【第607回】『グッドモーニングショー』(君塚良一/2016)

 消えきらない明かりの残る府中市の住宅街の夜景、午前3時ぴったりになる目覚まし時計。まだ眠り足りない眼をこすりながら、澄田真吾(中井貴一)は空あくびをする。キッチンに出て来ると、珍しく起きている妻・明美(吉田羊)と大学生の息子の姿。2人はTV画面を食い入るように見つめ、目も合わない。冷蔵庫から水を取り出し、口に含みながら徐々に声を出す澄田のルーティン・ワーク。彼は朝のワイドショー『グッドモーニングショー』のメインキャスターとして大忙しの日々を送っている。キッチンから目を合わせない2人の様子を見つめていると、妻から息子にけしかけるような言葉。やがて息子の口から「子供が出来たので結婚する」という衝撃の事実を聞く羽目になる。呆気にとられる澄田だったが、家族会議などしている暇はない。彼の住むマンションの前には、局と契約した専属タクシーが既に停まっている。こうして府中から都心のTV局に向かう最中、携帯に着信が入る。サブキャスターの小川圭子(長澤まさみ)から今日の生中継で私たちの関係を洗いざらい話しますよという警告の言葉。トンネルの中、隣に並んだタクシーの中で澄田を翻弄しながら、ファム・ファタールな圭子は不敵な笑みを浮かべている。

息子からの一方的な出来ちゃった結婚の報告、ファム・ファタールな後輩からの告発だけに留まらず、報道部フロアに入っても彼の受難は続く。長年、澄田とタッグを組んできた総合プロデューサーの石山聡(時任三郎)には番組の打ち切りとキャスター降板が突然告げられる。寝耳に水の報告を何も生放送前に言わなくてもと思うが 笑、視聴率至上主義の石山はこれまで散々澄田を庇ってきたが、遂に世代交代の波に飲み込まれようとしている。中井貴一と時任三郎の共演と言えば、真っ先に山田太一のドラマ『ふぞろいの林檎たち』を思い浮かべる人も多いだろう。共に4流大学生だった中井と時任はその後、社会の荒波を乗り越え、今はメインキャスターとチーフ・プロデューサーとしてしのぎを削り合うという仮説も妄想の範疇には加わる。役者としての共演である山田太一『ふぞろいの林檎』と倉本聰『カレーライス』の映像的記憶が、否応無しに2人の絆を思い起こさせる君塚の展開が心憎い。言うなれば今作は、悪い運命に翻弄される澄田真吾の1日を描いた「巻き込まれ型サスペンス」としての魅力を帯びる。サスペンスと言っても、萩本欽一の下で腕を磨いた君塚良一の脚本は時にコメディ色全開になり、主演俳優である中井貴一の演技も喜劇色を帯びる。圭子というファム・ファタールにタジタジになる澄田の描写は、極めて現代的なポスト団塊世代の中年男性の悲哀をシニカルに描写する。

『踊る大捜査線』シリーズですっかりお馴染みとなった君塚演出の細部に渡る緻密さには、主人公以上に彼を取り巻く端役たち1人1人の情報量とリアリティが欠かせない。君塚の出自となった愛すべきフジテレビジョンを模した映画の展開は、上下関係のしっかりしたTV局のシステムで、権力側と後輩たちの間で板挟みに遭う中間管理職の澄田真吾や石山聡の苦悩を浮き彫りにする。その裏に潜むのは、インターネットに熱量を奪われ、徐々に斜陽化してゆく我がフジテレビのすっかり落ちぶれた姿に他ならない。君塚良一という人は、TV畑で数十年に渡り、亀山千広らとフジテレビの黄金時代を築き、映画製作にまでのし上がった人物である。その彼が澄田真吾の人生を描く時、そこかしこに現行のフジテレビへの批判・要望が噴出するのは無理もない。ラストの改竄は何の風刺だろうか?

今作は『グッドモーニングショー』にまつわる澄田真吾の動向と共に、我々視聴者が知らなかったワイドショーの裏側を明らかにしながら、劇場型犯罪の一部始終をも開陳する。その反面、完全な密室である報道部フロアに対し、10人の人質を取り、立て籠もるパン屋のディテイルが報道部フロア以上にこじんまりしていることに違和感が拭えない。活劇の算段としては、内に籠るばかりの報道部フロアに対し、ロケーション撮影が利用出来る外の描写は外に外に向かうイメージが最適だが、よりにもよって君塚は映画的になり様もない、木々が邪魔で視界の悪い奥まったパン屋に犯人を籠城させる。ポスト団塊の世代には、全共闘の世代の様なバリケード描写が欠かせない。だが今作のバリケードありきの描写が、かえって自由なフレームワークを阻害し、緊迫した場面では主人公と犯人のクローズアップの切り返しでしか表現出来ない。ただただ手際の悪さだけが目立つ。澄田の前に立ちはだかる二重三重のバリケードが、意図した効果を生んでいないのである。中井貴一の好演ぶりは、かつてお父さんが主演した吉田喜重の『血は渇いてる』をも連想させるがその反面、脚本における喜劇と悲劇のバランスの悪さも目立つ。最後に志田未来や梶原善ら君塚組常連俳優たちの勘を抑えた演技の素晴らしさ、その中でも君塚作品初出演となった林遣都の佇まいが素晴らしかった。

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