【第295回】『僕たちは天使じゃない』(ジョニー・トー/1988)
おそらく若い人はジョニー・トーという作家を「香港ノワールの監督」とカテゴライズするだろうが、初期の作品ではこのようなドタバタ喜劇も撮っていたということを強烈に今に伝える監督第二作。日本で言うところの『男女7人夏物語』のような浮かれ気分の恋愛喜劇ながら、チョウ・ユンファやジャッキー・チュンがここまでバカバカしい演技をしていたことに清々しい気持ちになる。
ファイ(レイモンド・ウォン)、ロン(チョウ・ユンファ)、サン(ジャッキー・チュン)の3人は、性格も好みもまるで違う兄弟。長男のファイは主婦向けテレビ番組の人気司会者で、番組を通して知った子持ちの女性フォン(フォン・ボーボー)と恋に落ちる。女たらしのプレイボーイの次男ロンは、ガールフレンドのスチュワーデスのハン(ドゥドゥ・チェン)と結婚して身を固めようかと考えていたところが、ある日デパートで会ったビューティフル(チェリー・チェン)に一目惚れ。三男のサンは、漫画家。内気な彼も、公園で出会った美少女イン(ファニー・ユン)との間にほのかな恋が芽生える。3人は協力して、それぞれの恋を成就しようとするが・・・。
彼ら3人がレイモンド・ウォンを長兄とする3兄弟だということがまずもって信じられない 笑。顔・形も違えば、骨格も背格好もまるで似ていない。チョウ・ユンファが次男でジャッキー・チュンが三男だということも半ば冗談かと思うが、正月映画だから許された豪華出演陣である。その中でも特に凄いのは、冒頭からおカマの演技をかますチョウ・ユンファが、実は3兄弟一番の女ったらしであり、プレイボーイだということ。化粧の肌の乗りを気にし、風呂場でスキン・ケアする様子は『男たちの挽歌』で一世を風靡した男と同一人物とは思えないまさかの怪演ぶりである。
ジャッキー・チュンも明らかにゼメキス『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマイケル・J・フォックスばりのローラー・スケートで街を闊歩する。このチョウ・ユンファとジャッキー・チュンという80年代の香港映画界きってのイケメン俳優たちの陰に隠れ、レイモンド・ウォンが損な役回りを一手に引き受ける当たり役を演じている。弟2人が、当時の美女スターだったドゥドゥ・チェンやファニー・ユンを次々とモノにする中、悪戯電話の些細な行き違いから、好きだった女にいとも簡単に振られてしまう。そこで恋のキューピット役を買って出るのは、フォンの息子ではなく、兄のことを思う弟2人なのである。
こういう映画は時代が1周どころか2周もすると、なかなか笑えない部分が増えてしまうが、それでもクライマックスの広東オペラの場面は問答無用に素晴らしい。まったく京劇の経験がなかったレイモンド・ウォン扮するファイが、母親の代役で急遽舞台に上がるという設定だけでも笑えるが、途中から兄弟たちまでもが舞台に上がり、真にとち狂った演技合戦を披露するのである。ラスト・シーンの客席にあの人が一瞬だけ座っているのは、正月映画だから許された光景だろう 笑。ただのコメディにも関わらず、はからずも90年代後半に突如開花したジョニー・トーの香港ノワールに至る端緒のようなものが、あの場面にはしっかりと溢れているのも見逃せない。
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