【第531回】『ゴジラ1984』(橋本幸治/1984)
激しく吹き上がるオレンジ色のマグマ、灼熱の溶岩のアヴァンタイトル。伊豆諸島の大黒島で起きた噴火から3か月後、大黒島近海で操業していた漁船「第五八幡丸」が嵐によって航行困難となり、島へと引き寄せられていく異常事態が発生していた。大きな波にコントロールを失う船内では、奥村宏(宅麻伸)が船酔いになり、顔面蒼白になっている。やがて完全にコントロールが利かなくなり、船は転覆。奥村が窓から最後に見たのは激しく咆哮を上げるゴジラの横顔だった。一夜明け、付近をヨットで航行していた新聞記者の牧吾郎(田中健)は偶然、漂流していた第五八幡丸を発見して船内へ乗り込むが、そこにはミイラ化した船員の死体が連なっていた。異常な臭気と遺体の山に心折れつつも、生存者がいないかと船内を探し回る。やがて船員室の奥のロッカーを開けると、微かに呼吸のある奥村を発見するが、その背後を体長1メートルほどある巨大なフナムシに襲われピンチに陥る。この80年代のトレンドを具現化したようなフナムシの造形がエイリアンそっくりで笑える。ショッキラスに襲われるが間一髪、意識を取り戻した奥村に助けられる。奥村は体力の回復のために入院させられた警察病院で、ゴジラの姿を見たと証言する。科学者である林田信(夏木陽介)はすぐに官邸に報告するが、政府は報道管制を敷き、内内に処理しようとする。そんな中、事件は起こる。
昭和ゴジラ・シリーズの打ち止めから、満を持しての復活作。当初は圧倒的なヒール感を漂わせ、次々に大ヒットを放ったシリーズだったが、第5作『三大怪獣 地球最大の決戦』からゴジラの概念そもそもが変節を求められる。それまでは人類の敵だったゴジラは、あろうことかラドンやモスラと結託し、ヒール怪獣だったキングギドラと3対1の対決を挑むのである。その後も宇宙に飛んだり、地球連合vs宇宙連合の決戦となるなど数々の迷走を続けたシリーズは、遂に15作目の『メカゴジラの逆襲』の観客動員数が初めて100万人を割り(発表97万人)、東宝はシリーズの打ち切りを決める。それから9年後、ゴジラは再び本来のヒール・ターンしスクリーンに帰って来る。幾多の怪獣同士の死闘は全てリセットされ、54年版ゴジラの正当な続編として製作される。冷戦末期の80年代、ゴジラの出現を当初は秘密裏に処理しようとしていた政府だったが、日本近海を航行していたソ連の原子力潜水艦が突如何者かにより撃沈されるという事件が発生。アメリカ軍は公式に攻撃を否定したことで、国際問題に発展しかねないと見た政府は渋々、ゴジラの存在を認める声明を発表する。伊豆諸島沖にある大黒島に現れた後、ゴジラは静岡県の井浜原子力発電所の原子炉の炉心を取り出し、放射能を全て吸収するという前代未聞の荒業に打って出る。もともとは水爆実験がもとで住処を追われたはずのゴジラが、ここでは水素ではなく原子力発電所をターゲットに設定する。日本国首相三田村清輝(小林桂樹)は冷戦下のソ連とアメリカからの激しいバッシングに遭い、日本の領土内での核攻撃のプレッシャーをかけられるが、非核3原則を切々と説き、人心を掌握するのである。
今作は『日本沈没』や『地震列島』の流れを汲む災害パニック映画として想起されたが、いま観るとその堅実な物語の運びは決して悪くない。真っ当な怪獣映画の意匠を纏う一方で、今作も非核3原則と放射能汚染に警鐘を鳴らす反原発映画の様相を呈す。小林桂樹、小沢栄太郎、金子信雄、鈴木瑞穂、内藤武敏、織本順吉、加藤武という政府中枢の大臣たちの苦み走った表情と重厚感溢れるラインナップ。ソ連は地上攻撃用衛星の核ミサイル制御装置、つまりは核ボタンを日本に極秘で配備しており、それがゴジラの攻撃により誤作動するという失態を犯す。日本政府はこの危機を救うために、アメリカ軍のミサイルで迎撃を図るのである。ミサイルで迎撃した影響で、新宿の上空が一面真っ赤になる光景はいま観ても怖い。ゴジラが新宿付近を破壊しながら歩く姿は圧巻だが、政府がゴジラ撃退の切り札として開発したスーパーXのあまりの非力さに脱力した人も多いに違いない。特にスーパーXとゴジラが高層ビル群を背景に対峙し、ゴジラが真正面を向いて動きが止まる場面の馬鹿馬鹿しさにはひっくり返った。クライマックスのビルからの脱出場面はゴジラではなく、『タワーリング・インフェルノ』の間違いだろう。政府が提唱したスーパーX、カドミウム弾の非力さもさることながら、夏木陽介が死ぬ気で発明したのが超音波発生装置というオチも凄い。武田鉄矢や石坂浩二も含め、今作に限っては無駄に豪華だった昭和の俳優たちの気迫溢れる演技、また冷戦構造末期の国際情勢を特撮映画に流し込んだ橋本監督の手腕こそ評価すべきだろう。今作はゴジラ生誕30周年記念作品であり、84年の作品ながら今では強引に平成ゴジラ・シリーズの記念すべき第1作に紐付けられている。
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