13 ペンローズ変換再考

前回、ペンローズ変換に関して解説した。文字数が増えたため、最後の方はかなり端折って書いたので、よくわからなかったと思われる。そこで、今回は、もっと詳しくペンローズ変換について述べてみたい。

ペンローズ変換は、ツイスター空間の情報を、物理空間の場の情報に変換するものである。以下、物理空間の次元を4と仮定する。物理空間に対応するツイスター空間とは、物理空間の各点の近傍に存在するスピノール場により構成される。スピノールとは、物理空間のスピン構造により定まる。物理空間に入っている幾何構造により、物理空間のスピン構造は異なってくる。幾何構造とは、例えば符号として(+,+,+,+)なる正定値となるリーマン計量、(-,+,+,+)となるローレンツ計量、(+,+,-,-)となるニュートラル計量がある。これらの幾何構造に定まるスピン構造から、物理空間の各点に定まる概複素構造をパラメトライズした空間で可積分なものをツイスター空間と言うのである。ただし、幾何構造がローレンツな場合、例えば、ミンコフスキー空間だと、通常、ツイスター空間は3次元の複素射影空間とされるが、ミンコフスキー空間の共形構造を定めるナルツイスターのなす集合は、3次元複素射影空間の中の実5次元の部分集合である。一般のローレンツ多様体の場合も状況は同様と思われ、canonicalな形で複素構造をもつツイスター空間は構成できないと思われる。ニュートラル計量に関しては、ほとんどすべての物理空間で、ツイスター空間は可積分にならない。したがって、ツイスター空間として主に研究されている物理空間は、リーマン多様体である。

4次元のリーマン多様体の場合、可積分ツイスター空間は無数に存在する。もっとも初期に知られていたのは、4次元球面と、複素射影平面のツイスター空間である。前者は3次元の複素射影空間、後者は旗多様体となる。これらは射影代数多様体であることに注意しよう。

また、複素射影平面の任意個数の連結和にも可積分ツイスター空間が構成できることが示された。その中には、Moishezon多様体と呼ばれる、射影代数多様体に近いがケーラーではないものが多くあることが確認された。

その他、任意のコンパクト4次元多様体に対して、それにある数以上の複素射影平面を連結することにより、その上のツイスター空間が可積分になることが示され、きわめて多くの4次元多様体に可積分ツイスター空間が知られるに至った。ただ、前述した4次元球面と複素射影平面のツイスター空間以外、すべて非ケーラーとなり、複素射影平面の連結和のツイスター空間以外は、ほとんどすべて、代数次元が0、すなわち、非定数有理形関数が存在せず、複素多様体としては、スッカスカだと思われていて、あまり研究はされていない。

現在の数学におけるツイスター空間論は、かなり幾何学的である。数学者は大域的な話が好きなようで、一方で、物理学者は局所的な話に興味があるようである。物理学者にとっては、実験室レベルで確かめられる性質に興味があって、宇宙全体を考えて理論を作ることには興味はないのかもしれない。ツイスター空間がケーラーか非ケーラーなのかというのは、物理学者の文脈では見かけたことがない。しかも、物理学で出てくるツイスター空間は3次元の複素射影空間しか筆者は見たことがない。

では、数学におけるツイスター空間論は、空虚なエクササイズなのであろうか。筆者はそうではないと考える。数学においては、ツイスター空間論の意義というのは、空間とは何なのかを示唆することだと思う。空間にはいろいろな場というものが考えられる。場というものは積分されるものであり、その積分をパラメトライズしたものが、簡単に言えば、ツイスター空間なのである。場と空間、その関わり合いを考察することには深い意義があると筆者は思うのである。

ちょっと前置きが長くなった。ペンローズ変換の話に戻ろう。ここまで書けば、筆者がなぜ、何度もペンローズ変換についての話を書くのか理解されたのではないだろうか。つまり、それだけ奥が深いからである。

まずディラック作用素とツイスター作用素の定義を思い出そう。

定義13-1
$${\nabla}$$をレヴィチビタ接続とする。$${S_-, S_+}$$はスピノール束とする。この時、$${\nabla}$$はスピノール形式で次のように書ける。

$$
\nabla : \Gamma(S_-^{m}) \rightarrow \Gamma(S_+^{m} \otimes S_+ \otimes S_- )= \Gamma(S_+^{m+1} \otimes S_+) \oplus \Gamma(S_+^{m-1} \otimes S_+).
$$


ここで、1番目の要素への射影をツイスター作用素、2番目の要素への射影をディラック作用素という。

定義13-1により、ツイスター作用素はディラック作用素に近いものだとわかるであろう。ペンローズ変換により、ディラック作用素により消えるスピノール場のなす集合がツイスター空間のコホモロジーに翻訳されるのである。

ここできちんと定式化するが、ツイスター空間とは、射影スピノール束$${P(S_-^{*})}$$で複素構造の入るものである。ディラック作用素の定義域が$${\Gamma(S_-^{m})}$$なので、ツイスター空間と関係がありそうなのは、なんとなくわかる。ちなみに、ディラック方程式はゲージを固定することにより局所的には次のように書くことができる。

$$
\partial^{a \dot{a}}\psi_{\dot{a} \dot{a_2}  \cdots\dot{a_{2s}}} = 0,\\
\partial^{a \dot{a}} \psi_{a a_2 \cdots a_{2s}} = 0.
$$

前者は正のヘリシティをもつディラック方程式、後者は負のヘリシティをもつディラック方程式と呼ばれる。ヘリシティという言葉が気になった読者は、身近な物理学者に質問してもらいたい。筆者はよく知らない。

この方程式を満たすディラックスピノール場は、局所的には、ツイスタースピノールにより定まる、ツイスター関数を用いたコーシー型の積分表示で書けることが、ペンローズにより示されている。正のヘリシティをもつ場合のみ、式で書いておこう。

$$
\psi_{\dot{a_1}\dot{a_2} \cdots \dot{a_{2s}}}(x) = \oint_{C_x} \lambda_{\dot{a_1}} \cdots \lambda_{\dot{a_{2s}}} f(i x^{a \dot{a}}\lambda_{\dot{a}}, \lambda_{\dot{a}}) \frac{\lambda_{\dot{b}} d \lambda^{\dot{b}}}{2 \pi i}.
$$

ここで$${f}$$がツイスター関数である。周回積分はリーマン球面上の閉曲線を取っている。ツイスター関数は局所的には正則関数であるが、大域的には、ツイスター空間に自然に定義される超平面束$${H}$$、ツイスター束の正則切断(以下、ツイスター切断と呼ぶ)となっている。ツイスター切断は、名前の通り、ペンローズ変換により、ツイスター方程式満たすツイスタースピノールを定める。

このように、ツイスター切断をもつツイスター束から得られるコホモロジーの言葉で、ディラック作用素を特徴づけることができそうなのが、なんとなくわかるのではないであろうか。前回述べたが、ヒッチンによる定理をここに再掲しよう。

定理13-2
$${X}$$を4次元の自己双対多様体、$${E}$$を自己双対接続をもつ$${X}$$上のベクトル束としよう。$${Z}$$を$${X}$$により定まるツイスター空間とする。そのとき、ペンローズ変換

$$
T : H^1(Z, \mathcal{O}(F(-m-2)) \rightarrow \Gamma(S_-^{m} \otimes E)
$$

は、ディラック方程式の解空間への同型を与える。ここで$${F}$$は$${E}$$のツイスター空間への引き戻しとして定義される正則ベクトル束とし、$${m \geq 0}$$とする。

前回も述べたように、定理13-2の証明は長く、ここに全部紹介することはできない。ただ、それほど難解な証明ではないので、本質的なことを説明すれば、何となくわかった気分になると思われる。そこで、今回は、前回より、わかりやすい記述を心掛けて説明することにしよう。

定理13-2の証明で本質的に重要になるのは、ツイスター空間上の有理曲線である。ツイスター空間上において、有理曲線は複素4次元分のパラメータで動かすことができる。そのパラメータ空間を$${X^c}$$と書こう。これは考えている物理空間$${X}$$の複素化と思ってもらっていい。物理的に言えば、複素時空と呼ばれるものである。この$${X^c}$$の実部が$${X}$$となる。

では、どうして、複素時空、あるいは複素物理空間なるものを考える必要があるのか。これは、ツイスター理論の元々のアイデアに関わるようである。つまり、ツイスター方程式の解となる、ツイスタースピノール場、これは物理空間上で定義された場であるが、この場は基本的な場として、複素物理空間上に正則に拡張できなければいけないという信念である。ツイスター方程式、あるいはツイスター作用素は、物理空間上での表現であり、それらが定める積分をパラメトライズした空間として複素物理空間がある。したがって、物理空間では微分方程式で記述された現象も、複素物理空間に話を持っていくと、コホモロジーという代数的な記述に翻訳される。

どうしてツイスタースピノールが特別なのかは、筆者にはまだわかってないが、従って、上記したように、ツイスタースピノール場により定義される、ツイスター関数を用いて、コホモロジーによりディラックスピノールを記述することができるのである。ツイスター理論において、物理空間を複素のカテゴリーに拡張することは本質的なのである。この本質が、ツイスター空間論の単なる数学的一般化では考えられていないようであり、従って、ただの一般化では内容が乏しくなるのだと思われる。

もう少し丁寧に述べていこう。

$${X^c}$$はスピン構造を持つので、その上に、射影スピノール束$${Y}$$を考えることができる。この$${Y}$$から$${X^c}$$への射影を$${p_2}$$と書く。また$${Y}$$からツイスター空間$${Z}$$への射影も定義できて、それを$${p_1}$$と書く。

これらの複素多様体を用いて、ペンローズ変換は次のように解釈することができる。つまり、

$$
T : H^1(Z, \mathcal{O}(W)) \stackrel{p_1^{*}}{\mapsto} H^1(Y, \mathcal{O}(p_1^{*}W) \rightarrow H^0(X^c, \mathcal{O}(\mathcal{H}^1(W))) \rightarrow \Gamma(X, S_-^{m} \otimes E).
$$

ここで$${W = F \otimes H^{-m-2}}$$と書いた。$${H}$$はスピノール関数により定まる、ツイスター空間上の正則線束である。また$${\mathcal{H}^1(W)}$$は、$${H^1(Z_x, \mathcal{O}(W))}$$により定まる$${X}$$上のベクトル束であり、これは$${X^c}$$上の正則ベクトル束に拡張することができる。このことにより、物理空間上で定義されたスピノール場を、複素のカテゴリーで解釈することができるのである。

さらに述べていこう。

上式により、$${T \alpha}$$の$${k}$$次のジェットは、次の$${p_1}$$による像に含まれることが、ルレイのスペクトル系列などを用いることにより示すことができる。ここではこれを認めることにする。

$$
p_1^{*} : H^1(L_x, \mathcal{O}_Z^{k}(W) \rightarrow H^1(L_x, \mathcal{O}_Y^{k}(p_1^{*}W)) = J_k(S_-^{m} \otimes E)_x.
$$

次の複素の意味でジェット束の完全系列を存在が知られている。

$$
0 \rightarrow \mathcal{O}_V(S^k N^{*} \otimes E) \rightarrow \mathcal{O}_U^{k}(E) \rightarrow \mathcal{O}_U^{k-1}(E) \rightarrow 0.
$$

ここで$${V}$$は部分多様体であり$${U}$$はその開近傍、$${N}$$は$${V}$$の法束とする。この完全系列は一般的に成り立つものであるが、ここでは$${V}$$として$${x}$$上のツイスター直線を取ることにしよう。この完全系列は、$${p_1^{*}}$$により、物理空間の$${k}$$ジェット束$${J_k(S_-^{m})}$$の完全系列、

$$
0 \rightarrow S^k T^{*} \otimes E \rightarrow J_k(S_-^{m} \otimes E) \rightarrow J_{k-1}(S_-^{m} \otimes E)
$$

と関係が付くことは上の記述から見やすいであろう。ディラック作用素の共形共変性により、$${p_1^{*}}$$による像として、ディラック作用素の核である、ジェット束の部分束に$${T \alpha}$$が含まれるのである。$${T}$$の全射性や単射性は原論文を参考しにしていただきたい。

詳細な議論はヒッチンの原論文を参照してもらうことにして、要は、このように、ペンローズ変換は複素物理空間と実物理空間を橋渡ししているのである。ヒッチンの議論は、ペンローズ変換の定義を詳細に述べて、結果的に定理13-2が示されているという印象であった。ディラック方程式の解が、いつもこのように複素のカテゴリーで記述されるわけではないと思うのだが、物理空間が自己双対の時には、物理空間はツイスター的な記述、つまりコホモロジーにより、代数的に制御されるのである。筆者はまだ、ヒッチンの定理をつかみ切れていないのであるが、読者はどうだろう。

ヒッチンの論文は大きな結果で、とても美しくまとまっている。とてもではないが、筆者にそれを紹介しきることはできない。興味を持たれた読者はぜひ原論文にあたってもらいたい。

いいなと思ったら応援しよう!