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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その12 松野 豊はなぜ武藤 里伽子に振られたのか?ーインタールード1ー
タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ
前回、「ハワイでの修学旅行」シーンの後編を考察しました。
同じテーマの考察が続いたこともあり、今回、「インタールード(幕間劇)」として、「松野 豊はなぜ武藤 里伽子に振られたのか?」を考察していきたいと思います。
松野 豊はなぜ武藤 里伽子に振られたのか?
『海がきこえる』の主人公は「杜崎 拓」だからー
そう言ってしまえば、それまでのことですが、筆者なりの結論から先に言えば、拓と里伽子のように「感情の応酬」をしてお互いの本音をぶつけ合う機会を、松野が告白するまで持つことができなかったことに尽きると思います。
「過去の考察」ですでに書いてきたように、里伽子との接触は、拓にくらべて松野の方が先でした。
松野「興奮するよ、そりゃ 武藤はすげえ美人やきに」
クラス委員であった松野は担任に頼まれて、転入の手続きに来た里伽子に校舎の中を案内します。
東京からの来た美少女転校生ー松野は、(ほとんど)ひとめ惚れのように里伽子に魅かれていました。
また、夏休みが終わって新学期が始まると、(拓を含めた)同級生たちがテニスで見せた里伽子の「かっこよさ」に目を奪われている中、松野だけがクラスで浮いている里伽子の「淋しさ」に拓よりもはやく気づいていました。この時点で、拓はまだ里伽子の「外面へ関心」を持ったにすぎません。
松野「今日 武藤んとこへ行ってきたぞ」
拓が、実力テストの結果に関心を示さない里伽子を見て「内面への関心」をようやく持ち始めたころ、松野は、(クラス委員という立場を利用して)体調を崩して学校を休んだ里伽子を見舞うために下宿先を訪ねています。
また、冬休み中、拓がアルバイトに精を出す中、(偶然ですが)里伽子と会った松野が里伽子を映画に誘うことに成功してもいます。
(本人は、のちに拓に対して「デートでない」と否定していますが)
ハワイへの修学旅行までを考えれば、松野は拓より一歩も二歩も先んじていました。「同級生の中で最初に里伽子と出会ったこと」・「里伽子と同じクラスでクラス委員でもあったこと」。拓よりも(圧倒的に)恵まれた条件の中で松野は、里伽子と接触を持っていたのです。
ただ、松野の有利な立場は、「ハワイへの修学旅行」において一変します。里伽子が拓に「お金を貸してほしい」と接近したことを発端として、2人の間に「感情の応酬」が行われ、その結果2人は「本音で話し合う間柄」になったからです。
(そのことについては、「過去の記事」で考察しました。)
このとき、拓と里伽子のやり取りの中で、松野をどう思っていたのかわかる里伽子のセリフがあります。
拓「嫌われた 誰に?」
里伽子「クラスの人 特に男子が 全然 口もきいてくれないの」
里伽子「クラス委員の松野くんは別だけど」
里伽子「あの人 親切ね」
(クラス委員の立場を利用して)里伽子と接点を持ち続けてきた松野でしたが、松野は拓よりも「有利な立場」を活かすことができませんでした。 「クラス委員」であったがゆえに、「親切」の裏に隠された想いを里伽子に気づいてもらえなかったのです。
また、拓から里伽子の窮状を聞いた松野は、里伽子にお金を貸すことを申し出ます。ただ、すでに拓から(東京行きに充分な)お金を借りていた里伽子にとって、松野の申し出は「ありがた迷惑」であったと言えるでしょう。
拓が松野と秘密を共有した怒りもあって、里伽子の松野に対する感情は、「親切な人」から「お節介な人」へ変わります。
その後、3年生となり、里伽子と違うクラスとなった松野は里伽子との接点を急速に失っていきます。
松野と入れ替わるように里伽子と関係を深めていったのは、「里伽子と同じクラス」になった友人の拓でした。
里伽子との「感情の応酬」を重ねるうちに、互いの本音に触れて(知らず知らずのうちに)里伽子に魅かれていく拓。
当初の「有利な立場」を活かせないまま、「感情の応酬」をすることもなく、拓のように本音をぶつけることができなかった松野が「失恋」を迎えるのは、いわば必然でもあったのです。
「わたし…高知も嫌いだし 高知弁喋る男も大嫌い!」ー松野の告白が拓と里伽子の関係に及ぼした波紋ー
「東京行き」ののち、拓と里伽子の関係がクラスメートの間で「噂」となります。「東京行き」で傷ついていた里伽子は、こころない「噂」でさらに傷つき、「高知」や「高知弁を喋る同級生」たちへの憎しみを深めていきます。
そんな中、たまたま図書室の帰りで里伽子と一緒になった松野は、「噂」の真意を里伽子に尋ねたあげく、里伽子の怒りに触れて、手ひどい失恋を迎えてしまいます。
松野「武藤のこと 好きやき…」
里伽子「わたし…」(驚いたのち、一瞬、何かを考えるようにうつむく)
里伽子「高知も嫌いだし 高知弁喋る男も大嫌い! まるで恋愛の対象にならないし そんなこと言われると ゾッとするわ!」
松野の「間の悪さ(空気の読めなさ)」に、男性視聴者(読者)なら嘆きたくもなるようなシーンです。
しかし、このシーンで注目したいのは、里伽子が「まわりくどい言い方をした理由」と「このセリフが与えた影響」です。
里伽子が「まわりくどい言い方」で松野を振ったのは、「噂」で傷ついていた里伽子を松野がさらに傷つけてしまったことが一番大きい理由だと思います。
それでも、なぜ里伽子は、シンプルに「ほかに好きなひとがいるの」・「あなたとは友達でいたいの」と言わなかったのか?
(だからといって、シンプルな返答が相手を傷つけないとも思いませんが)
里伽子が松野の告白を聞き、「わたし…」と言いよどむのは「アニメ版」だけの演出です。
松野の告白を聞き、里伽子の心に浮かんだのは、拓のことだと思います。
東京行きを経て、里伽子は拓のお節介がただの「お節介」でないことに気づき始めていました。何より、東京での「居場所」をなくした里伽子にとって唯一の「居場所」が拓だったのです。ですが「本音」をぶつけてくる拓は、里伽子にとって、「愛憎入り混じる存在」でもありました。
「小説版」に大学生になった里伽子が、アパートを訪ねてきた拓に高校生だったときの自分の気持ちを打ち明けるシーンがあります。
「少し、むかついたな。あたし、杜崎くんはあたしのこと、好きなんだろうってちゃんと思ってたから。でも、ヘンなところばっかり見られてるから、いやだった。…(略)」
「海きこ」第五章 237ページより引用
ほんの一瞬、「高知生まれ」で「高知弁を喋る男」である「拓」のことを思い浮かべてしまった(だろう)里伽子。
「噂」への苛立ちも重なり、拓への「愛憎」の「憎」が強く出てしまった。それこそが、里伽子が松野の告白に対して「まわりくどい言い方」をしたもう一つの理由であると筆者は考えます。
里伽子の「まわりくどい言い方」は強烈で、受験生である松野を「成績の低下」というどん底に叩き落としました。(それでも立ち直り、無事、京都の大学に合格するのだから、スゴイヤツだと筆者も思いますが)
里伽子「高知も嫌いだし 高知弁喋る男も大嫌い! まるで恋愛の対象にならないし そんなこと言われると ゾッとするわ!」
里伽子の、このセリフが傷つけたのは、松野だけでありませんでした。言葉だけをとらえれば、とっさに、里伽子が思い浮かべた相手「拓」にも当てはまり、傷つける言葉でもあったのです。
親友である松野をズタズタに傷つけた里伽子のセリフを聞いた拓は、松野だけではなく、「高知生まれ」で「高知弁を喋る男」である自分にも向けられたもの…そう思ったに違いありません。
松野の告白を聞き、思いがけず心に浮かんだ「拓」を想い、口にしたセリフが皮肉なことに拓そのものを傷つけてしまう。
松野の告白と里伽子のセリフが与えた影響ーそれは、すれ違う拓と里伽子の対立に決定的な影響を及ぼしてしまったことにあるのです。
今回、「松野が里伽子に振られた理由とそれが与えた影響」について考察しました。(「インタールード」ということで短い内容にしたかったのですが)
次回、いよいよ物語の「中間点」となる、「東京行き」のシーンについて、考察していきたいと思います。
ー今回のまとめー
松野の失恋の理由と与えた影響
松野が里伽子に振られたのは、自分の「有利な立場」を活かせないまま、里伽子と「感情の応酬」をして、本音で話し合う関係になれなかったから。
(間の悪い)松野の告白は、「噂」で傷ついた里伽子の「まわりくどい言い方」での返答につながり、松野の心をズタズタにした。
それは、松野から告白の顛末(てんまつ)を聞いた拓も傷つけて、すれ違う拓と里伽子の対立に決定な影響をもたらした。
※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。