【第594回】『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years』(ロン・ハワード/2016)
1964年アメリカ、初めての「エド・サリバン・ショー」への出演、多幸感に満ちた表情を浮かべる若き日の4人の輝き。大英帝国のリヴァプールという港湾の街に生まれたジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターの4人は一気に世界に羽ばたいた。俗にブリティッシュ・インヴェイジョンとも呼ばれる20世紀の大事件。今作はその誕生前から、世界に波及したムーブメントの全貌を明らかにする。彼らの成功の裏に、人知れぬ努力があったと語る導入部分から一気に引き込まれる。小さなライブハウスでの演奏、時に10時間以上にも及んだとされるライブ・セッション、劣悪な環境でのドイツ・ツアー等のエピソードはファンにはお馴染みのものだが、『Plese Please Me』が流れた瞬間、その音の迫力に圧倒される。とにかくアップル社による音と映像の補修は見事というより他ない。高解像度でリマスターされ、5.1サラウンドによって蘇る臨場感に圧倒される若き日の名演の数々。『Plese Please Me』に始まり、『She Loves You』『I Want To Hold Your Hand』『A Hard Day's Night』『Ticket to Ride』らまるでグレーテスト・ヒッツとも呼ぶべき初期の名曲群。悲鳴のような女の子たちの歓声は、4人が奏でる分厚い音を掻き消さんばかりの勢いで、当時の熱狂をもれなく追体験出来る。
大半の音楽ドキュメンタリー映画は、版権の許可が下りずに、ほとんどインタビューだらけの残念な内容に仕上がるのが関の山だが、『ザ・ビートルズ・アンソロジー』から実に21年ぶりとなるアップル公式作品だけにぬかりない。演奏の合間にインタビューを添える構成で、全盛期のビートルズの演奏に特化した構成は実に見応えがある。ファン、メディア、アーカイブから集めた100時間以上もの映像から1時間49分に厳選し、今も生きているポール・マッカートニー、リンゴ・スターには新たにロング・インタビューを敢行する徹底ぶり。作曲という自分の趣味に、ジョンが興味を示してくれた嬉しさを昨日のことのように語るポールの姿、まるで3人の弟が出来たみたいだったと語りながら、あの頃を思い出し優しい笑みを浮かべるリンゴの表情。主に1963年~66年のツアー映像を主軸としながら、リバプールのキャバーン・クラブ時代から、最後に観客の前で演奏した1966年のサンフランシスコ・キャンドルスティック・パーク公演まで怒涛の展開で飽きさせない。日本公演の模様も少しだけ出て来るが、右翼の街宣車の「西洋文化を排除せよ」の弾幕には島国日本の本質が垣間見えて、さすがに苦笑いを禁じ得なかった。ジョンの悪名高きキリスト発言の真意、テープを逆回転した中期のエピソードなどもバランス良く挿入され、ビギナーでも十分に楽しめるドキュメンタリーに仕上がっている。個人的にはジョージが「ようやく作曲の喜びを感じ始めた」と語る場面が感慨深かった。
スタジオ・アルバムの括りで言えば、ビートルズには大雑把に言って、『Please Please Me』から『Help!』までを軽快なロックン・ロールの前期で、『Rubber Soul』から『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』までをサイケデリックで実験的な中期、『The Beatles』(俗に言うホワイト・アルバム)以降をメンバーのソロ曲に枝分かれした後期としている。映画の中でも説明があったように、ビートルズの公演は1966年8月29日のサンフランシスコ・キャンドルスティック・パークでのコンサート以降、TV収録を除いて一度も行なわれていない。最後のツアー移動の様子は、まるで犯罪者を押し込める護送車のようであまりにも息苦しい。中期以降の彼らはライブ活動に見切りをつけ、スタジオ録音にビートルズ4人の成長を刻み込んだ。監督であるロン・ハワードはグループの魅力を「ライブ・バンド」としてのビートルズに主眼を置くため、必然的に『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』以降の楽曲はほとんど紹介されないのが難点である。5.1サラウンドの最新リマスターの強度はむしろ後期の多重録音にあると考える自分のようなファンにはやや物足りなさも残る。
ロン・ハワードの構成はビートルズの映像を縦軸に置きながら、そこにケネディ暗殺や公民権運動などのアメリカ史を横軸として絡める。60年代のアメリカを象徴するはずのヴェトナム戦争やそれに付随するヒッピー・ムーブメントを紹介していないのは、いかにも保守派のロン・ハワードらしい。黒人差別撤廃の端緒となったあの現場に、ウーピー・ゴールドバーグが居合わせていた事実も実に興味深い。インタビュー・ゲストにエルヴィス・コステロは予想の範疇だが、シガニー・ウィーバーや浅井慎平には流石に驚いた。映画に付随した約30分間のシェイ・スタジアムでのライブは、モニター環境が不十分で、客の歓声に掻き消されてとてもじゃないが演奏出来るはずのない劣悪な環境だが、各人の動きを見て演奏の呼吸を合わせる当時のビートルズの、ライブバンドとしての技量がどれ程のものであったのかは賞賛を禁じ得ない。
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