【第642回】『誘拐犯』(クリストファー・マッカリー/2000)

 ロングボー(ベニチオ・デル・トロ)とパーカー(ライアン・フィリップ)の凸凹コンビは、アメリカ社会から爪弾きにされ、悪の限りを繰り返していた。将来の希望も未来への意欲もないまま悪に染まり続ける男たちは放浪の旅を続けていた。メキシコ国境沿いの街で旅の資金が尽きた2人は精子バンクへの登録を思いつく。動揺したパーカーはホモ・セクシュアルを揶揄した医師の言葉が気に入らない。ロングボーも人相から犯罪の類を疑われるが、人は殺していないと嘯く。マッカリーは全てを語らないが、導入場面には彼らの同性愛の関係が暗喩されている。エロ本を読みながら射精の瞬間をイメージしていた2人の耳元に、美味しい儲け話が舞い込む。巨額な報酬で雇われ、護衛までつけた「代理母」の存在。富豪の夫から大金をせしめようと男たちは臨月間近の妊婦の誘拐を計画する。流れ者の2人に降って湧いたような美味しい儲け話。探偵に内部調査をさせる事なく、欲望に忠実に動く短絡的な2人の運命は最初から破綻していると言っていい。代理母ロビン(ジュリエット・ルイス)が身重の身体を携えて産婦人科へ通院してくるのを待ち伏せると、ジェファーズ(テイ・ディグス)とオベックス(ニッキー・カット)という2人の屈強な警備に厳重に守られるロビンの誘拐を決行する。ストッキングを被ったパーカーが警備員の虚を突き、ロビンを誘拐する計画だったが、彼ら2人は単なる警備員とは思えないしつこさで2人を威嚇する。

 ロビンは何故、すんなりとエレベーターに乗り、屋上へ向かわなかったのか?それはヘイル・チダック(スコット・ウィルソン)の代理母だと誰もが思っていた赤ん坊の父親が、チダックの実の息子であるアレン・ペインター医師(ディラン・カスマン)の子供だからに他ならない。チダックの妻であるフランチェスカ(クリスティン・リーマン)の子宮は不妊状態にあり、大富豪の夫であるチダックは代理出産で手を打とうとする。子供を生めるロビンと生めないフランチェスカの絶望的な対比。そして実の父親を欺き続ける息子は今日までその事実を父には告げられずにいた。愛憎入り乱れたチダック家の当主が実は裏社会の大物であるとわかった時、短絡的なロングボーとパーカーの運命は暗転する。かくして1500万ドルの身代金を要求したチンピラ2人組に対し、マフィアのフィクサーであるチダックは古馴染みの「問題解決係」ジョー・サーノ(ジェームズ・カーン)を呼び寄せ、犯人との交渉、身代金の運搬を一任する。マフィアの命を受けて暗躍するのはジョー・サーノとその弟分アブナー・マーサー(ジェフリー・ルイス)の狡猾な殺し屋コンビに他ならない。代理母ロビン(ジュリエット・ルイス)の父親でイーストウッド映画の常連俳優だったジェフリー・ルイスは当初、自分の生涯にピリオドを打とうとこめかみに銃口を充てるが、兄貴分であるジョー・サーノの電話が決意を保留させる。

 メキシコ国境の町サルシプエデスにある「NACIO NADRESS」という名のうらぶれたモーテル。ここで誘拐犯のロングポーと殺し屋ジョーの間に芽生える男同士の友情が心地良い。ジェファーズは最初からチダックの正妻であるフランチェスカと出来ていて、代理母ロビンから男の子の赤ん坊だけを連れ帰るよう命令される。誘拐犯、代理母の護衛、そしてジョーとアブナーの3つ巴の関係がクライマックスで火を噴く様子はタランティーノ『レザボア・ドッグス』からブライアン・シンガー『ユージュアル・サスペクツ』へ連なるいわゆる「サンダンス系映画」の模範的な脚本となる。クライマックスのホテルでの銃撃戦は真っ先にジョージ・ロイ・ヒルの『明日に向って撃て!』を彷彿とさせる。大口径のアサルトライフルでぶちかますジェームズ・カーンの復讐戦は『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』のフランクを想起させる。

 全員を躊躇なく殺す殺し屋たちも、代理母ロビンの帝王切開の現場はまったく直視出来ない。クライマックスの場面は死にゆく空間と生まれてくる空間とが混在する。それと共に女っ気の無かったロングボーとパーカーの同性愛を匂わす描写は、彼らが最初から祖先を作ることから切り離された侘しさに覆われる。生まれて来る生を媒介にし、金に目が眩み翻弄された男たちは、生きるか死ぬかの過酷な争いの中に自ら進んで巻き込まれる。当初は大金を奪うためだったロングボーとパーカーの理由は途中から趣を変えていることも忘れてはならない。代理母ロビンがお腹を蹴った赤ん坊を触らせようとパーカーに嗾しかけ、彼はロビンのお腹を触るが、女として生まれたかったロングボーは不妊症のフランチェスカ同様に、その提案を受け入れることが出来ない。ブライアン・シンガーお抱えの脚本家としてデビューを飾ったクリストファー・マッカリーのデビュー作はいかにも低予算であり、ショット構成はいわゆる「サンダンス系映画」の範疇に収まりつつも、重層的なシナリオは極めて難解で不明瞭である。例えば、アレン・ペインター医師がボルチモアで起こした不祥事の中身は最後まで語られることはないし、クライマックスのジョー・サーノとロビンの視線の交差も真偽の程はわからず、あくまで想像の域を出ない。重層的なプロットを誇る極めてミステリアスな物語は、傑作とは云えないまでも熱を帯びた2000年代初頭の忘れ得ぬ1本である。

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