【第629回】『ハロウィン』(ジョン・カーペンター/1978)
1963年、イリノイ州ハドンフィールド、地面は落ち葉に溢れ、冷たい風が冬の気配を感じさせる。季節はハロウィン、「お菓子をあげないとブギーマンにさらわれるぞ」という子供たちのおきまりの歌。ショットは正面から四角四面の家を映すと、中で逢引きを重ねる若い男女の魅惑的なシルエット、キスを重ねて盛り上がる2人は階上に上がり、愛し合う声が聞こえる。その様子をじっと見つめる誰かの視点、彼はゆっくりと裏側へと回り、キッチンの引き出しに隠されていたナイフをやおら取り出すと、逢引の行われている2階の様子を伺う。一仕事終えた彼氏が部屋を出るのを見届けてから、ゆっくりと階段を昇ってゆく。SEXの余韻に浸りながら、髪をとかすジュディス・マイヤーズ(サンディ・ジョンソン)の多幸感溢れる背中を、無邪気なはずのマイケル・マイヤーズ少年(ウィル・サンディン)が肉切り包丁でめった刺しにする。まるでヒッチコックの『サイコ』のようなあっという間の残忍な凶行。悪びれなく家の外に出た彼の姿を両親が捕獲する。ブギーマンのお面を被り、その右手には血まみれのナイフが握られていた。実姉ジュディス・マイヤーズ殺人事件の裁判、彼の症状を一種の緊張病だと疑ってやまない裁判官の見解を制止する男がいる。サム・ルーミス医師(ドナルド・プレザンス)はマイケル・マイヤーズ少年を15年間見守った経験から、マイヤーズ少年の早期の退院は危険だと告げるが、ことの重要性を知る由もない裁判員たちはマイケル・マイヤーズの退院へと傾く。ハロウィン前日のイリノイ州スミス・グローヴ、雷鳴轟く大雨の夜、マイヤーズを病院まで移送しようとした車は脱獄した精神病患者の集団に攻撃され、あっさりとマイヤーズに逃げられる。サム・ルーミス医師は彼こそがブギーマンなのだと断定し、居場所を必死に追っていた。
イリノイ州ハドンフィールドという田舎町、事件の起こらない平和過ぎるコミュニティ。冒頭、不動産業を営む父親の手伝いで、大学への通学のついでにカギを置くために寂れた屋敷を訪れたローリー・ストロード(ジェイミー・リー・カーティス)はそこで殺人鬼のターゲットにROCK ONされる。彼の名はマイケル・マイヤーズ、姉を刺殺した罪で精神病院に入れられるが、担当のサム・ルーミス医師とは15年間、一度も口を聞いていない。サムは長年の勘で、この男の奥底に眠るサイコ・キラーとしての残虐性を察し、以来この男の出所を是が非でも食い止めてきた。少年の中に眠る深い深い残虐性。15年経った今では、彼は少年から青年へと変わるが、相変わらず精神科医サムの言葉にはまったく答える気配がない。子供たちが1年で最も楽しみにしているハロウィンの前日、サイコ・キラーは野に放たれる。「運命には逆らえない」という文学の授業中、ローリーは外からの視線を感じて、一瞬凍りつく。見慣れぬ公用車、その横にすくっと立つ男の風貌が不気味さに拍車をかける。ローリーと仲良しのアニー・ブラケット(ナンシー・ルーミス)、リンダ(P・J・ソールズ)との楽しい帰り道、交通量のほとんどないハドンフィールドの住宅街の路上で、ローリーは自分を凝視する怪しい男の気配を感じるが、生垣の奥に男の姿はない。ジョン・カーペンターは教室の脇、生垣の奥、白くたなびく洗濯物の奥にマイケル・マイヤーズの姿を隠しながら、観客の恐怖を少しずつ醸成していく。開巻早々のあまりにもショッキングな犯行の後、マイケル・マイヤーズは一向に次の犯行を犯さず、ただひたすらローリーの行動を逐一監視する。そのストーカーのような覗き見る目の異様さが来たるべきクライマックスに爆発する。
ローリーが陰惨なサイコ・キラーであるマイケル・マイヤーズの琴線に触れたのは、彼女の処女性に他ならない。ブロンド・ヘアをたなびかせるローリーのルックスは、ニューヨークの洗練には程遠く、カリフォルニアの開放的なセクシーさにも到底及ばない。田舎町イリノイの野暮ったさに溢れているが、それがサイコ・キラーが殺した実姉と同一視させる。ローリーは彼の快楽殺人の発端となった姉の面影を強く残す。実際ローリーは年の離れた弟の世話に熱心であり、両親の留守を母親のような立場で守ろうとする。友人の年の離れた妹まで預かろうとするローリーの母性は、マイケル・マイヤーズが夢想した母親と姉のイメージを同時に体現する。ローリー、アニー、リンジー共に両親不在の異様な状況。それに乗じ、パートナーと愛を交わす者たちに次々に起こる残虐な悲劇。異性と愛し合い、堕落した者から次々に殺されていくホラー映画の常道は今作に起因する。ジョン・カーペンターが極めて優秀だったのは、ローリーやサムの目の他に、まだ物事の本質を知らない弟や友人の妹の視線を意図的に混じらせたことに尽きる。無言電話、白い壁に映る人影、すくっと立つブギーマンの陰影、敬愛するハワード・ホークスの『遊星よりの物体X』を幼い子供たちが爆音で浴びる最中、起こる惨劇。サム・ルーミス医師やリー・ブラケット保安官(チャールズ・サイファーズ)の無能ぶりが無ければ、もっと早く事件が片付いたようにも思えなくもないが 笑、登場人物たちの奥行きを活かし、四角四面の構図の中に自らの作家性を賭ける職人監督ジョン・カーペンターの天才的な閃きは音楽にまで及ぶ。今作は僅か3000万円の製作費で作られながら、現在までに世界興行収入7500億円を叩き出したインディペンデント映画の教科書的な傑作である。
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