【第664回】『ステーキ・レボリューション』(フランク・リビエラ/2014)

 フランス・パリ、シャロレー牛の繁殖農家に生まれたフランクは家業を継がず、映画学校に入り、ファッション・フォトグラファーの助手として生計を立てていた。彼が仕事の関係でニューヨークに渡った時、最初に食べた旨い肉が「Peter Luger Steak House」の熟成牛だった。それ以来、フランクは子供の頃から一番だと信じて疑わなかったシャロリー牛の旨さに疑問を持ち始める。果たして世界一の肉とはどこの産地の牛肉なのか?その謎に迫るため、監督のフランク・リビエラはパリでいちばんの精肉店「ル・クトー・ダルジャン」の店主イヴ=マリ・ル=ブルドネックと共に、2年間、20カ国、200を超える有名・無名のステーキハウスを食べ歩き、畜産農家やレストラン・オーナーにインタビューを敢行した。フランス人の2人の美食家による「世界最高のステーキを見つける旅」が今始まる。フランクが若い頃に最初に渡米し、食べた「Peter Luger Steak House」の塾生牛を叩き台にしながら、2人の美食家は極寒の地カナダや南米のアルゼンチン、ブラジルを経由し、やがて鎌倉へ行き着く。身重の妻を撮影・編集に駆り出しながら、時に一人でスコットランドへ東奔西走するフランクの熱量に心打たれる。

 まさに肉を愛した美食家による世界の牛肉を食らう旅を映した肉好きによる肉好きのためのドキュメンタリーである。冒頭、フランスのサレール村で行われるピクニック祭りでは、郷土料理のフルコースの中に、地元のアリエ県産のシャロリー牛が振舞われ、村人たちはその肉の旨さを噛み締めている。フランス産の牛の特徴はアスリートのような肉質を持った筋骨隆々の体型で、脂身は敬遠される。南米のアルゼンチンやブラジルでは肉牛の飼育に18世紀の植民地時代の影響が色濃い。アルゼンチンでは当初、スペイン産の牛が交配されて来たが、現代になると気候にも適したイギリス産の牛が混じり、次々に品種改良が行われて来た。ブラジルでは肉の切り身を塩水につけてから、焼くという調理スタイルが一般化している。今作では各国の肉がランキング形式で出て来るが、カウントアップでもカウントダウンでもなく、ランクはランダムに並べられるばかりか、抜けも多い。当初、監督であるフランクが今作のメガホンを取るきっかけになった「Peter Luger Steak House」の熟成牛は何と第4位であり、それよりも旨かった牛肉が世界に3つあるという展開にはワクワクする。フランクもイヴ=マリも、母国フランスの肉を越える旨味を誇る肉に舌舐めずりし、最高の言葉を繰り返す。

 歴史と文明に彩られた20世紀の先進国の食糧事情に警鐘を促した傑作『ファーストフード・ネイション』や『おいしいコーヒーの作り方』ほどの歴史認識は持たないが、一見気軽に見える食べログのようなランキング形式の旨いものランキングに見えて、実際はかなり狡猾であざとい構成がある。日本の中で最高品質として紹介される神戸牛と但馬牛は厳密な等級管理がなされていることを映画は克明に伝えるが、フランスのシャロリー牛のアスリートのような筋肉質に比べ、神戸牛の樽のような体型にフランクは明らかに違和感を覚えている。畜産家は24時間モーツァルトの音楽を流す酒蔵を模して、馬にクラシックを聞かせ、彼らをマッサージするオーナーの過保護な飼育方法を冷淡に見つめている。黒毛和牛の名店として知られる「築地さとう」でのイヴ=マリのリアクションは正に1位の店に相応しいように見えるが、実際はそうはならない(この店の最優秀ステーキコースならば10万円用意してもあっという間なのだが)。映画は結局、効率を重視したファクトリー形式のアメリカ産牛肉の生産方式に疑問を呈す。抗生物質やホルモン剤の投与で、短期間で加工肉に仕立て上げたファクトリー形式のアメリカ産牛肉の問題点を列挙しながら、やはり効率ではなく、非効率で非合理的であろうが、最後は手間暇をかけて育て上げた酪農家が上位に並び、明らかにアメリカ式のグレインフェッド・システムに疑問符を投げかける。和牛のブランド力の維持のために、精子の提供を拒否していたはずの日本の和牛がオランダに渡り、スウェーデンのアイ・ワギュウ革命となり、国産の和牛システムを脅かす様子は、TPP後のボーダレス化する経済の先駆的な危機としても読み取れる。

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