【第434回】『ミラクル・ニール』(テリー・ジョーンズ/2014)
とある人気作家の出版記念パーティに大勢の客が詰めかけている。大胆にも自分の冴えない顔をあしらった表紙の新刊本について、美人インタビュアーが作家に話しかける。SFと現代とをつなぐミッシングリンクを担う稀代の英国作家がおもむろに出版の喜びを語っていると、最前列にいた犬が吠えかかる。次第に犬の吠え声は数を増し、しまいには階段から勢いよくあらゆる犬種が我先にと駆け下りてくる。いつの間にか地面に仰向けに倒れた男の身体や顔を、犬が踏みつけにしていくところで彼は夢から目覚めるのである。目覚めた瞬間、扉の向こうでは一つ上に住むおばさんが犬の鳴き声がうるさいとクレームをつけている。いつもの光景と冴えない暮らし、男はごく普通の学校教師であるニール(サイモン・ペッグ)、文学をこよなく愛し、作家になる夢を捨てていないが、一作も最後まで書き上げた試しがない。うだつの上がらない普通の男は、一つ下に住むキャサリン(ケイト・ベッキンセール)に密かに想いを寄せているが、彼女の反応はツレない。冴えない男が飼うのは愛犬のデニス。いつもソファーに座り、テレビ画面をじっと見つめている。およそ犬とは思えない人間のような犬がサイモン・ペッグの相棒となり、数々の冒険を繰り広げる。この個性豊かな犬の声優を担当するのは故ロビン・ウィリアムズ。今作は残念ながら不慮の死を遂げた彼の生前最後の作品である。
愛犬デニスがしげしげと見つめるTVモニターの中には、少しチープな銀河系の様子が映し出される。スペース・シャトルは打ち上がり、人類の新たな一歩だと誇らしげにアナウンサーが語る中、突如奇抜な化け物たちの会議に場面が移る。彼らは銀河の法律により、地球の処遇について話し合っている。かなりチープだが、まるで『スター・ウォーズ』シリーズの元老院のようなやりとりが繰り広げられる中、地球の存続・滅亡を賭けた運命のルーレットは回り出す。この地球上に住むおよそ73億の人間の中で、1人の人間に白羽の矢が立つ。そのターゲットにされた人物はごく普通の学校教師であるニールだった。このあまりにも荒唐無稽なコメディを手がけるのは、英国コメディ界のビートルズと呼ばれるモンティ・パイソンのメンバー、テリー・ジョーンズである。英国独特のシニカルかつ知的なユーモアはアメリカ産のコメディとは異なり、瞬発力を催すタイプの笑いではなく、時間が経つとくすっと来るような乾いた笑いなのだ。今作でも犬の糞が歩き出したり、化学室の人体模型が突然ペラペラと喋り出したり、ツレない態度だった同僚が突然友人を崇拝して追いかけ回すなどの英国風のシニカルで乾いたユーモアが爆発している。当初は全知全能の力をウヰスキーの再生や愛犬の糞の掃除など小さな企てにしか使用していなかったニールが、この力の破壊力に気付いてしまうのは「宇宙人に俺のクラスを破壊してほしい」とつぶやいてからだが、全知全能にもかかわらず、言葉尻を捉え損ねるニールと全知全能との見えな神との見えないやりとりが可笑しい。神は決して意訳をせず、そのままを叶えるので、ニールの希望には「明確さ」が求められるのである。このあたりが国語教師たるニールの素性を捉えていてまた可笑しい。
サイモン・ペッグと言えば『ミッション:インポッシブル』シリーズのベンジーや『スター・トレック』シリーズのスコッティでお馴染みの「名脇役」だが、今作では堂々たる主役として、ロビン・ウィリアムズやモンティ・パイソンというコメディ界の偉人たちとキャラクターを通して対峙する。久しぶりに生粋のコメディアンとしてのサイモン・ペッグを堪能出来る。彼が密かに想いを抱くキャサリンはもちろん、ニールの同僚教師に扮したレイ(サンジーヴ・バスカー)や恋敵役となったグラント(ロブ・リグル)のステレオタイプな人物造形も可笑しさを倍増させる。特にグラントなんて、まるで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのビフタネンのような圧倒的な時代錯誤なジャイアン感が清々しい。しずかちゃんたるキャサリンを巡って繰り広げられるニールとグラントの抗争は、マーティとビフタネンの抗争を彷彿とさせる。いったいどこの戦地で大佐まで登りつめたのかはともかくとして 笑、アパルトマンの排水管をよじ登るグラントのバイタリティと凶暴性は凄まじく、クライマックスの絶体絶命の現場ではその欲望を爆発させるが、やがて悲しい結末を迎える。このグラントの悲哀に今作は支えられている。散々笑わせておいて、全知全能の力が世界平和につながらないことを匂わせるTVモニターとの不毛なやりとりは、まさにモンティ・パイソンの裏にある哲学的・歴史的寓話性が明らかになる。アメリカ大統領になりたいと願った瞬間、世界規模の問題が持ち込まれ、一瞬で投げ出してしまったり、犬に情緒的な思考を求めるが、結局はそのことで知りたくなかった愛犬の欲望を目の当たりにする。軽快な笑いの中に潜む毒々しさこそが英国産コメディの真骨頂である。エンドロールでのロビン・ウィリアムズの最後の活躍には涙を禁じ得ない。あらためて天性のコメディアンだったロビン・ウィリアムズに深い哀悼の意を表したい。
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