【第445回】『ちはやふる -下の句-』(小泉徳宏/2016)

 いつかまた新に会うために・・・瑞沢高校に競技かるた部を設立した1年生の綾瀬千早(広瀬すず)。幼稚園の頃、ずっと一緒だった幼なじみの真島太一(野村周平)との劇的な再会、百人一首の奥深さを教えてくれる友人の大江奏(上白石萌音)やデータベースを駆使するハイテク仲間の駒野(森永悠希)、お調子者の西田(矢本悠馬)ら仲間たちの協力を得て、紆余曲折の末、新設1年目で無事、東京都大会を突破する。喜びの余韻に浸るエンディングでは、思わず綿谷新(真剣祐)に優勝の報告の電話をする。ただ「おめでとう」という言葉を待って。しかし次の瞬間、彼の口から聞こえて来たのは「俺はもうカルタはやらん」というあまりにも衝撃的な言葉。その真意を探るべく、2人は新幹線に乗り、一路福井へと向かう。冒頭、幼少期へと時代は遡る。お揃いの黄色いTシャツを着た3人が並列に並ぶ後ろ姿。背中に書かれた「チームちはやふる」の文字。おかっぱ頭だったかつての千早は目をつぶり、周囲の音に耳を研ぎ澄ます。新の呼吸と鼓動、太一の微かな鼻息、それらにじっと耳をすませながら、彼女は2人の内面を読み取ろうとする。3人のシンクロする心、3本の矢、折れない友情。新幹線の中でまどろむヒロインが夢から覚めると、軽いジョークを言いながら微笑みかける太一の姿がある。新の住む家の最寄駅に降り立つヒロインは、しばしその場に立ち止まり、止まっていた時と向き合う。だが運命の再会は思わぬ形で3人を引き合わす。

前作は大雑把に言えば、千早と太一の運命の再会で1と1が引き合い2となり、末広がりにつながった人間の輪は大江、駒野、西田、メンターたる宮内先生、原田さんと徐々に増えて行く様子が丁寧に描かれていた。だからこそ昨年の優勝校である北央高校との団体戦決勝まで、息つく暇もないほどの熱量を込めて描写するそれぞれの姿があった。要は賛同者たちの声をヒロインが一手に集め、あとは階段を一気に駆け上がれば良かったのだ。今作は前作とは少し趣を異にする。待ち焦がれた再会の場面は、馬乗りになる視覚的刺激からはいささか呆気なく終わり、マスタード色のパーカーを着せられたヒロインの視線は縁側で佇む新とは一向に交わることがない。千早や太一の前のめりな気持ちに対し、新の思いは別のところにある。かるたの師匠だった祖父の死から、依然として立ち直れずにいる新は、あの頃のように同じTシャツを着て、同列に並べない。今作は一言で言えば、「すれ違い」の映画に他ならない。農道で太一が強引に握ろうとした手を止めた新との一瞬のすれ違いの強烈なイメージが、その後も彼ら登場人物たちを無情にも引き裂いてゆく。千早の思いと部員たちの不和、太一の部長と幼馴染としての葛藤、太一と部員たちのわだかまり、新の太一への嫉妬、一向に部室に揃うことのない5人の姿。史上最強の女王である若宮(松岡茉優)との出会いの場面も、ご丁寧にも滋賀近江神宮の階段ですれ違う2人の描写で始まる。一瞬スロー・モーションになるヒロインとクイーンの対照的な構図。少し前にはご丁寧にもヒロインがこめかみ辺りを抑え、すれ違う人物との不和の前兆が早くも立ち現れる。4人の活躍を見ることのないヒロインの気絶シーン、時間差で新のもとに戻ってきた携帯電話。心と身体は見事にバラバラにすれ違い、互いの思いは相手には伝わらずに宙を舞い続ける。

北央高校に出稽古に行ったヒロインの打ち手を開示しなかったことにも明らかなように、今作ではほとんど勝敗にフォーカスしない。むしろ敵味方の構図さえ曖昧である。黒板に○×で書かれた勝ち負けの記号。太一が優勝してA級ライセンスを取得したショットの省略、机くんの初勝利の感慨などを無視してまで、小泉監督が描きたかったのは三角関係の鞘当てと、ヒロインとクイーンの強烈なライバル関係に他ならない。ただそのあまりにも危険な「断捨離」の判断が、前作で散々説明した競技かるたが畳上の格闘技たる所以や、横並びに座った団体戦の圧倒的な視覚的カタルシスのような、細部に宿った映画的魅力まで損なってしまったのは何とも皮肉な事実である。ライバルとの戦いにナーバスになる千早の姿、自分の殻に閉じこもる新の姿、個人としての記録を何よりも重んじる若宮の姿は確かに大事なのだが、それよりも前にあるべきなのは、競技かるたの人生を狂わすような底なし沼のような熱狂世界に他ならない。ヒロインが前半部分で奇襲とも言えるサウスポー対策に固執したならば、なぜラストにサウスポー対策の結果を明示しないのか?クライマックスの随分あっさりとした描写を含め、細部の詰めの甘さが何とも勿体無い。書店でのバイト、壊れる扇風機、雨に濡れながら帰りを待つヒロインなど無駄な描写を削り、競技かるたの勝敗こそ省略せず、丁寧にオーソドックスに描くべきだったはずだ。もっと言うと、不甲斐ないヒロインに対し、虎の子のデータブックを譲ったドSの須藤の表情だけは一瞬でも絶対に抑えるべきである。続編ありきの演出が物語を弛緩させたのは否めない。

前作以上にまったく上達しない真剣祐の方言にはまたしても肝を冷やしたが 笑、それ以上に驚いたのは、クイーンを演じた松岡茉優の圧倒的な存在感である。高校生の設定ながら、まるで『極道の妻たち』の岩下志麻ばりのドスの効いた姉御肌な京都弁には、おもわず拍手を送りたくなる。広瀬すずの身体に宿る天才的な直感とは対照的に、用意周到に演技プランを考える、どこまでも理詰めな彼女の演技へのスタンスが、これから先いったいどんな化学反応を起こすのか?早くも決まった続編が楽しみでならない。

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