【第655回】『シークレット・オブ・モンスター』(ブラディ・コーベット/2015)

 次々にモンタージュされる第一次世界大戦の記録フィルムのモノクロ映像、1914年に起きたサラエボ事件を契機にヨーロッパで始まった戦争は、ドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリアからなる同盟国と三国協商を形成していたイギリス・フランス・ロシアを中心とする連合国の間で行われた。多くの人々は戦争が早期に終結すると楽観していたが、機関銃の組織的運用等により防御側優位の状況が生じ、弾幕を避けるために塹壕を掘りながら戦いを進める「塹壕戦」が主流となったため戦線は膠着し、戦争は泥沼化した。その結果、大戦参加国は国民経済を総動員する国家総力戦を強いられることとなり、それまでの常識を覆す物的・人的被害がもたらされた。11月にキール軍港での水兵の反乱をきっかけに、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は退位に追い込まれ戦争は終結した。だが足かけ5年にわたった戦争で900万人以上の兵士が戦死し、戦争終結時には史上2番目に犠牲者の多い戦争として記録されることとなる。1919年1月に行われたパリ講和会議のため、ウッドロウ・ウィルソン米国合衆国大統領がパリへやって来る。

 まるでアベル・ガンスのような鉄路のモンタージュ、指揮者の掛け声とともにオーケストラが一気呵成に攻めて来るような凄まじい音圧は、レオス・カラックスの『ポーラX』以来、何と16年ぶりにスコット・ウォーカーが手掛けたスコアに他ならない。圧巻のオーケストレーションと鉄路のショットが止むと、画面に厳かな修道院の窓枠が映し出される。列に並ぶ子供達の末尾を、ろうそくを持った少年とも少女ともつかない子供がゆっくりと階下に進んで行く。ウィルソン大統領の講和会議に出席するために、フランスのパリ郊外へやって来た父親(リアム・カニンガム)と母親(ペレニス・べベジョ)の間には、一人息子ブレスコット(トム・スウィート)がいた。髪を長く伸ばし、少女のような柄の服を来た少年は、遠くから見ていると美しい少女にしか見えない。ある日降誕劇の稽古の後、教会の前で話に花を咲かせる村人たちの輪に向かって、謎めいた美少年は石を放る。その危険な放物線は彼らに当てるというよりも、投げている自分という存在に気づいて欲しいと言わんばかりである。今作にはこのようなブレスコットの癇癪が何度も訪れる。無邪気な子供の悪戯にも見えた癇癪は日に日にエスカレートし、やがて手がつけられないほどの悪魔な内面を大人たちに突きつける。謎めいた美少年の静かな内面の変化こそが今作の核となる。

 今作が処女作となったブラディ・コーベットは俳優として映画人のキャリアをスタートさせた。ミヒャエル・ハネケの『ファニー・ゲーム』のアメリカ版『ファニーゲーム U.S.A.』において、ブルジョワジー家族の別荘に侵入した2人組の片割れで、美しいナオミ・ワッツをいたぶった年下の男こそが彼である。あるいはラース・フォン・トリアーの『メランコリア』のティムと言えばわかりやすいかもしれない。4章仕立ての物語構成、人々の信仰心とそれに逆らう反逆者、生と死への好奇心、性の目覚め、主人公の不満を端的に表わすシンプルな癇癪表現など、今作には明らかに「ドグマ95」以降の映画表現が散見される。謎めいた美少年は信仰を破棄し、宗教に依存する母親と権力闘争でのし上がった父親との欺瞞に満ちた関係を徹底的に憎悪し、糾弾する。そのきっかけとなるのが、ラース・フォン・トリアーの『ニンフォマニアック』でシャルロット・ゲンズブールの若き日を演じたステイシー・マーティンである。第一次世界大戦と第二次世界大戦の間というまさに「戦間」の時代に育ったブレスコットの描写は、人によってはアドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スーターリンの姿を想像するかもしれない。謎めいた美少年のクライマックスでの変貌ぶりは、再び独裁者を生む機運の高まる世界の趨勢への警鐘をも含んでいる。

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