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Vol. 15 2024年9月 時事レポート「セブン&アイ買収提案について考える」 by 大伴審一郎

8月19日、セブン&アイ・ホールディングスがカナダのコンビニエンスストア大手、アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けたことが明らかになった。

セブン&アイは、社外取締役で構成する独立委員会を立ち上げ、評価額など提案内容の精査を始めており、同委員会の答申を踏まえて受け入れるか否かを検討するとしている。

今回の提案は、アリマンタシォンによる友好的買収であるが、果たしてその真意はどうであろうか。また、提案を検討するとしているセブン&アイの真意はどこにあるのだろうか。

1. 狙われた日本式コンビニモデル

昨今、アクティビスト(物言う株主)から構造改革を迫られる日本企業が増加しているが、セブン&アイ・ホールディングスも事業の選択と集中を迫られていた。

同社は、それに応えるべく事業の整理に取り組んでいたわけであるが、その矢先の出来事である。構造改革に時間がかかりすぎているという指摘もある中、市場評価は高まらず、逆に円安などを背景に「買われるリスク」が高まっていたという。

実現にはまだハードルも多いものの、時価総額5兆円と国内で上位50位内に入る大企業が、海外企業から買収提案を受けたことに衝撃が広がっている。

日本企業にとって海外企業はこれまで買う対象だったが、逆に買われる側になりつつある。日本のM&A(合併・買収)は大きな転換点を迎えているとも言える。

カナダのアリマンタシォン・クシュタールは、M&A(合併・買収)巧者として知られ、過去には仏カルフールの買収に乗り出したこともある(この際は、フランス政府の圧力で断念)。次なる拡大戦略として世界に8万5000店あるセブンイレブンに目を付けた。

アリマンタシォンの意図は未だ不明であるが、同社の弱みを補完する目的であればセブンイレブンの日本モデル(食の供給)の獲得であり、強さを伸ばす目的であればアメリカにおけるガソリン販売網(エネルギーの供給)の獲得が考えられる。

いずれにせよ、複雑な日本型コンビニエンスストアを外資が運営できるであろうかという懸念が指摘されている。そして、今回のM&Aには資本の論理にとどまらない社会・文化的な論争も浮上してくると思われる。


2. 経済安全保障

今や日本のインフラとなっているコンビニであるが、その最大手であるセブンイレブンが外資の手に渡ることによる安全保障上の問題はないのか。

政府は2020年、改正外為法を施行し、外資による日本企業への出資基準を強化した。海外投資家は武器、航空機、宇宙、原子力、電力・ガス・石油、医薬品製造、サイバーセキュリティーなど、指定業種の株式を取得する際には事前に届け出て、審査を受けなければならない。その理由は、以下を防止するためである。

・ 企業の優れた技術が軍事転用される
・ 代替がきかない製品の供給が途絶する
・ 基盤技術が流出する

また、株式取得だけでなく、役員への就任なども事前に届け出る必要がある。

しかし、コンビニや総合スーパーなどの小売や、飲食、食料品製造などは指定業種になっていないため、事前審査の必要なく、株式取得後の事後報告にとどまる。

では、セブン&アイの場合はどうか。規制を所管する財務省によると、セブン&アイは事前届出の対象業種として分類されている。

財務省によると、同社はコングロマリット(複合企業)であるため、約180にのぼる傘下企業の中に外為法の対象とみなされている事業があるという。

そのため、アリマンタシォンがセブン&アイ株を持ち株比率で1%以上取得するには、国に事前届出が必要となる。それは、仮に両者間で買収に合意したとしても変わらない。事前届出をしないで投資を実行した場合や、措置命令に従わない場合には懲役や罰金などが科される可能性がある。

そして、事前審査で国家の安全を脅かしかねないと判断すれば、国は株式取得の変更や中止の勧告及び命令など是正措置を取ることができる。

しかし、審査は対象となる事業のみで、必ず命令などの是正措置が取られるわけでもない。

以上を踏まえると、セブン&アイにおける事前審査の対象となる事業(おそらく警備関連事業)については買収することができない可能性があるが、コンビニ事業に対しては可能ということになる。


3. 対抗措置

国際的なM&Aが世界的に広がる中、経済安全保障の観点から、国をまたぐ投資やM&Aへの規制は各国で強化されている。米国では日本製鉄によるUSスチールの買収について安全保障の観点から反対意見が出ている(トランプ氏が大統領になれば規制が入るだろう)。

8月中旬、政府は事前審査の対象となる安全保障上重要なコア業種に半導体製造関連機器や先端電子部品、複合機などの製造業を追加し、外為法上の対象事業を広げている。「国の安全を損なう恐れが大きい」という判断である。

企業を買収する場合に、相乗効果といった経済合理性だけでなく、その国の経済安全保障や食料安全保障に問題を及ぼさないかということであり、小売業も例外ではないという流れにある。

今回の件で、セブン&アイはアリマンタシォンによる友好的買収提案を決して友好的に捉えていない。対外的に買収提案を検討するとしていながら、内部では買収に対する対抗措置を検討しているのである。

では、法的な対抗が困難(審査を必要とする事業以外は対抗できない)な状況をどのように乗り越えるのか。

端的に言えば、日本政府がコンビニ事業も経済安全保障上重要なコア業種として指定することであるが、買収提案後に指定するのは露骨であり、外交上も好ましい方法だとは思えない。

だとしたら、どのように解決するのか。これは私見であるが、日本政府として、今回の買収が日本のインフラを脅かすものであるとの認識を示し、規制に向けた検討を開始したというメッセージをアリマンタシォン及びカナダ政府に対して発信する。

つまり、日本政府が規制対象に指定するかもしれないという意思表示をすることによって、アリマンタシォン側に重大な問題が生じたと思い込ませ、その解決に向けた時間と労力というコスト(リスク)を認識させる。そして、そのコスト(リスク)が投資に見合わなくなるまで、日本側は時間をかけて検討を重ねるのである。


4. 関係を決定付けるコミュニケーション

人と人との関係、会社と会社の関係、人と会社との関係等、あらゆる関係性は相互に発信するメッセージによって決定付けられる。

写真:canva.com/vetrestudio

例えば、人と人との関係においては、意識・無意識を問わずメッセージのやり取りを通じて関係が作られる。このメッセージは、主に言葉、文章、態度等で行われるが、全く反応しないこともメッセージとなる。

今回取り上げたセブン&アイの買収事案について言えば、セブン&アイはアリマンタシォンの買収提案を検討するとしながら、その一方で安全保障上の問題が提起された。資本の論理では、買収提案を受けた場合は真摯に検討するのが筋であろう。

しかし、本音は検討する余地もなく拒否である。そこで、安全保障にすり替えて否定的メッセージを発信した。

このように、矛盾したメッセージは相手をパラドックスに陥らせる。そうして主導権を握るのである。

人と人が関係を持った場合、意識・無意識を問わず必ず策動する。メッセージのやり取り(コミュニケーション)を通じて信頼関係、敵対関係、支配関係などの関係性が作られていくわけであるが、そこには一定の法則がある。最も望ましい形が信頼関係であるが、これらの関係性は常に変遷する。

信頼関係は、信に頼る関係、言い換えれば偽りのない関係であり、そうした関係が長い時を経て確かなものとなる。例えば、Louis VuittonやRolexなどは、確かな素材・技術や伝統と格式による信頼性に支えられ、その価値は時代を超えても色褪せることはない。

社会は法によって定められたルール以外の不文律を含め、信頼関係で成り立っていることから、信頼が揺らぐ社会は不安定となる。そのため、コミュニケーションの場がネット空間に偏ってしまうと、情報不足から信頼関係がうまく構築できなくなり、その結果、社会不安になる可能性がある。

AI時代を迎え、益々関係性を円滑にするリアルなコミュニケーションが重視されるのではないだろうか。


※ この記事の内容は大伴審一郎の個人的な見解です。

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