加害者にいかに対応するか」が、ハラスメントをなくす(減らす)為には不可欠であり、とても重要な鍵となります。
客観的事実に基づいたハラスメント認定が大切
なんども繰り返しお伝えしていますが、『その行為がハラスメントにあたるかどうか』ばかり議論していても、前に進みません。ほとんどの加害者は、ハラスメントにはあたらない、なぜなら「そんなつもりでなかった」と弁解するからです。
ハラスメント認定に「わざと(故意)かどうか」は関係ないのですが、実はこの点を誤解している人も多いです。大切なのは「何をしたか」という客観的事実。
加害者に対応する際は、まず、「問題行動判断の4段階基準」にもあてはめながら、客観的事実を検討しましょう。
刑事事件該当性か、民事事件該当性が認められる場合、加害者のしたことは直ちに違法です。ハラスメント該当性を議論するまでもありません。違法行為を行った場合に関する、就業規則、その他組織内のルールの定めを参照し、「懲戒の事由」に掲げられているどの事由に抵触するかを踏まえ、懲戒処分の内容を決めることになります。
一方、違法行為ではないが、ハラスメントに該当する場合、先に定めた就業規則、その他組織内のルールに則って処分を検討する必要があります。
就業規則の定め方については、前回記事をご参照ください。
懲戒処分の種類と選択
まず、懲戒処分には、(一般的に)以下の種類があります(処分として重い順)。
懲戒解雇とは、労働者に非があって、就業規則などで定めた懲戒事由に該当したことを理由として解雇することをいいます。
諭旨(ゆし)解雇とは、労働者に懲戒解雇に相当する非があって、就業規則などで定めた懲戒事由に該当したことを理由として解雇するものの、今後の生活、反省の様子その他諸般の事情を考慮して、解雇予告手当や退職金を全額または一部支払等の形をとった上で解雇することをいいます。尚、解雇ではなく、懲戒解雇相当であることを通知して、自主退職を促す退職勧奨のことを指す場合もあります。
降格とは、労働者の職位を解任又は下位等級へ降格する懲戒処分をいいます。人事権の行使による降格とは異なります。
出勤停止とは、労働者の出勤を停止し、その間の賃金は支給しない懲戒処分をいいます。人事権の行使による出勤停止とは異なります。減給とは異なるので、労働基準法第91条(後述します。)の規制はありませんが、出勤停止期間については相当の期間である必要があります。あまり長期間(不相当)だと、懲戒権の濫用と評価される場合があります。
減給とは、将来を戒め、賃金を減額する懲戒処分をいいます。人事権の行使による減給とは異なります。減給の額については、労働基準法第91条による規制があるので、注意をしましょう。
譴責(けん責、けんせき)とは、始末書を提出させて、将来を戒める懲戒処分です。
戒告(かいこく。訓告、訓戒ともいう)とは、口頭又は文書で、将来を戒める懲戒処分です。
厚生労働省労働基準局監督課の「モデル就業規則(令和5年7月版)」では、懲戒処分について、次のように定めています。
懲戒処分の相場(ざっくり)
ハラスメントによって、行為者に対し、初めて懲戒処分を行う場合、以下が内容の目安です。(あくまで一般的な目安です。)その際も「問題行動判断の4段階基準」が参考になります。
行為の内容によって、上下1段階程度は重い又は軽い処分にしたり、同一又は同種の処分を繰り返し受ける場合は、前回の処分より1段階上の処分としたりすることがあります。
国家公務員の場合、人事院が懲戒処分の指針を明らかにしていますし、地方公務員の場合も、各地方自治体が、この指針に準じて、懲戒処分の指針を作成しています。
この懲戒処分の指針は、不祥事に対する処分の相場を把握するうえで参考になる資料(相場を示す資料)ですので、是非、懲戒処分の選択に迷った際は参考にして下さい。
ハラスメントはすべて懲戒解雇!とはならない
「ハラスメントは許せないから、全て懲戒解雇!」と、極端に走る経営者さんがたまにいますが、これは正しくありません。やったことに相応する処分をしないと、相当性がなくなってしまい、場合によっては違法になりかねません。
この考え方を、平等原則、比例原則といいます(厳密にいうと、両原則は違うものですが、とりあえずシンプルにこのように理解をしておけば、今回は十分です)。処分は厳しければいい、というものではないということを念頭においておきましょう。
裁判所は、労働事件について、事業主側に非常に慎重な判断を(つまり、処分された労働者側に有利な判断を)する傾向があります。したがって、事業主が、相当と思っていても、裁判所は、厳しい(懲戒権の濫用にあたるという)判断をすることが多々あるのです。
懲戒権の濫用にあたるとされた判決事例
ここで裁判例を紹介します。あなたが事業主だったならば、「どのような処分にするかな?」と考えながらお読みください。
【裁判例】りそな銀行事件
概要:
りそな銀行の主張(要約):
さて、この懲戒解雇は妥当でしょうか。
裁判所の判断(要約):
まず裁判所は、(1)社内ルールに反する過剰接待について、就業規則に反すると認定しました。
そのうえで、次のような判決を出しました。
判決文の内容(要約):
銀行の名誉信用を傷つける行為があったにもかかわらず、懲戒解雇は無効となったわけです。
こうなると、懲戒処分によって社内の引き締めを図ったにもかかわらず、かえって、箍(たが)がゆるみかねませんね。
懲戒処分のやり直しはできない
では、たとえば上記の例で、「懲戒解雇は無効になったから、改めて相当な懲戒処分をしよう」と思っても、実はそういうわけにもいかないのです。
一事不再理の法理(判決が確定した事件の再審は許されない)という、という刑事裁判における基本原則があるのですが、組織内の懲戒処分についても当てはまるとされています。
つまり、最初の処分が「懲戒権の濫用に当たり無効」となった場合にも、「改めて処分」は許されないと考えるべきです。
厳しすぎるようにも思いますが、裁判で無効を争う労働者の負担を考えると、一事不再理の法理の趣旨に照らせば望ましくないことは間違いありません。
最初から、懲戒処分の種類を就業規則に定め、就業規則に則り懲戒するかどうか判断する手続きを進め(適正手続)、適切な懲戒処分を選択しましょう。
組織運営を長い目で見たとき、これがとにかく大事です。
今回のまとめ
加害者は、被害者との関係では不法行為責任や損害賠償を、事業主との関係では懲戒処分を受ける可能性があります。
事業主は、ハラスメントには速やかな対応が必要ですが、一方で、「ハラスメント!すぐに厳罰を!」と焦ってはいけない、処分さえすればいいというものではない、ということがご理解いただけましたでしょうか。
「それでもやっぱり、誰かに迷惑行為をしたり、組織の輪を乱したりした存在を許せない」そう思う方も、もちろんいらっしゃるでしょう。
そこで次回は、法律家の立場から「罪を憎んで人を憎まず」という言葉の意味について、考えたいと思います。お楽しみに。
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