【第474回】『エンド・オブ・キングダム』(ババク・ナジャフィ/2016)

 パキスタンの美しい宮殿内で、豪勢な結婚式が開かれようとしている。多幸感に満ち溢れた雰囲気の中で、一際シリアスにピリピリとした表情を浮かべる男たちの姿がある。やがて男たちの嫌な予感は的中し、ドローン攻撃により、結婚式会場は悲劇の現場となる。爆破の際に立ち込めたうろこ雲が惨状を物語る。それから2年後のホワイトハウス、大統領ベンジャミン・アッシャー(アーロン・エッカート)はシークレット・サービスのマイク・バニング(ジェラルド・バトラー)を従え、朝の日課であるジョギングに親しむ。後ろに大統領専用車を従えての物々しいジョギングは、専らバニングの驚くべき脚力とスタミナの話で盛り上がる。前作『エンド・オブ・ホワイトハウス』から2年後、バニングは無事にシークレット・サービスに戻り、大統領の護衛の側近中の側近としてアッシャーと常に行動を共にする。妻のレア(ラダ・ミッチェル)のお腹は大きく膨らみ、妊娠9ヶ月ほどの身重の身体を抱えながら、いつものようにバニングと熱い抱擁を交わす。生まれて来る子供のためにこしらえた部屋、無造作に置かれた手作りの木製のベッド、天井に付けられた5台の物々しい監視カメラが、職業病としてのバニング家の有り様を伝える。赤ちゃんについてまだ話し足りない妻の会話を遮り、シャワーくらい浴びさせてくれとごねる夫の幸福な表情。2年前の惨劇で一躍ヒーローになりながらも男は、家族のために退職し、別の人生を歩もうか思案に暮れる。依然として世界の治安は安定化しないが、バニングにとっては一家の大黒柱としての責務を全うする方向に気持ちが傾いている。そんな矢先、再び凶行は起こる。

こうして葛藤に揺れた男は、再び世界の正義のために忠誠を誓う。前作ではワシントンDCにあるホワイトハウスが惨劇の舞台となったが、今作はキングダムというタイトル通り、大英帝国の由緒ある街並みで悲劇は繰り返される。セント・ポール大聖堂、バッキンガム宮殿、ビッグ・ベンとウェストミスター寺院などのあまりにも有名な建物が、CGとはいえ破壊されていくのをアメリカ人はともかく、EU諸国の人たちはいったいどのような表情で見つめるのか?前作から今作への舞台の変化は、まさに世界のテロの歴史が、9.11からEU諸国での自爆テロに軸足を移したことを暗示する。大統領とバニングは勝手知ったるホワイトハウスから、まったく土地勘のないロンドンの街中で必死の逃走劇を繰り広げる。MI6やMI5、SASなどのキーワードに華麗な英国産スパイ・アクションの『007』シリーズの雰囲気を思い浮かべる人がいるかもしれないが、『エンド・オブ』シリーズは『007』シリーズとは理念も中身もまるで違うゴリゴリのハリウッド大作に仕上がっている。アッシャー大統領とバニングの緊密な関係以上に、前作で下院議長を演じたモーガン・フリーマンが副大統領にまで昇格しているのが実に感慨深い。むしろ2期目の大統領以上の存在感とカリスマ性すら感じるほどである。ヴァーホーヴェン、トニスコ以降の通信システム〜ハッキング・システムのモニター画面の中で神妙な表情を浮かべるモーガン・フリーマンの苦悩の表情が、今作をより格調高いものにしているのは云うまでもない。『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』でニューヨーカー代表としてテロには屈しないと宣言した彼が、ここでも苦々しいテロには絶対に屈しないと犯人に向けて声高に叫ぶ。思えばスピルバーグの『アミスタッド』でも明らかな脇役ながら、彼の存在感が中盤以降の物語の厚みに尽力していたのを思い出す人も多いだろう。

この程度のセキュリティ・システムしか持ち得ないならば、世界はとうの昔に滅んでいると断言出来る物語のご都合主義はとりあえず脇に置くとして。問題は戦禍に暮れるイギリス同様に、我々日本人を含めた先進国の人々が、物語にモヤっとした違和感を覚えるのは、アッシャー大統領やバニングの正義感が強いアメリカを代弁しても、それが一向に世界の平和には繋がらないという構造上の矛盾に尽きる。DCコミックスのジャスティス・リーグ、マーベル映画のアベンジャーズが恒久的な世界平和のために「連帯」という大枠の目標を掲げているとしたら、今作の脚本の瑣末さはまるで9.11以前の牧歌的なアメリカに退行した感さえ漂う。冷戦時代末期の80年代90年代前半のハリウッド映画では、政治的な思惑を骨抜きにし、専ら敵役は憎きロシア人と相場が決まっていたのだが、映画はあの時代のマッチョなアメリカの自意識を過剰に感じさせる。バラにベットリと付いた血の意味ありげなクローズ・アップ、犯人の思わせぶりな含み笑い、実行犯の弟に課した残酷なうめき声などの一連の描写に、スクリーンの前で歓声を上げる人間など果たしているのだろうか?オバマもトランプもヒラリーも、9.11以降誰もが口にせずとも理解しているように、昨今のイスラム国のテロ情勢に対して、アメリカは功罪両方を含めた深刻な問題を抱えている。彼らの使用する武器・弾薬は元を正せばどこが提供したものなのか?地上軍を撤退し、ドローン・ミサイルによる空爆を指揮しているのはどこの国なのか?ヨーロッパの国々は同盟国であり、発端となった忌まわしい事実から我々人類は目を背けることが出来ない。冷戦構造下の物語が、アメリカ人=正義、ロシア人=悪だったのは賛成出来ずとも十分に理解し得る。しかし現在の状況において、テロの首謀者を勧善懲悪の物語で裁き切るほど、我々の住む世界は単純ではない。次作は東京オリンピックを目前に控えた新国立競技場でテロが起こる『エンド・オブ・トーキョー』を期待したい。冒頭に殺されるのは金に卑しい都知事なのは間違いないだろう。

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