まなかい;大雪 第62候「熊蟄穴「くまあなにこもる)」
平安時代から江戸時代まで長く使われた唐の時代の暦「宣明暦」では「虎始交(とらはじめてつるむ)」だったそうだ。日本には虎はいないから、身近な熊の生態に目を向けたのだろう。
都会でも、早い春にお庭や畑の手入れをすると、冬眠中の蜥蜴や蟾蜍の穴を開けてびっくりすることがある。変温動物の彼らはほぼ仮死状態で動けないので「あ、ごめん、、、」とそのまま元に戻して、なんとなく後から思い出して申し訳ないと思いつつも、嬉しくなったりする。
熊の場合は、仮死状態というわけではなく「冬篭り」という方が当たっているらしい。代謝をできるだけ少なくして、体温も少し下げて、微睡んでいる感じなのだろう。それにしても熊はそんな動物の中でも群を抜いて大きい。
妊娠した雌熊は、秋に十分栄養を蓄えられたら冬篭りの間に子を産むという。熊は初夏の発情期に交尾して、受精卵はすぐに着床せずに卵巣内を浮遊して過ごすことができるそうだ。秋にたくさん栄養を取れて、条件が整うと着床し、子を産むことができるという。身体の代謝を抑えている時期に、たった400グラムの赤ちゃんを数頭産む。乳も濃縮され、暖かいウロや穴で、天敵も来ない。小さく産んで大きく育てる、そういうことだろうか。
「ミタマノフユ」
国語の「ふゆ」の語源は冬至のころ生命エネルギーの大元である太陽の力が弱まるのに合わせて、生命を生命たらしめている魂も弱まって静かになるが、冬至を境にそれが再び震えだし、魂が「殖ゆ」「増ゆ」状態になる、そんなところから来ているらしい。あらゆる生命は「御霊」を持っている。そこに貴賎もないし、生命としての分け隔てはない。植物も微生物も、石も、みんな美しい魂を持って生きている。
日本にはツキノワグマとエゾヒグマが分布する。ツキノワグマはドングリを多く食べる熊。楢や椎などのドングリが少ないと、大変だ。彼ら樹木が眠る頃、熊は一緒に眠る。ヒグマは鮭の遡上を待って、鮭をたらふく食べる。この巡りが途絶えると、熊はいなくなってしまう。
冬篭りの間、命を増やし、春になると元気な赤ちゃんが溌剌と野を駆ける。春になって子熊を連れて穴から出てくる熊は、ミタマノフユの象徴なのだ。