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まなかい;小寒 第69候・雉始雊(きじはじめてなく)

青山のビルの屋上改修工事が始まって二日目。寒中だというのに、春のような日だった。都会の空は霞がかっていた。

こんな春めいた日なら、早くも雉は鳴くかもしれない。こんなビルの荒野には鴉が舞うくらいしか見えないが、この辺りも武蔵野と呼ばれた頃には鳴き声が響き渡っていたかもしれない。かつては多摩丘陵などで狩りをすると、明治の頃は3日間の猟で1500羽以上獲れたそうだ(中西悟堂『鳥を語る』より)。

繁殖期の雄の雉の鳴く声は、野をよく渡ったのだろう。生で聞いたことはないが、検索して聴いた鳴き声は、とても力強い。そうしてまだ冬枯れの景色の中で雉は美しい。繁殖期にはハート形の赤い顔になるのだという。その顔と鳴き声の他に、母衣打ち(ホロウチ)といって胸を羽で叩く行為を繰り返す。「雉」という漢字の意味は「矢のように飛ぶ鳥」ということでもあって、蛇をも喰らうという和製の孔雀のようだ。しかし、「けんもほろろ」という言葉もあって、なんだか複雑な気持ちになる。

雌はといえば「焼け野の雉子、夜の鶴」といういい廻しもあるように、巣のある野が焼けても巣を守って卵を抱くのをやめないといわれるほど愛情深いとされる。


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植物に「キジカクシ属」という属があって、名前の由来となった植物はよく茂り、雉の姿を隠すと言われれば確かに、、、、と思う。かつてはこの植物も雉も山野によく見られたのだろう。

改修前には、「オランダキジカクシ」というアスパラの仲間が植えられていた。(上写真のユッカの足元の細かい葉っぱのもの/この写真は2020年11月に撮影)
名前を知ると、雉が姿を現してはくれまいかと妄想してしまう。出てきてキョトンとデッキの上でこちらをみてくれないだろうか。


1日の作業の終わり、屋上から見晴らすビルの荒野の落日に、かつての武蔵野を想像する。雉が鳴き交わす遥かな幻野。

春の陽気の冬の日に「けんもほろろ」の滑稽味を重ね見つつも。

昔々、関東の原野に住む人々は雉の鳴き声に、春を呼ぶ力を感じていたに違いない。

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