【第666回】『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』(鹿島健城/2016)

 2015年9月27日、台湾・台北駅前、太川陽介と蛭子能収の凸凹コンビは、3泊4日のバスの旅の為にこの地にやって来た。今回のマドンナ役は三船美佳。2007年にスタートした番組は、太川陽介と蛭子能収に女性ゲスト1人を加えた3人が、日本国内にある路線バスを乗り継いで、3泊4日の日程内に目的地への到達を目指す旅番組として大ヒットを記録する。旅のルールとして、1.高速道路は通行禁止、2.タクシーや鉄道は使用禁止、3.バスが繋がらなければ歩く、4.ケータイ電話やスマートフォンでの情報収集禁止という4つの鉄の掟を守りながら、3泊4日の強行軍で目的地を目指す。1日目のスタート地点を台北市駅前とし、台湾本島最南端の鵝鑾鼻(がらんび)灯台を目指すミッションが与えられ、3人は最初の路線バスに乗り込む。高橋ひとみをマドンナに迎えた第21弾「大阪 堺〜三重 鳥羽」、南明奈をマドンナに迎えた第22弾「水戸・偕楽園〜長野・善光寺」と立て続けに2度失敗した後のミッションであり、初の海外オール・ロケだが、TV版と変わらないレギュラー陣2人の気負いの無さ、演出らしい演出を施さない淡々とした映像、そこにハイ・テンションな三船美佳の元気な掛け声が響く。太川陽介のTシャツはブルース・ブラウンの1966年のサーフ映画の古典『エンドレス・サマー/終りなき夏』のデザインであり、まるで今回の3泊4日の旅が特別なものになることを予期しているかのようである。

 国内のバス事情は島国・日本を網目状にびっしりと張り巡らされている。シリーズのファンならばよく御存知だろうが、関東、関西などの都市部のミッションよりも、東北や北陸、九州地方の田舎町のミッションはしばしば困難を極める。その一番の理由は県境のバス会社がリンクしていないことに尽きる。一つの会社が網羅する運搬システムであれば交通網は次々に繋がっていくが、必ずと言っていいほど、県境で交通網の断絶が起きる。そうなると3人は県を跨ぐために、数kmの距離を歩かねばならなくなる。時には数10kmの山道をひたすら歩くことになり、バスに乗っている時間よりも歩きに費やす日もあるほどだ。高齢の蛭子を含め、マドンナにとっては徒歩数時間の歩きが拷問のように堪える。第17弾の宮地真緒のように足の豆を潰し、ギブアップ寸前に追い込まれるマドンナも出て来る。日本編において多くの波乱は県境で起こる。それと比べて台湾の路線バス交通網はどうか?まるで京都のように網目状に張り巡らされた交通網は、台北・台中・台南と国土を南下しており、県境でも断絶することなく、しっかりと繋がっている。正直言って、広大な国土を持つ日本で22回ものトライ&エラーを繰り返してきた太川陽介と蛭子能収の凸凹コンビにとっては、どちらかと言えばイージーなミッションと言える。しかしながら、クランクイン直前に発生した台風21号が彼らの行方に予期せぬ事態をもたらす。

 とにかく時間に神経質で、観光よりも出来るだけ先まで行こうとする太川陽介に対し、蛭子能収は徹底的にマイペースな楽観主義者である。この神経質な太川と大らかな蛭子の水と油の対比や衝突こそがシリーズの一番の魅力に他ならない。バスに乗り込んだ後も、地図とひたすら睨めっこする太川と、席に着いた瞬間眠りにつく蛭子。その町の郷土料理を食す太川と、どの地方へ行こうがカツ丼とカレーライスを貫く蛭子。朝食をとる時間がない時、コンビニで買ってマドンナに振る舞う気遣い上手な太川と、率直な物言いがしばし議論の対象になる蛭子。生ビールが大好きな太川と、酒を一滴も呑めずにコーラが好きな蛭子の対比。ミッションに向かう主義・主張は真逆の2人だが、ゴールまで到達したいという共通の思いが彼らを駆り立てる。今作でも徹底して民宿嫌いで、ビジネスホテルに泊まりたがる蛭子さんのエピソードなどが幾つかの微笑ましいエピソードは出て来るが、TV版の日本編よりも総じて波風は立ち難い。TVスペシャル版では3時間30分もの尺を取ったり、時には3時間45分だった物語が2時間に圧縮され、4日間のエピソードは必然的に駆け足で詰め込み式の編集にならざるを得ない。当初は台湾語の用語集を作っていた太川も、途中からバイリンガルな三船美佳の英語に助けられる。ホウ・シャオシェンの映画のように、年配の方々の中には日本語が堪能な人々も数多くおり、見ず知らずの異国でのミッションという緊張感もそれ程では無い。それにしても台湾の人々の気さくな優しさには心打たれる。2017年1月の新作をもって、太川陽介と蛭子能収の凸凹コンビが引退という悲しいアナウンスが入った。蛭子の69歳という年齢から来る体力的な限界や軽度の痴呆の症状などを診ると止むを得ない判断かもしれないが、年2回だった人気シリーズを性急に年3回とした局側の判断が、人気シリーズの死期を早めたのは勿体無い。

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