【淫怪夢幻想郷物語】第三話 「妖怪故在るべき姿」
―赤蛮奇―
「蛮奇さんなんか腹減んないすか?」
そう田所さんは言った。人間はよく腹が減るものだな。
「お腹減ったわね。」
別に空いてないがここは一応合わせる為に嘘を言った。
「この辺に最近新作が出た美味い団子屋がある…。」
突然、何かを言い掛けた所で田所さんは黙ってしまった。動きも止まった。
「どうしたの?」
「……なんすかねあれ。」
田所さんが指差した方向を見る。そこにあったのは…透明な四角い物体だった。それを見た瞬間、私は途轍もない寒気に襲われた。
悍ましい霊気、そしてそれ以上にもっと恐ろしい"何か"を感じた。
「な、なによあれは…。」
これは、呪い…か?うまく言い表せない。ただそれに近い。
「なんなんのよこの感じは…。」
はっきりとした答えが導き出せない。それ故に恐怖を感じている。
恐ろしい。
私が───恐れるはずなど───
そのはずなのに怖れている。
それが怖い。恐ろしい。
恐怖の悪循環が起きている。
この幻想郷の物ではない…。
…
…
幻想郷の物ではない?そうだ、確か私は前に田所さんの中に同じような気を感じていた。私はそれに恐れていた。
まさか───
「───っんがはっ!ゲホッ!」
田所さんが咳込んだ。その時彼の中の"何か"が移動した気がした。その何かはその立方体の物体に向かった。
気付けば私はその立方体の物体から目を逸らせなくなっていた。
体が動かない。何故か固い。
「何よこれは…。」
その呪いの様なものは一層強まった。
「これは…一体何よ。」
体が勝手に動いた。私の足が、その物体に向かって。まずい。気分がどんどん悪くなる。
やめて。お願い。止まって。
「おい?ば、蛮奇さん?何をやってるんですか…。近付かない方が良いっすよ!」
そう言われても私の体は止まらない。
「それは何か危険な気がする!離れたほうが良いっすよ!」
意識が朦朧としてきた。聞こえる声も小さくなってきた。
私の体は勝手に動く
ああ気付いた。彼の中にあった恐ろしい何かは、ほんの一部だったんだ。そしてこの物体はさっきまで不完全だった。だが遂に完全になってしまった。そして霊気は、呪いのような、何かは更に強めては、私を───
私の体は勝手に動く
目の前にその物体がある。とても気分が悪くなる。でも離れられない。そして体は田所さんに向く。
…何が起きるの…?
「蛮奇…さん…?」
私の右手が勝手に動く。そして私は飛ぶ。
…まって、その動きは弾幕を放とうとしているのか?やめて。まともに弾幕ごっこする相手が居ずに、まだこんな明るい時間帯にそんなことしたら、私は人里に居られなくなる。そして当たってしまったらそれこそ問題に──
私の体は勝手に動く
一瞬だけ意識がハッキリした。せめて…伝えなければ。私は何度も口を動かそうとした。そして全力で叫んだ。
「避けて!」
弾幕が放たれた。それは私が放ったものとは思えない、真っ黒な弾幕。殺意の籠もった。
「なっ!」
田所さんは間一髪の所で避けられたが、足を崩してしまったようだ。弾幕が当たった地面は燃えた。
あぁやってしまった。終わってしまった。彼の顔は驚いた表情をしている。当然だろう。身近な人物がいきなり攻撃してくるのだから。
そして私の体は更に弾幕を放とうと動く。田所さんは棒立ちしている。お願い、はやく逃げて。
…
…どうすればいいの。
…
…
───私は今まで自分に嘘をついてきた。田所さんをこうして付き添い、家の部屋も貸してあげた。私はそんなにお人好しではない。だから理由として、彼の中にある何かが気になっているからこうしている、と言い聞かせてきた。それは確かに嘘では無かったのだが、それよりも単に話すのが楽しかったんだ。ここ数年特定の人間と長く話す機会は無かった。ささやかな楽しみであった。勝手なものだな。私のような妖怪が人間と、それも同居してまで仲良くなるなんておかしな話なんだ。私は妖怪としてのプライドを持っていた。だから本当の理由を周りの人に隠した。自分にも隠した。
哀れではないか。
私なんかが人間を助ける必要なんてない。
仲良くすることなんてない。
ない。
無いけれども───
もう良いじゃないか。
正直になれば良いじゃないか。
妖怪だってばれたっていい。
何方にせよこの状態じゃ最終的に博麗の巫女に退治されるんだ。
今の私にとって何をするべきなのか。
どうする。
…
だったら───
…
私の体は勝手に動く
でもまだ、左手は動かせる。
使える妖力がもう殆どない。
私は左手で頭を掴み、頭を増殖させた。
そして僅かな視界を頼りに、田所さんの方向へと思いっ切り投げた。
私の体は勝手に動く
もう左手すら自由に動かせなくなった。
私の体は勝手に動く
私のもう一つの頭は田所さんに直撃した。
「うわっ!頭が!」
頭を動かし彼に向き直す。
「逃げるわよ!」
そう言って服を噛み半ば強引に動かそうとする。
「ま、待て一体何が起き…って…!」
「話は後よ後!」
そして急いで其処から離れる。私の本体は黒い弾幕を放ちながら追いかけて来ている。その弾幕は最早美しさの欠片も無い。逃げる。
暫く私達は逃げていたが、ある一定の距離からは追いかけて来なくなった。いや正確には見失ったのか。本体の方は、飛びながら私達を探しているようだ。視界はさっきよりも見えなくなってきている。
私達はひとまず狭い路地裏へと隠れて休憩した。
「ハァ…ハァ…。」
「あぁ…。」
非常に疲れた。
数分程会話は無かった。
自分から行動したとはいえ、あまり唐突だったかもしれない。まだ落ち着かない。
…
緊張した空気が漂う。
その空気をなんとか壊そうと田所さんが言葉を発する。
「…何からつっこめば良いんすかねぇ蛮奇さん。」
「…。」
少し気まずい。
彼は此方を見てはいないが、私はたまらず田所さんから目を逸らした。
「飛頭蛮。」
彼がそう発した。
「本で見たよその妖怪を。」
此方を見る。
呼吸が整わない。
「そういうことなんですか蛮奇さん。」
彼の目は私の事情について確信しているような目だった。
「ええ…貴方の思っている通りでしょうね。私は今まで隠してきたけれど、まさかこんな形でバレるとは…思わなかったわ。」
そう言うと、彼は深呼吸をしてこう言った。
「まあ…俺は別にそんな気にしないっすよ。別に蛮奇さんが妖怪だと分かった所で、俺を助けてくれた蛮奇さんには変わらないんです。」
意外にも受け入れてくれた。
良いのだろうか。こんな私を…。
「…ありがとう。」
少しだけ空気が柔らかくなった。私は少し安心した。
「そんなことより!蛮奇さんあれは一体何なんですか!?貴女の身に何が起きたんすか!」
声を荒らげてそう言う。そして私の頭を手で挟んできた。私も影響されて声が大きくなる。
「わ、私も本当に訳分からないわよ!体が言う事を聞かなくなって…!」
その瞬間、恐れていたことが起きてしまった。
「あっ…。」
「こ、今度はなんですか…。」
「…複数の頭がある時は、記憶とか意識は当然共有されるんだけど…それが今無くなった…わ。」
再び沈黙が流れる
「…要は完全に乗っ取られたってことすか。その何かに。」
視界どころか意識すら失われた。今意識があるのは田所さんの目の前にあるこの頭だけとなってしまった。
「居場所が分からない…これじゃあ…。」
「どうするんですか…!蛮奇さんのあの体を放置してたら更に被害が出ますよ。それにあの四角い何か…あれ、あの物体自体もだ。物凄く命の危険を感じましたよ!」
兎に角誤解を生まない為にも早急に対策をしなければならない。博麗の巫女、博麗霊夢は何時やってくるのだろうか。いやそもそも情報が伝わるのだろうか。如何せん私そう言った機会に遭わないのでよく分からない。
「あの物体は呪いの様な何かではあるはず。だからここはあの博麗の巫女が来ると信じて…時間稼ぎするしかない。」
「時間稼ぎって言ったって何すればいいんすか…!」
人里にいる力の強い人間や妖怪はあまり見かけたことがない。強いて言うならばあの人しか居なかった。
「貴方、寺子屋の位置は分かるかしら。」
寺子屋にはあの半妖の教師がいる。日が暮れようとしている。授業は恐らく終わっているはずだ。
「分かりますよ。」
「そこの教師…上白沢慧音という人物は…少なくとも私よりは強い筈。」
「…呼びに行けば良いんすね。蛮奇さんはどうするんですか。」
「私は…囮になる。成る可く周りにの人々が標的にならないように。」
「…それは本当に大丈夫なんすか。」
正直怖かった。でもやらなければならない。私の今後に関わるのだから
「……私は大丈夫。」
そう言うと彼は頷いた。
「じゃあ行きますよ…!」
そう言うと彼は走って言った。
事態の起きた先程橋付近へと急いで行く。人気がさっきよりも少ない様な気がする。あんだけ目立ってしまったのだから、人里内への情報は直ぐに渡り、家へ避難するのは当然言えば当然か。
そんなことを思いながら飛んでいたら、脳を突きつけるような、認めたくない、酷い光景があった。私の本体は、四方八方に真っ黒な弾幕を放っていた。そして頭も8つまで増えていた。まさかあの時にもう増やす方法を会得してしまったのか。それら全ての顔をよく見ると、目に光がない──いやそれは黒く塗り潰されているようだった。それらの頭にも私の意識は働いていない。
「なんて有り様よ…。」
想像以上に深刻だった。更に近付いてみる。誰かが居た。紫の傘に水色の服…小傘だった。
「ば、蛮奇ちゃん…?ねぇどうしたの?なに…してるの?」
声が震えている。そして小傘が喋った後、全ての顔が小傘に向く。その光景を目の前で見たら、それも敵意の向いたものならば、私でも恐怖を感じてしまうかもしれない。
「蛮奇ちゃん…?いくらなんでも怖いよ…なんで黙ってるの…?」
「ちょっと小傘!?駄目よそれから離れて!」
声をかけると小傘が振り返る。
「え?あれ?蛮奇ちゃん…えっと?」
が、その時弾幕た放たれ小傘に当たってしまった。
「うわぁ!!」
悲鳴を上げながらこっちへ飛んでる。
「小傘!」
小傘へと近付く。傘の一部分が削れた、いや溶けているようにも見える。
「ちょっと小傘大丈夫!?」
「うぅ…私の傘がぁ…。ねえばんき…ちゃん…あれ?」
小傘は今の私の方と私の本体の方を交互に見る。そして私の方を見て固まってしまった。
「あのね小傘これには事情があってね…。」
「じ、事情ってなに?いやだってなんでえっとこ、攻撃してく、くるばんきちゃん、なんで!?」
「落ち着いて小傘!」
声を大きくする。小傘はピクッとし改まる。
「今はもうあの体は私のじゃなくなっちゃったのよ!変なのに体がう、奪われてそれで、それで…私の意志で攻撃してる訳じゃないのよ!」
「う、奪われた…?あれは蛮奇ちゃんじゃない…?」
「そうよ!」
小傘は終始困惑しているような顔を見せるも、私の話を聞いて頷いた。
最低限状況は伝えられただろか。
「じゃあ小傘はここから離れて頂戴。よりにもよってその傘の状態じゃ本当に危険だし、貴女まで狂ってしまったら更に被害が広がってしまうわ。」
「わ、分かったけどあの状況どうするの…?」
「時間を稼ぐのよ私が。今助けを呼んでいるから。」
私は再び私の本体に向き直る。
もうどれくらい時間が経ったのだろうか。もう数十分は相手にしているような気がする。実際には5分も経っていないかもしれない。疲れた。何時の間にか小傘も遠くから弾幕を放ってきてくれてはいるので幾分かはマシだ。けれどもやっぱりこの姿だからなのか体力の消耗が激しい。私の本体は全くと言っていいほど動きが鈍らない。そして──
「っ!」
不意に四方を囲まれてしまった。そしてレーザーが放たれようとした。
その瞬間
私の本体が突然何かぶつかり、そして複数の頭を巻き込みながら地面に落ちた。地面の土が舞い上がる。
「え?」
私は周囲を確認した。そして彼女が居た。
「あぁ…やっと来てくれた…。」
私は安堵し、動く気力も完全に無くなって、そのまま頭を落とした。
ー田所浩治ー
全力で寺子屋のある場所へ向かう。蛮奇さんが妖怪だったことがかなり衝撃であったが、今はそんなことを考えたって仕方ない。先ずは目先の事態の解決をしないとだ。蛮奇さんを助けないといけない。
「ああこんな時俺に戦う力があれば…。」
嘆いたって仕方ない。俺自身が出来ることをやらねば。
寺子屋に到着した。直ぐに入って上白沢慧音という人物を探す。
「上白沢さ…うわっ!」
「うおっ。」
襖を開けた瞬間ばったりと会い、双方が固まってしまった。暫くして正気に戻り彼女に話す。
「あーえっと上白沢さんっすか?…実は今里の橋んとこでとんでもないことが。」
状況を伝えたや否や彼女は現場に急いで走っていった。俺も後を付いていく。
移動が速くて段々と彼女から引き離されていく。そして俺が着いた瞬間、上白沢さんが蛮奇さんの体に頭突きしていた。蛮奇さんの体は他の蛮奇さんの頭を幾つか巻き込みながら地面に落ちた。地面の土が高く舞い上がった。
「す、すっげ…。」
驚くも束の間、すぐに近くを飛び回っていたはずの正気である蛮奇さんの頭を探す。複数存在していたが、明らかに雰囲気が違うのでどれなのかは分かった。
「蛮奇さん!大丈夫ですか!」
返事は帰ってこない。
「蛮奇ちゃん!ねぇ起きてお願い!」
近くにいた水色の髪に水色の服を来た少女も駆け寄って呼び掛けた。
「…あー?何やら面倒なことになってるみたいだな…。」
上白沢さんは辺りを見渡す。
「多分彼女は単に疲れたんだと思うよ。大分必死に飛び回ってたようだし…。」
上白沢さんはそう言うと例の物体に視線を向け歩み寄る。
「上白沢さん危ないですよ!」
「分かってる。」
彼女は一定の距離を保ちつつ、それを見る。
「霊気…妖力もあるな…。それも呪いの類いか…。恐怖を感じる。妖怪どころか、人間にとっても良くない物なのは明白だな。」
そして上白沢さんは複数の光を出しそこから幾つものレーザーを物体に向けて放った。だが傷は全く付かなかった。
「…駄目か。」
更にレーザーの本数が増した。それでもその物体は傷を付けない。反応しない。
「なかなか難しそうですかね…。」
「直接手を加えれば破壊出来るかもしれない。でもこの状況をみるに、半妖である私にとってはリスクが伴うだろう…。」
「は、はんよう?って?」
そう言うと、
「人間と妖怪のハーフってことだよ。」
と、疑問に答えてくれた。
「ああありがとう。そう言えば貴女の名前まだ聞いてませんでした。」
「あっ、そうだね。わちきは多々良小傘っていうんだ。気軽に小傘って呼んでいいよ。貴方は?」
「田所浩治です。その傘…もしかして。」
紫の色に特徴的な目と舌が付いた傘。恐らくは例の付喪神だと考えた。この幻想郷に来てから妖怪や神についての情報は調べまくった。特定の妖怪についての情報が意外とそういった本に纒められているのだ。だからなんとなくは分かる。
「んん?この傘のこと?あー…。」
小傘は手に持っている蛮奇さんの頭をチラっと見た。
「まあ私も一応…そうだね。」
色々と話していると、倒れていた蛮奇さんの体がむっくりと起き上がった。
「あっ…。」
そして勢いよく物体の近くに飛んでいき、先程まで消えていた頭を再び出した。
「うわ…まだやる気なのか。これは早い内に、あの忌々しい物体を博麗の巫女にでもどうにかしてもらわないとだな。」
蛮奇さんの体は両手を広げ再び弾幕を放とうとしていた。歯軋りの音が聞こえた。怒っているようにも見えた。
「蛮奇ちゃん…。わ、私霊夢を呼んでくるね!浩治、蛮奇ちゃんの頭お願い!」
「…ああ、しっかりと守るよ。」
小傘は頷くと、息つく間もなく飛んでいった。俺はしっかりと頭を守り、上白沢さんの戦いを見守った。
「グッ…なかなか攻撃が激しいな…。」
真っ黒な弾幕を放ち続ける蛮奇さんの体。物量だけで美しさの欠片も無い弾幕。次第にその闇も深くなっているように見える。上白沢さんは飛びながら器用に弾幕を避ける。そして彼女が放つ弾幕は蛮奇さんの体に8割程だろうか、かなり当たっている。それでも勢いは止まらない。どうしてあんなに耐えられるのだろうか。蛮奇さんの元々の強さなのか、それとも物体の影響なのか。
今気付いたのだが、蛮奇さんの体は例の物体から3mも離れない。さっき上白沢さんが頭突きした時はそれよりも離れていたはずだが…。もしかしたら、無闇に物体に近付けないことを利用して、頭突きを回避しようとしているのだろうか。何れにせよあまり有利な状態じゃない。
でも俺は何も出来ない。
──声
声だ
「──ったくそんなんじゃ何時まで経っても強くなれねぇぞ。」
「す、すごいキツイ…。」
「おう──もっと頑張れるんじゃないか?」
…
「──まあこれからもこんな感じだからな。しっかりと気を引き締めろよ。」
…
「良いじゃないか。記録伸びてる──だ─…──からな。もっと強くなるんだろ?田所!」
…
「あぁ──だからお前だけだ。──っても、お前──ら、やっていけるよな?」
──大丈夫っすよ。
…。
「田所さん危ない!」
「なっ!」
意識が明瞭になった。だがその時にはもうすぐ目に前に弾幕が迫っていた。弾幕の黒い光に視界が包まれる。今俺は蛮奇さんの頭を抱えている。俺は咄嗟に背中を向けた。
「…っぐはぁ!」
直撃して全身に痛みが走った。熱い、熱い。数m程吹き飛ばされた気がした。痛い。なんとか蛮奇さんの頭は護れた。
「あぁ!」
足音が聞こえる。体は起こせない。
「マズイマズイ…はやく止血しなければ…。」
彼女は俺の背中に手を触れた。どうやらそこから出血しているらしい。
「上白沢さんほんとすいません俺迷惑ばっかかけて…。」
「いや護れなかった私が悪いんだだから…。」
その時新たな衝撃が地面を走った。何かと思い見ようとして、出来る限りその方向へと首を動かした。
遂にやってきてくれた。全身が赤い服に覆われていて、手には棒に幾つかの小さい紙が付いたものを持っていた。それは神社でまさに巫女が持っていそうなものとピッタリだった。
「随分とやられたみたいわね。」
「霊夢!すまない今彼の手当てで…。」
「ありがとう、そっちは任せるわ。」
博麗の巫女の姿をこの目で初めて見た。見た目は意外と小柄だった。そしてとても若く10代なんじゃないかと思う位だ。
「なんだか面倒なことになってるけど、一先ずあんたには大人しくして貰うわよ。」
彼女はそう言うと、隙かさず弾幕…と言っていいのか分からないが、"博麗"と書かれている御札を蛮奇さんの体めがけて大量に放った。その御札の効果は大きく、妖怪なだけあって攻撃がかなり効いているように見えた。
実際、博麗の巫女は戦いをかなり有利に進め、あっという間に事態を片付けた。
彼女の名前は博麗霊夢。皆からは霊夢という名前の方で呼ばれているようで、そっちの方が馴染み深いらしく、自分もそう呼ぶことにする。上白沢さんに手当して貰ったおかげで立てるようにはなった。…肩は貸してもらっている状態だが。後に小傘も戻ってきて、今は蛮奇さんの頭を抱えている。しかし霊夢さんは飛行スピードがかなり速い。さっきの戦いでも風を切る音が聞こえた。
「さて残るはこの忌々しい物体だけね。」
「蛮奇さんがこんなことになるんですから相当ヤバいっすよこれ…。」
「…。」
霊夢さんは無言になり、棒…お祓い棒を前に構えた。幾つか御札を取り出し投げ出すと、それらは物体の四方を取り囲んだ。するとその物体の光は弱くなっていった。すかさず霊夢さんは近付きそのお祓い棒を振り下げる。お祓い棒がその物体に直撃すると、ひび割れが発生しあっという間に灰と化した。
「す、すげぇ。」
「なんか割とあっさり終わったな。あんだけ固かったというのに、流石霊夢だな。」
「いや、実際大したことは無かったわ。呪い自体はそこまで強いものじゃない。その呪いを取り囲む器がその力を増大させてるんじゃないかって私は推測するわ。」
「成る程。」
「呪いは、強いもので無ければ大抵何か物がないとその呪力を保てない。呪いは取り祓ったし器も破壊した…もう心配する必要は無いわ。」
これでこの件は落着した。あとは蛮奇さんの確認だ。
「うっ…あー…。」
「あっ!」
物体が消滅してから数分も経たずして、目を覚ましてくれた。
「小傘…えっと…っな!は、博麗、霊夢っ!」
彼女の姿を見るな否や蛮奇さんは慌てた。
「えっとだな…。」
「もう原因は断ったわ。それにあんた自身の意思じゃ無いんだろうし、何か罰を与えるとかも無いわよ。」
「そう…よかったわ。なんか前もこんな感じだった気が…。」
「んで…。」
霊夢さんは俺の方に目を向ける。
「あんた何者?人間にしては随分と雰囲気が違うわね。それにこの状況に臆さないとは。」
「いや、怖かったっすよ。力なんて俺は無いんですから。でも俺は──
俺は元々幻想郷の人ではない。記憶が無くともそれはほぼ間違いない。そして俺は蛮奇さんに助けて貰った。彼女自身が妖怪であるにも関わらず。あろうことか同居までさせてもらっている。…人妖神蔓延るこの幻想郷では珍しく無いのかもしれない。だが幻想郷だとしても、人里では違う。普通人は妖怪を恐れ一緒に居たがらないだろう。でも事情が違うのだ。
──何者であろうと。命を救ってくれたっていうのに、蛮奇さんを目の前で何もせずに見捨てるなんて出来ませんよ。実際には…助けしか呼べませんでしたけど。」
「ふうーん…。」
俺が一通り話すと、霊夢さんは少し考えてこう言った。
「まあ色々と問題は起き無さそうだし、これ以上私が介入する必要は無いわね。」
「え?良いんすか?いやその俺と蛮奇さんそこら辺の関係…。」
「目立たなければどうでも良いわよ。キリ無いし。」
そう言い彼女はその場から離れた。
後の新聞では人間に化けた妖怪が暴れた、という内容が記載されていた。写真等は無くイメージ画像だけがあり、蛮奇さんの立場に影響は無い…恐らく無いだろう。
しかしあの物体は一体何だったのだろうか。初めて見たときとても不吉な物を感じた。命の危険を感じた。それにあの時…自分の中から何かが失われた様な、形容し難い気分。思えば蛮奇さんの様子がおかしくなったのはあの現象が起きてからだった気がする。何なんだ?俺の中には一体何があったんだ?その答えは記憶が戻らない以上分からないだろう。ならば思い出さないといけない。そう思っている筈なのに、思い出そうとするとやはり頭痛がしてくる。頭にノイズがかかったようになる。拒む、拒む。
…
…
まて、俺が無意識に思い出したくないのだって言うのなら、何か大きな事件を体験したのか。事件…。もしあの物体が関わっていたとしたら…あんなものでは済まないのでは無いのだろうか。いや、これは憶測に過ぎないのだが、もし仮にその大きな事件があったのなら…。俺の嫌な予感が正しければ──
あれは確かに恐ろしいものだった。当然霊夢によって破壊され人里の人達への被害は最小限に食い止められた。
でもあれで終わるとは思えないわね。原因を突き止めなければ、また同じことが起きる可能性だってありそうだわ。
まだあの物体の脅威はあるかもしれない。
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