【第637回】『コラテラル』(マイケル・マン/2004)

 ロサンゼルス国際空港の搭乗口、この地に降り立ったヴィンセント(トム・クルーズ)は人混みの中を足早に歩いていた。白髪にヒゲをたくわえたサングラス姿の男は黒のトランクを小脇に抱えていたが、落としたふりをして男(ジェイソン・ステイタム)のアタッシュケースとすり替える。一方その頃、中国語も飛び交うタクシーの停車場、ピカピカに洗車された車が1台ずつ街に出て行く中、男は喧騒をかき消すように窓を閉めて一息つく。サンバイザーに挟まれたモルディブ諸島のエメラルド・グリーンの美しい海。男はいつかこの美しい島で暮らすことを夢見ている。男の名前はマックス(ジェイミー・フォックス)。800-148 TAXIの運転手として勤続12年のベテラン・ドライバーであり、ロサンゼルスの抜け道は完璧に頭に入っている。その日マックスはピンストライプ・スーツの女性を乗せる。アニー(ジェイダ・ピンケット=スミス)はサンタモニカへ真っ直ぐに向かうようマックスに指示を出すが、男はパサデナを迂回する下道のルートを提案する。こうしてマックスとアニーの賭けが始まるが、勤続12年のベテランの勘は機械よりも鋭い。弁護士に見えたアニーの職業は検事であり、公判前日のピリピリした時間の愚痴を会ったばかりのマックスに漏らす。サンタモニカに着き、無事顧客を目的地に送り届けたが、マックスはアニーに声を掛けられなかったことを後悔する。運転席で俯く彼の脇の窓がノックされ、アニーはマックスへ連絡先入りの名刺を手渡す。運命の出会いを感じた上機嫌のマックスは、躊躇なく次の客ヴィンセントを乗せる。その判断がマックスの運命を大きく狂わせる。

 そもそも殺し屋がタクシーを使って仕事を行うのかと、方々から散々突っ込まれた作品だが 笑、あえてそこには目を瞑りたい。ヴィンセントは偶然拾ったタクシーの運転手の分数も間違えない冷静な読みに感心し、自らの仕事に引きずり込む。ヴィンセントが殺し屋稼業のプロ中のプロならば、マックスもロサンゼルスの街の走り方を熟知するプロ中のプロである。サウス・ユニオン109に予定通りの7分きっちりに着いたことにヴィンセントは感銘を受け、600ドルの大金をマックスの勘と12年間の腕にBETする。1日必死で稼いでもせいぜい300~400ドルが関の山のマックスは、白髪の男が大枚叩く姿に満更でもない素ぶりを見せる。だが次の瞬間、地獄に突き落とされたような修羅場を味わうことになる。ジャンル映画の常道として、男と女が車に乗り、アクセルを踏み込んでしまった時点で2人はもはや後戻りすることが出来ない運命に引き込まれているのだが、今作でもマックスがヴィンセントを乗せてしまったところから、彼の平穏な日々は脆くも崩れ去る。冷徹な殺し屋が次々と仕事をこなす頃、徐々にマックスの化けの皮が剥がれ、平凡な人生が暴かれる。入院する母親は息子が仕事終わりに見舞いに来ないことを心配する。絵に描いたようなマザコン親子の頼りない暮らしぶり。その上息子は最愛の母親に二流タクシー会社ではなく、リムジン会社の社長だと嘯いている。ヴィンセントは一瞬信じた男のメッキの剥がれた姿に呆れ返るが、12年間今の仕事に落ち着いていたマックスはヴィンセントの言葉に鼓舞する。逃避行を続ける中、偶然聞いた彼らの生い立ちが少なからず心を通わせるきっかけになる。虚勢を張って、最後は命乞いをする女々しい男を何十人も片付けてきたヴィンセントは、マックスの変化に驚きながら抗えない運命へと舵を切る。

 冒頭、昼間だったシーンはすぐに夜へと変わる。ネオン溢れる怪しい夜景はマイケル・マンの格好の舞台となる。クリント・イーストウッドも映画の導入部分の空撮場面で度々用いたLAの100万ドルの夜景を、マイケル・マンは活劇の背景に用いる。ラティーノの低所得者住宅からすすけた路上へ、病院の前の歩道橋を全力疾走する2人の男の息遣いが何とも素晴らしい。病院の階段を駆使した縦移動から、永遠に続くような長い長い歩道橋のコンクリートを走る横移動へ。マックスはやおらヴィンセントの商売道具をハイウェイに投げ捨てる。デクスター・ゴードン、チャーリー・ミンガス、チェット・ベイカーら伝説の巨人のエピソードを配した3人目の殺害場面が心憎い。マイルス・デイヴィスとの20分間の共演を自慢気に語る男が、次の瞬間JAZZトリビアで天国と地獄を味わう恐怖。アジア映画の影響を隠そうとしない近年の作風が飛び出すクラブ・パーティの場を経て、やがて活劇の行方はオレンジがかったライトを背にした高層オフィスビルへ向かう。黒沢清の『地獄の警備員』との奇妙な符号を感じずにはいられない名場面で、クラブ・シーンの横構図から縦構図へ舵を切る。この縦横のメリハリとLAの夜景の怪しい美しさ、まるでカインとアベルのような鏡像関係に至るマックスとヴィンセントの終着点を紡ぐ舞台となれば、もはやあれしかない。確かに穴だらけの脚本に改善の余地はあるし、ラストはトム・クルーズが悪役になり切れていない演出だが、ヴィンセント、マックスに続き3人目のプロだったファニング刑事(マーク・ラファロ)を担ぎ出したマイケル・マンの『マンズ・マンズ・ワールド』な男の世界はフェニックス(ハビエル・バルデム)や名無し(ジェイソン・ステイタム)をも担ぎ出す。

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