【第399回】『小カオス』(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー/1967)

 軽快なJAZZが流れる中、女1人男2人の3人組があるビルから飛び出してくる。威勢の良い歓声を響かせながら、3人は続いて別のアパートの階上へと軽快に駆け上がる。当時21歳の若さだったファスビンダーが撮影した前作『都会の放浪者』は冷たい都市に置かれた若者の悲哀をこれ以上ないタッチで描いた初期衝動の塊のような短編だったが、今作は背徳感と快楽に酔う3人の若者たちの無軌道な暴力を描いている。3人はそれぞれに思いつきの話術で主婦に物を売りつけようとするが、都会の主婦は彼ら若者達には見向きもしない。3人の若者のリーダー格に扮するのはまたしてもファスビンダー本人であり、ニキビ面な表情がまだ初々しい。

若者達は彼女をターゲットにして、もう一度アパートの部屋へ乗り込む。今度は話術ではなく、ピストルを持って脅しをかける算段である。3度の訪問から時を待たずして、チャイムの音にもう一度部屋の扉を開けてしまった主婦が若者達の盗みのターゲットになる。ファスビンダーが今作であらかじめ意識したスタイルは、『都会の放浪者』同様に隣国フランスのヌーヴェルヴァーグそのものである。軽快なJAZZ、男女の笑い声と疾走、アパルトマン、モデルのポスター、レコード・プレイヤー、そして1丁のピストル、散りばめられたこれらのイメージは全てヌーヴェルヴァーグの専売特許であり、当時青年だったファスビンダーなりのヌーヴェルヴァーグ劇場が幕を開ける。若者達3人は主婦に対し、ピストルをちらつかせながら、金を出せと脅すのである。その殺伐とした雰囲気とは対照的に、ファスビンダーは女にマレーネ・ディートリヒのあまりにも美しい歌曲のレコードをかけるよう合図するのである。

信じられないことだが今作は、性懲りも無くベルリン映画アカデミーの二期生募集の課題として撮影された。『都会の放浪者』の方は都市vs個人の芸術的な対比の中に、若者の焦燥感を描くシリアスながら大人しめの作品と言えるが、今作の無軌道な若者達の暴走は完全に度を越している。にもかかわらず今作を二度目の受験の課題として応募したファスビンダーの社会に唾吐くような生々しい若さや反抗的態度はアカデミーとは無縁のものだったことは想像に難くない。主婦をピストルで殺す3人の若者のセンセーショナルな殺人は、教授達の心には響かなかった。前作『都会の放浪者』で無気力な彷徨の中、銃を手にした主人公を演じたクリストフ・ローザーが今作ではファスビンダーよりも年上の子持ちの男を演じている。ここでもファスビンダーの口から歌われるのは哀愁漂うポップスであり、ドイツ戦後世代の焦燥感や虚無感がありありと感じられる、また彼の映画と演劇と音楽との関係性が窺い知れる。

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