【第416回】『アーロと少年』(ピーター・ソーン/2015)
太陽系に浮かぶ幾つもの隕石が互いにぶつかり合い、その中のひと塊がピンボールのような様相を呈し、地球へと向かって来る。今から6500万年前の地球では巨大な隕石の衝突により、当時の食物連鎖の頂点に君臨していた恐竜が絶滅した。だが映画は人間が考察した6500万年前の正史の脇道へと逸れていく。大きな緑色の体で土を耕し、等間隔で種を蒔いていく。最後には長く伸びた首を使って畑に水をやる。この一連の作業を行うのはアパトサウルスであり、人間ではない。彼らは高度な文明を持ち、言葉を話し、人間以上に人間らしい生活を送る。そんなアパトサウルスの夫婦には、今まさに3頭の子供達が誕生しようとしている。キレイに並べられた3つの卵、左から順に少しずつ大きくなっていく丸みを帯びた物体の一番左側が動き始める。両親が生命の誕生を首を長くして見守る中、おてんばなリビーとやんちゃなバックが誕生する。だが最後の一つだけは一向に生まれてくる気配がない。父親の「大きな赤ちゃんだぞ」の声に家族一同、期待に胸を弾ませながら待つ中、バックのやんちゃな横やりが入り、一際大きな卵の殻にヒビが入る。次の瞬間、卵は真っ二つに割れるが、そこには卵の大きさと反比例するかのように小さい赤ん坊アーロがいるのである。
3つのコブを持つ広大な山の麓で自給自足の生活を送る一組の家族。父親は幼い3頭の子供達と妻を守る為に身を粉にして働く。自分たちの土地や作物を守る為、自衛することを家族に求め、アーロの兄姉たちは着実に戦力になるが、身体の小さいアーロだけはろくな成果を上げられない。少しずつ石を積み上げ、床と天井にワラを乗せた高床式の貯蔵庫は、農場を営むアパトサウルスの親子にとってある種の象徴であり、自分たちが積み上げてきた家族の歴史に他ならない。そこに母親、父親、リビー、バックと次々と足型を押印するが、アーロにだけはまだ押印が許されない。自分は家族の一員になり切れていないのいかと末っ子がひたすら自問自答する中、父親は夜の闇の中に末っ子アーロを連れ出すのである。雄大な自然をバックにした自給自足生活、よそ者から領土を守る戦い、家族の絆の切り取り方、このあえてベタなイメージの畳み掛けによる物語構造自体は、はっきりとアメリカ開拓者時代を描いた西部劇そのものである。しかしここには父親を無残にも撃ち殺すよそ者の姿がない。子供向けのPIXARの精神性(自主規制)においては、残虐なよそ者の代わりに、大洪水という天災が家族に災難をもたらすことになる。
従って、家父長欠如の致命的原因は少年ではなく、あくまで大洪水なのがポイントだ。それに伴う西部劇における復讐と友情のイメージが順調にトレース出来ているのかはともかくとしても、ストーリーラインの単純明快さや簡略化された構造はPIXARの諸作の中でも極めてわかりやすい立ち位置にある。父親を失った恐竜と文明もなく言葉の話せない人間の友情はさながらスピルバーグの『E.T.』であり、様々な紆余曲折を経て、母親に会うまでの冒険譚と言えば『母をたずねて三千里』そのものである。ここに来てPIXARはあえて実写映画の鉄板構造を試しているのだ。このように極めて様式化された美しい物語の中にある差異と言えば、恐竜と人間の立ち位置の逆転である。当初はアパトサウルスのテリトリーを冒したり、アーロに動物を献上しようと狩りを行うなど野蛮な振る舞いを見せていたスポットが、徐々にひ弱で力を欲するヒロインのようにに弱体化するのはご都合主義が過ぎるとしても 笑、ヒエラルキーの逆転構造により、砂の上に小さな枝を使って親子関係を紹介し合う場面には流石にうるっと来てしまう。言語ではなく、表層の記号の可視化という意味では前述のスピルバーグ『E.T.』や『アミスタッド』とも共鳴し得る肌触りである。
一瞬現れた父親の幻の描写に足跡が無かったのも、果たしてあの描写が子供に理解出来たのかは定かではないが 笑、この世とあの世の境目を据えた作り手の気持ちは十分に理解し得る。類型的な敵キャラクターや家族の力関係はともかくとして、私が最も感心したのは、アメリカの気候の変化や雄大な自然の機微を据えた美しい自然の描写である。何度も登場した雷や大洪水などの災害だけではなく、虹や川のせせらぎのイメージや音を具現化したことに大いに好感を持った。また牛の大群を追いかけるロング・ショットの迫力にはかつての西部劇を思い出した。それ以外にも今作には印象的なロング・ショットが随分と多い。途中、地面に落ちた腐りかけの赤い身を食べた2人が幻想を見るあたりの描写はあからさまにLSDを意識しているに違いない 笑。あの辺のPIXARの自主規制への静かな抵抗も面白かった。大枠の物語構造には取り立てて目新しい部分はほとんどないものの、細部に渡る丁寧な絵作りと仕掛けにはなかなか好感が持てる。
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