【第286回】『ペントハウス ハリウッドから来た男』(クエンティン・タランティーノ/1995)
『パルプ・フィクション』からちょうど1年後、再びミラマックスにより製作された四部構成のオムニバス映画。タランティーノはラストの四話目の25分を担当しただけに留まらず、アリソン・アンダース、アレクサンダー・ロックウェル、ロバート・ロドリゲスの3人の監督に自ら声を掛け、製作総指揮としてもクレジットされている。資金の捻出も彼が一手に引き受けたようで、あくまでオムニバス映画でありながら、タランティーノを前面に押し出したプロモーションだった記憶がある。あるベルボーイの一夜の体験を描いた今作は、もはや誰も覚えていないだろうが、ティム・ロス扮する主人公のベルボーイの吹き替えを田代まさしがやっていた 笑。
ミラマックスと言えば、主に90年代のアメリカ映画を牽引した懐かしい名前である。ソダーバーグの『セックスと嘘とビデオテープ』やマイケル・ラドフォード『イル・ポスティーノ』(懐かしい)の配給で儲けた後、『パルプ・フィクション』には製作段階から資金を出し、大ヒットを飛ばす。その後もウェス・クレイヴン『スクリーム』とかアルトマンの『プレタポルテ』とか、ケヴィン・スミスの『チェイシング・エイミー』を手掛けた会社でもある。アメリカ国内でのヨーロッパ映画の配給を一手に手掛け、国内ではタランティーノやケヴィン・スミスなどの若きインディペンデント作家を育てたことはその後の映画界にとってはあまりにも大きい。だが1993年にディズニーの完全子会社になったところから少しずつ社風は変化し、いつの間にかミラマックスの弱体化が叫ばれるようになる。ミラマックスの創業者であるウェインスティン兄弟が、ワインスタイン・カンパニーを設立し、自らが作ったミラマックスから独立するのは2000年代半ばのことだった。
今作はそんなミラマックスの業績が右肩上がりの時期に製作された、今思うと自由奔放なフィルムである。この頃のタランティーノは監督としてではなく、まず脚本家としてアメリカ映画界からオファーが絶えない存在だった。『トゥルー・ロマンス』を大ヒットに導いた後、オリバー・ストーンとの間で話がこじれた『ナチュラル・ボーン・キラーズ』があり、盟友ロバロドの『フロム・ダスク・ティル・ドーン』やトニスコの『トゥルー・ロマンス』に続く作品である『クリムゾン・タイド』、マイケル・ベイの『ザ・ロック』とノン・クレジットで原案の直しを頼まれる。それらをことごとくヒットさせたが、この後『ジャッキー・ブラウン』で奈落の底に転落することになるのだが今回はその話ではない。『パルプ・フィクション』の後、多忙を極めた脚本仕事の合間を縫って、今作は製作されたのである。
正直いま振り返ると、1話目2話目は凡庸な出来に終始している。1話目の魔女の儀式の絶望的なシークエンスにも辟易するが、2話目のホテルから顔を出した時の字幕の入れ方もだいぶ酷い 笑。1話目にはタランティーノと『レザボア・ドッグス』のオープニングで揉めたマドンナが出演していることと、ベニチオ・デル・トロの婚約者だったヴァレリア・ゴリノのおっぱいくらいしか見所がない。2話目はフィルム・ノワール的なサスペンスが展開するが、デヴィッド・プローヴァルとティム・ロスのやりとりにタメがなく、途中からコミカルに走り過ぎたりとまるで良いところがない。
やはり白眉と言えるのは3話目のロバート・ロドリゲスと4話目のタランテーィーノであろう。3話目は何と言ってもロバート・ロドリゲスのマリアッチ三部作でも主演を務めたアントニオ・バンデラスの演技が素晴らしい。息子をオール・バックにしようと髪を強引に梳かしていたものの、妻の姿に欲情し、2人は子供たち(姉弟)を置いたまま、夜の街へ出て行く。姉弟は最初は大人しくしていると約束したものの、ホテルの部屋に2人だけの高揚感からか、何度もフロント係であるティム・ロスの呼び鈴を鳴らし困らせる。部屋の匂いに一抹の不安は感じつつも、注射器やペイTVや高級シャンパンで遊びまくる。そんな彼らに手を焼くティム・ロスだったが、最期に壮絶な修羅場が訪れる。クライマックスのアントニオ・バンデラスよりも先にホテルの部屋につかなければ命が危ないティム・ロスの姿には思わず笑ってしまう。
それ以上に驚いたのは、3話目と4話目の幕間の描写に出て来たマリサ・トメイである。ノン・クレジットのサプライズ出演で観客を喜ばせた後、タランティーノお得意の密室でのゲームが幕を開ける。ここでは2話目に登場した妻役のアンジェラ(ジェニファー・ビールス)もちゃっかり登場し、クエンティン・タランティーノ本人とこれまた友情出演のブルース・ウィリス、ポール・カルデロンそれぞれの自分勝手な演技が見られる。ペントハウスに宿泊する上客である有名俳優チェスター・ラッシュ(クエンティン・タランティーノ)の接客をすることになったティム・ロスは、破格のチップとチェスターの話術に釣られて、危険な賭けに加わることになった。当初から怪しい匂いを嗅ぎつけていたベルボーイは一刻も早くペントハウスから立ち去ろうとするが、チェスターの一人一人の紹介もあって、なかなか帰ることが出来ない。彼の目的は何なのか?その真意を図りかねているティム・ロスは無理矢理部屋を出ようとするが、100ドル札をちらつかされて、半ば強制的にゲームに参加する羽目になる。
ラストの描写は残酷でありながら、どこか可笑しいタランティーノ節全開である。男の悲鳴と共に、一瞬の隙をついてベルボーイはその部屋から逃げる。賭けに負けた男と勝った男が悲喜交々のドタバタを繰り返しながらエンドロールになだれ込む。今作のタイトルである『ハリウッドから来た男』や『間違えられた男』などはヒッチコックへのオマージュに他ならない。それだけに飽き足らず、今作においてタランティーノは30年代におけるスクリューボール・コメディというジャンルに対し、ある種の実験を施しているとも言えよう。当時はヌーヴェルヴァーグのようなオムニバス映画を作りたいという野心があったが、やはりタランティーノにとってロバロドだけが唯一肩を並べる存在であり、タランティーノの唯一無二の作家性をかえって浮き彫りにしてしまった貴重な短編でもあるだろう。
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