【第641回】『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(エドワード・ズウィック/2016)
アメリカ・テキサス州、地元で有名なリーの店の前に倒れる4人の男たち、呆気にとられた表情で見つめる野次馬の数々。やがてパトカーが駆けつけ、ひき逃げ事件として捜査を始めるが、野次馬の1人があっという間の1vs4のケンカで、殴り倒した男はまだ店の中にいるとレイモンド・ウッド保安官に話しかける。確かにレストランの中にはカウンターに座り、白い服を着た1人の男が前屈みでホットドッグを頬張っている。レストランの中に入り、ウッド保安官と彼の部下は左右両側から手を上げろと男にけしかける。男の名前はジャック・リーチャー(トム・クルーズ)。頬の右側には先ほどのケンカの血がベットリついていて、所持金は35ドル程度しかない。ウッド保安官は素直に連行されることを勧めるが、次の瞬間、ジャック・リーチャーはとんでもない予言をする。「90秒以内に電話が鳴り、憲兵が来てお前は連行される」犯罪者の予言を呆気に取られた表情で見つめ合う2人の保安官。だが本当に電話のベルは鳴り、ウッド保安官は汚職の疑いで州警察に連行される。テキサスからワシントンへの直通電話。ジャック・リーチャーはレイモンド・ウッド保安官逮捕に尽力したことをスーザン・ターナー少佐(コビー・スマルダーズ)に感謝される。彼女こそは少佐だったジャック・リーチャーの退役後、彼の後釜としてペンタゴンの要職に就く人物に他ならない。晴れて自由人となったジャックは彼女の模範的な仕事ぶりをリスペクトし、自分の後継者としての仕事ぶりに畏怖の念を抱きながら、目下一番気になるいい女なのだ。2人は、1週間以内にワシントンDCのターナーのオフィスで会う約束を取り付ける。
英国人推理小説家リー・チャイルドの1997年に刊行がスタートした総売上1億部のベストセラー小説『ジャック・リーチャー』シリーズの『アウトロー』に次ぐ第2弾で、原作では第18弾に相当する。前作は『Outlaw』(部外者、法の外)のタイトル通り、冷酷無比な退役軍人がピッツバーグの街に突然現れ、実に鮮やかな手つきで事件を解決し、夕陽の向こうへ消えて行った。まさに西部劇の現代解釈がこのジャック・リーチャー・シリーズの特徴であり、妙味となる。前作のピッツバーグから今作のニュー・オリンズへ。クレジット・カードや携帯電話はおろか、免許証や一切の電子機器を持たない男は、アメリカ中をヒッチハイクで放浪している。だが今作が前作と一味違うのは、アウトローな一匹狼の旅路に娘の嫌疑をかけられた少女が突如姿を見せることである。キャンディス・ダトンという旧知の女との間にできた子供だという寝耳に水の親権訴訟。モアクロフト大佐から極秘資料に目を通したジャック・リーチャーは、ダイナーで彼の娘だと言われたサマンサ(ダニカ・ヤロシュ)の写真をしげしげと眺める。天涯孤独なヒーローに、突然降って湧いたような血縁の報せ。エドワード・ズウィックの手腕はジャックとサマンサを尾行嫌いですぐに頭に血が上る描写で同一視する。スーザン・ターナー少佐とのロマンスを前進させようとしたジャック・リーチャーに、それと並行し娘の嫌疑をかけられた少女を物語に放り込むことで、映画は単純なアクションやミステリーの範疇から逸脱することに成功している。ジャック・リーチャーとスーザン・ターナー、そしてサマンサの逃避行の様子は、疑似家族の様相を呈する。
『ラストサムライ』でトム・クルーズとコンビを組んだ名匠エドワード・ズウィックの手腕は大きな破綻はないものの、クリストファー・マッカリーの前作『アウトロー』と比するとやや物足りない。その一番の理由は導入部分から中盤までの語り口の妙な濁り方に尽きる。アクション映画の傾向で言えば、今作の前半部分には明らかに主人公となるジャック・リーチャーの活劇が足らず、物語の勢力図を丁寧に解説しているに過ぎないのである。確かに「パラソース社」や、チベリとミルコビッチというアフガニスタンに行った2人の憲兵のワードも大切なのだが、どう考えても合理的に大事なのはジャック・リーチャーの動線なのだが、これが今ひとつはっきりとしない。中盤以降、ジャック・リーチャーはスーザン・ターナーとサマンサの板挟みに遭うのだが、2人の気の強い女の影に隠れ、ほとんど目立たない。ハンバーガーを買って来た擬似の父親がドアの前で門前払いを食らう様子は確かに笑えるが、肝心要の冷酷無比なジャック・リーチャーの造形がほとんど発揮されないのは脚本の致命的な失敗だろう。娘の嫌疑をかけられたダニカ・ヤロシュはアメリカン・ドラマを観る層には『ヒーローズ・リボーン』であまりにも有名だが、既に15歳と大きく、『宇宙戦争』のレイチェル(ダコタ・ファニング)ほどの健気な可愛さも見られない。直近のアクション映画であるマット・デイモンの『ジェイソン・ボーン』シリーズやトム・ハンクスの『ロバート・ラングドン』シリーズが近年のグローバル化の流れに呼応し、アメリカの外へとボーダレスに突き進むのに対し、世界の紛争国で殺戮を繰り返したジャック・リーチャーは母国アメリカを愛し、母国の中で物語を完結させる。相変わらず鍛え上げられた二の腕と上半身でスタントマンを雇わず、自分でアクションをこなす54歳になったトム様のタフネスは、90年代初頭のアクション映画のように白人がイケイケだった時代を想起させる。
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