11 スピノールと複素幾何学の関係性について

先回、ツイスター空間論を述べた際に、スピノールなる概念を未定義のまま使用した。スピノールとは、数学的には特殊直交群の二重被覆となるスピン群の表現空間の元のことを言う。物理学では、スピノールとは、素粒子の内部自由度、つまりスピン自由度を表すものとして導入された。物理的には、素粒子の内部自由度であるスピンを考慮に入れたスピノールを考えることは、ベクトルを考えることよりも根源的であると考えられる。数学的には、実4次元において、場の理論と複素幾何学との対応を与えている点において、スピノールは空間とは何かということを考えるきっかけになっていると、筆者は思っている。今回は、そういったことを書くつもりである。

以下では、実4次元の空間について考えよう。理由は、この世界の物理空間が4次元空間として表現できるからである。空間には角度という概念がある。先回までに紹介したツイスター空間では、ツイスター空間の複素構造から、物理空間の角度が定まること、つまり、物理空間の共形構造が定まることをみた。ここで重要になるのはツイスター空間の複素構造である。では、ツイスター空間にはどのようにして複素構造が定まったのであろうか。実4次元空間のスピノールは、局所的にその空間の複素構造を定める。大域的には、考えている4次元空間が自己双対的なとき、その時に限り、ニューランダー・ニーレンバーグの定理により、ツイスター空間に局所的に定義された複素構造が伸びていくのである。

 このように、4次元空間の場合、スピノールと複素幾何学には根源的な関係があるように思える。思えるだけで、筆者にはよくわかってないのであるが、以下では、ヒッチンの論文を参考に、物理空間と複素構造の間の対応が、スピノールを使うことによって得られることを見よう。

 $${Spin(4)}$$の既約表現をスピノールと呼ぶことはすでに述べたが、実4次元においては、$${Spin(4) = SU(2) \times SU(2)}$$と書けることが知られていて、このことにより、$${Spin(4)}$$の既約表現は、すべて$${S^mV_+ \otimes S^nV_-}$$の形に書くことができる。ここで$${S^mV}$$は$${V}$$の$${m}$$次対称積を表す。これを今後、$${S_+^m,S_-^m}$$などと書くことにする。

共形共変な一次の線形作用素を考えたい。たとえば、ディラック作用素やツイスター作用素などはその例である。そこで$${E}$$をベクトル束とし、$${J_1(E)}$$をその一次のジェット束としよう。共形な変換とは、空間の回転と平行移動のなすリー群の半直積で書くことができる。それを$${CE(n)}$$と書く。$${CE(n)}$$が$${J_1(E)}$$にどのように作用するのか、先回に考えた。そこから、共形共変な微分作用素としてどのようなものがあるのか、統一的に考えることができるのであった。

ちなみに、ディラック作用素やツイスター作用素は共形変換で共変であるのだが、共変とは、「同じ」と言うことではない。ディラック作用素やツイスター作用素により定義された場の方程式の解は、共形変換を施しても、解としての立場が変わらないということである。したがって、ディラック作用素やツイスター作用素に共形変換を施すと、いくらか作用素の形が変わってしまう。その変化というのは、共形変換に関しては、共形重みというある実数で表現される。

4次元ユークリッド空間$${\mathbb{R}}$$は、スピノールをつかって、$${\mathbb{R}^4 = S_+ \otimes S_-}$$と表現することができることに注意する。

$${E}$$と書いて、$${CO(4)}$$の表現空間とする。$${E=S_-}$$としよう。その時、$${S_- \otimes \mathbb{R}^4 = S_- \otimes S_- \otimes S_+}$$は二つの既約成分、$${S_-^2 \otimes S_+}$$と$${S_+}$$に分解できる。この時、二つの共形共変な線形一次微分作用素、すなわち、ディラック作用素とツイスター作用素が定義できる。つまり、

$$
(i)D : \Gamma(S_{-}) \rightarrow \Gamma(S_{+}),\\
(ii)\bar{D} : \Gamma(S_{-}) \rightarrow \Gamma(S_{-}^2 \otimes S_{+}).
$$

 (i)がディラック作用素と呼ばれるもので、共形重みは、具体的に計算すると$${\frac{3}{2}}$$、(ii)がツイスター作用素と呼ばれるもので、共形重みは、$${-\frac{1}{2}}$$となる。具体的な定義などは、先回の記事を参考にしていただきたい。

ここでディラック作用素により定まるディラック方程式は無質量であることに注意しよう。有質量の場合、ディラック方程式は共形共変にはならない。共形共変とは、無質量粒子の場に特有の扱いである。

 $${E=S^m}$$と置くことにより、ディラック作用素やツイスター作用素を次のように一般化することができる。

$$
(i)D_m : \Gamma(S_-^m) \rightarrow \Gamma(S_-^{m-1} \otimes S_+),\\(ii)\bar{D}_m : \Gamma(S_-^m) \rightarrow \Gamma(S_-^{m+1} \otimes S_+).
$$

 線形一次の共形共変な微分作用素に関しては、よく理解されているようである。より高次の共形共変な微分作用素に関しては、筆者は知らないのであるが、研究課題なのかもしれない。

共形共変性から、考えている方程式$${D_m \phi = 0}$$や$${\bar{D}_m \psi = 0}$$の解についての洞察がある。たとえば、本論からずれるので、詳細は省くが、$${\oplus ker\bar{D}_m}$$に自然に定まる環構造があることは有意性のある事実であろう。興味のある読者はヒッチンの論文を参考にしてもらいたい。この事実は以下で少しだけ登場する。

 物理学では、基本的にはベクトルとはその点に作用する力の大きさと向きを表すものである。ベクトル場とは、そういった力の場の分布と思うことができる。さらに、ベクトル場をスピノール場として表現することにより、物理的には力についてのより根源的な扱いが可能になる。ツイスター空間の可積分性については、ツイスタースピノールの存在が基本的であった。ツイスター空間は、スピノール束の射影化であるが、スピノール束は、いつでも大域的に存在するわけではないので、基礎となる、自己双対4次元多様体のある領域に限ってスピノール束を考える。ツイスタースピノールは局所的に存在すればいいのである。局所的に存在するツイスタースピノールは、局所的にツイスター空間に複素構造を定め、考えている4次元空間が自己双対のとき、その時に限り、ツイスター空間に大域的に複素構造を定めるのである。ツイスタースピノールは、ツイスター空間上において、局所的に正則関数を定義する。それら正則関数は、大域的には、ツイスター空間上の正則線束の正則断面を構成する。このように、考えている空間が自己双対のとき、線形場方程式の解には、正則性の意味合いから、複素幾何学的な対応が生じるのである。以上のことをもう少し詳しく述べてみよう。

まずスピノール$${\phi \in \Gamma(S_-)}$$を考える。$${\phi}$$がツイスター方程式$${\bar{D} \phi = 0}$$を満たすためには、$${d \phi^{\vee}}$$がある種のベクトル束$${V(\bar{D})}$$に属することが必要十分になるのであった。$${V(\bar{D})}$$は考えている空間が自己双対の場合、その時に限り、抱合的になり、ツイスター空間全体に複素構造を伸ばす。これは、ツイスター空間上のツイスター関数$${s^{\vee}}$$が正則であるということと同値である。ツイスター空間に複素構造が入ることにより、ツイスター関数は、大域的には、ツイスター空間上の正則線束$${H}$$の正則な切断を定める。この事実がツイスター方程式の解に対する正則な意味合いを与えるのである。結果だけ書くと、ツイスター作用素$${\bar{D}_m}$$の解$${\phi \in \Gamma(S_-^m)}$$は、$${H^m}$$の正則切断のなす空間$${H^0(Z, \mathcal{O}(m))}$$に対応し、考えている物理空間の自己双対性は、$${\oplus ker \bar{D}_m}$$の代数構造と、$${\oplus H^0(Z, \mathcal{O}(m))}$$の環構造に対応する。ツイスタースピノールの物理的な意味合いは、まだ筆者にはわかってないが、これが、物理空間において意味を成すツイスターライン$${P^1}$$の4-パラメータ空間としてツイスター空間を導入することにより、スピノールと複素幾何学の間に対応関係を与えたのである。

より高次のコホモロジーに関してはどうだろうか。ツイスターライン$${P^1}$$は一次元なので、セールの双対性より定まる、$${H^1(Z, \mathcal{O}(-m-2))}$$に関する次の変換(たぶん、ペンローズ変換と呼ぶのだと思う)について考えよう。

$$
T : H^1(Z, \mathcal{O}(-m-2)) \rightarrow \Gamma(S_{-}^{m}).
$$

 $${E}$$と書いて、自己双対$${G}$$接続をもつ考えている物理空間$${X}$$上のベクトル束とする。その$${Z}$$への引き戻しには、複素構造が定まることが知られている。ヒッチンはディラック方程式の解を次のように正則性を用いて特徴づけた。

 定理11-1
$${X}$$を自己双対4次元多様体とし、$${E}$$を自己双対接続をもつベクトル束とする。その時、変換、

$$
T : H^1(Z, \mathcal{O}F(-m-2)) \rightarrow \Gamma(S_{-}^m)
$$

は、ディラック方程式$${D_m \phi = 0, m \ge 0}$$の解の空間の同型を与える。

 ここにおいて、実4次元の場合、場の理論と複素幾何学の間に関係性が得られたのである。哲学的な意味合いもあるように思える。またヒッチンは系として、次の消滅定理も示した。

系11-2
$${X}$$を正のスカラー曲率をもつコンパクト自己双対4次元多様体とする。また$${E}$$を$${X}$$上の自己双対接続をもつ、ユニタリ束とする。その時、

$$
H^1(Z, \mathcal{O}F(-m-2)) = 0, m \ge 0.
$$

 

この系により、たとえば$${S^4}$$には、ディラック方程式の非自明な解は存在しないことになる。一般にコホモロジーとは、空間の構造の複雑さの度合いを表し、物理空間において、ディラック方程式が解をもつかどうかが、ツイスター空間の構造により決まるというのは、不思議なことである。

なお、$${S^4}$$の一点の補集合$${\mathbb{R}^4}$$には、もちろん、ディラック方程式の解は多く存在する。この$${\mathbb{R}^4}$$におけるツイスター空間がどのようになっているのか、筆者は知らない。興味のある読者は考えてみられるといいと思う。

 ツイスター空間により、対応する実4次元の空間には自己双対の共形構造が定まると述べた。時空構造を決めるのに、アインシュタイン方程式が必要ないのかどうか、筆者にはまだ分からないのであるが、重力場のツイスター的な記述もすべてではないが、一部可能なようである。

 なお、ツイスター空間の複素幾何学的な研究は、多くある。ツイスター空間は、複素射影空間と旗多様体以外、すべて非ケーラーである。この本質的な理由はよく分からない。ヒッチンの論文が参考になるかもしれない。また、ツイスター空間が、クラスCになるためには、考えている4次元の自己双対多様体は、複素射影平面の連結和にならなければいけないことが知られている。またクラスCのツイスター空間は、すべてMoishezonになることが知られている。これは、ツイスターラインの性質に関わることなのであろうが、筆者にはまだわかっていない。

物理学でツイスター理論が出現し、数学者により、ツイスター空間論が深められた。その成功から、数学者は、ツイスター空間論を数学的に拡張、つまり、本質を洗い出そうと試みられたが、結局、ツイスター空間論のもともとの心を拡張することには成功しなかったようである。たとえば、考えている実多様体の各点の複素構造のなす集合をファイバーとしてもつ、ファイバー束の可積分性などを、有名な理論である。このファイバー束に、概複素構造が定まることは、今まで述べてきたツイスター空間と同じである。ただ、こういった拡張は、ツイスター空間論の高次元化を目指していたのであろうが、4次元の時の本質であった、スピノールというのは、一切出てこない。したがって、仮に高次元ツイスター空間なるものがあったとしても、考えている物理空間の場の理論などにはかかわってこないのだと思われる。ただ単に複素多様体が在るだけではツイスター理論的には無意味であり、場の理論の本質と結びつかないと、研究する動機にはならないであろう。

 なお、ツイスター空間上に、有理型関数を考えることは、ただ単に存在するということ以上に意義のあることだと思われる。有理型関数の存在は、考えている物理空間のトポロジーを大きく制限する。これは、先にも述べたようにツイスターラインの性質に関わることなのであろうが、この性質をコンパクトとは限らない複素多様体に持たせることにより、有理型関数の存在に制限を与えることが知られている。非コンパクト複素多様体の代数次元は、普通に無限次元になったりするが、ツイスター的な複素多様体の場合、複素次元を超えないことが証明できたりするようである。まだ筆者も知らないので、勉強が進んだら、このブログで紹介したいと思う。

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