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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その24 武藤 里伽子は杜崎 拓をいつ好きになったのか? パート2

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、「小説版」里伽子の告白シーンと、「アニメ版」冒頭の不自然な里伽子の行動について考察しました。

 今回より、数回にわたって、「アニメ版」里伽子の高校時代について考察していきます。

 拓に関する考察の時と同様に、「アニメ版」のストーリーに沿って考察していきます。該当する拓に関する考察記事を合わせてお読みください。

〇関連記事:『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その7
      『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その8


武藤 里伽子とは?ー自分の居場所を見失った東京からの転校生ー


 里伽子の感情を追っていく前に、ヒロインである「武藤 里伽子」がどんな人物であるか(拓に出会う以前の里伽子)をおさらいしてみましょう。

〇里伽子は、東京の成城(せいじょう)で不自由ない暮らしをしていた。父(伊東)・母の隆子・弟の貢(みつぐ)との4人家族。
〇同級生の岡田というボーイフレンドとリョーコという友人がいて、高校生活も充実していた。
〇そんなある日、父と部下の女性(前田 美香)との「不倫」が発覚する。
〇里伽子の母は夫の不倫を許さず、結局両親は「離婚」する。
〇里伽子の母は、里伽子と弟を連れて自分の地元の高知に帰ってくる。
〇里伽子は東京での生活が気に入っていて、父と暮らしたかった。
〇高知の針木(はりぎ)で果汁園をしている伯父夫婦の家に身を寄せる。
〇里伽子は、伯父夫婦に遠慮して下宿して学校に通う。

 拓に比べて、前提条件が多いのは、『海がきこえる』という物語全体がヒロインである里伽子を軸に動いているからです。
 里伽子が物語の「キーパーソン」になれるということは、作者である氷室 冴子先生が里伽子という女の子のキャラクター(個性)を徹底的に創り上げた裏返しでもあります。

 里伽子を語る上で外せないキーワード(里伽子の行動原理)は、「居場所の喪失と獲得」「世間とのズレ(都会と田舎の違いに悩む)」です。
(拓の行動原理は、「愛情より友情」・「同情とヤキモキ」でした。)

 ここまで里伽子の人となりをみてきました。

 重要なのは、里伽子の立場で物語を見た場合、「アニメ版」(「小説版」の里伽子の高校時代)は、絶えず繰り返される里伽子の「居場所の喪失と獲得」を描いた物語でもあるという点です。

 それでは、拓の回想で里伽子が最初に登場する正門での出会いのシーンから見ていきましょう。


高校2年の夏休みの午後ー里伽子と拓のプロローグー


 学校の職員室で担任の話を聞いた里伽子は、正門の前でクラス委員の松野から友人である拓を紹介されます。
過去の考察で触れたように、「アニメ版」のこのシーンは、独特のカメラワークを用いて、里伽子を「視聴者」に印象づけることに成功しています。)

 「アニメ版」の里伽子の表情や仕草を見ても、この時点の里伽子は拓の存在を「認知」した段階で、(当然ながら)拓への何らかの感情を抱かせる描写はありません。(存在の認知)

 むしろ、筆者が気になったのは、拓(と松野)に出会った時点で、里伽子が「高知」や「高知の同級生たち」への嫌悪をまだ抱いていないということです。去り際に、里伽子はこんなことを言っています。

里伽子「じゃあ あたし これで 2学期からよろしく」

 単なる社交辞令なのかもしれませんが、里伽子がのちに抱くことになる「高知への憎しみ」がこの時点で発生していたなら、出てこないセリフだと思います。

 里伽子にとっての世間との「ズレ」ー高知という新しい環境の中で(高知育ちの母やすぐに友達ができた弟と違って)「居場所」を獲得できない里伽子の悲しみは、新学期に始まったのだと筆者は考えます。


スーパーウーマンでは「共感」してもらえない?ー里伽子の苦悩から見えてくるものとは?ー


 新学期のシーンは、テニスで同級生たちを圧倒する里伽子の活躍するシーンからはじまります。「視聴者」(と拓)にとって「テニスと実力テスト」のシーンの持つ意味は、過去の考察で見てきたとおりです。

 しかし、一転して里伽子の目線に立ってこのシーンを見直してみると、まったく違ったシーンであることが明らかになります。

 それは里伽子の目線に立ってみるとこのシーンが、高知に転校してきた里伽子が、(東京ではうまくやってきた)「世間」からズレ始めるとともに、学校での活躍や転校の理由(両親の離婚)が広まったことで、高知での「居場所」を喪失する(獲得に失敗する)シーンであるからです。
 無論、里伽子が最初から「世間」に背を向けていたわけでありません。むしろ、里伽子なりに新しい「世間」(この場合、学校や同級生たち)に馴染もうと努力した形跡があります。
 のちにハワイで拓にお金を借りるときのやり取りの中で、「本音」を打ち明けた際の里伽子のセリフです。

「言葉ってやっぱり、大切ね。耳になじむまで、相手がなにいってるのかわからなくて。何度も聞き返したりして、すっかり嫌われちゃったみたいだしさ」
「嫌われたって、だれにだよ」
「クラスのひととか。とくに男子が。ぜんぜん口もきいてくれないわ。クラス委員の松野くんは別だけど。あのひと、親切ね」
「海きこ」第三章 91ページから92ページより引用

 里伽子が(高知が地元の母や弟と違い)新しい環境(高知)で「居場所」を獲得できなかった理由ー言葉の問題に加えて、里伽子の「凄さ」「強み」といった「個性」がクラスメイトに対して「過剰」に目立ちすぎてしまったためだと筆者は考えます。

 それは、「アニメ版」、実力テストの結果を見る、山尾や女子たちのセリフに如実にあらわれています。

女子生徒「あの子目立つね―」
(略)
山尾「スポ-ツも勉強もできるス-パ-ウ-マンか…」
(略)
女子生徒「なんにあの態度」
女子生徒「えばっちゅうねー」

 「凄さ」「謎」を見せれば、「キャラクターが起ち」、印象に残ることで確かに人をひきつけることができます。しかし、同時に「弱み」「人間味」を見せて相手に「共感」してもらうことができなければ、「関係(関心)を継続」していくことが困難になるのです。
 里伽子の弟の貢は、東京にいた頃は「喘息」(ぜんそく)気味だったと、のちに里伽子の母は述懐しています。(「海きこ」第四章 178ページ)
 里伽子の弟が高知での同級生たちに持病のことを打ち明けたのかわかりませんが、筆者は、「弱み」を持っていたからこそ、里伽子の弟は周囲から「共感」(同情)を得て、高知に馴染んでいけたと思えるのです。

 しかし、里伽子の場合、周囲の「共感」を得ることに失敗してしまいました。里伽子の「凄さ」という個性は、「強み」から「弱み」に変わってしまったのです。
 「共感」を得ることができなかった結果、里伽子の周囲の同級生たちは、里伽子に対して「羨望」か「反感」の感情を抱くようになります。
 里伽子の周囲にできた見えない「壁」ー松野のいうように里伽子が「浮いた」存在になった背景には、周囲の同級生たちにとって、里伽子があまりに「スーパーウーマン」だったことにあったのです。

 ただ、里伽子本人は気づいていませんが、拓や松野、そして「アニメ版」に限っていえば、同級生女子の清水が里伽子の孤独に気づいていました。
 もし、2年生のときに清水が小浜のような里伽子の身近な友人になれていたら、『海がきこえる』のストーリーはまた違ったものになっていたかもしれません。

 さらに、困難が里伽子を襲います。転校生である里伽子が東京から高知にやってきた理由(両親の離婚)が、里伽子の「凄さ」とともに高知という「田舎のネットワーク」を介して、周囲の同級生たちとその家庭に広まってしまったことです。それは、周囲からの里伽子(一家)に対する過剰な「同情」をもたらします。

 「小説版」において、のちに里伽子の東京行きにつきそうことになった拓に、里伽子は、こう打ち明けています。

「やっぱり、高知はぴったりこんか。田舎だし」
「そうじゃないけど……」
と里伽子は言葉をさがすように眉をひそめた。
「あたしが転校した理由とか、みんな知ってるみたいよね。それで同情されてる感じがして、そういうのもイヤだし」
「海きこ」第四章 132ページより引用

 この時の里伽子は、続くセリフで自分の家庭の問題にも無関心でいてくれた「東京」「東京の元クラスメイト」たちとの生活を懐かしんでいるのですが(「海きこ」第四章 132ページ)、誰にも理解してもらえない里伽子の「苦悩」は、新学期開始から間もなく始まったといえるでしょう。(居場所の喪失)

 「アニメ版」、実力テストについての拓と山尾の会話のあと、教室に戻った里伽子は、頬杖をついて物思いにふけります。里伽子の心の声を想像してみましょう。

 あたしは、東京で生活していたときのように”普通”にしているだけなのに、なんでクラスで浮いてしまうんだろう?
 こっち(高知)の言葉を理解しようと努力までしているのに、クラスのみんなが私を嫌いになっていく。
 おまけにあたしたちがこっちに転校してきた理由(わけ)をみんながどこかで知っていて「同情」の目であたしを見てくる。東京のクラスのみんなは、あたしの家のゴタゴタを無視してくれていたな。
 高知なんて、もうイヤ。東京に戻りたい。パパと一緒に暮らしたい。元の"あたし"に戻りたい。でも、どうすれば"東京"に戻れるんだろう?

 高知での「居場所」を見つけられなかった里伽子はひとり世間からズレはじめてしまいました。

 里伽子の「苦悩」は、里伽子の「個性」を変質させていきます。そして、「東京へ帰る」(元の居場所への帰還)ための「行動」へと里伽子を駆り立てることになるのです。

 今回、「拓との最初の出会い」のシーンと、「テニスと実力テスト」のシーンにおける里伽子について考察してきました。

 次回、変質した里伽子の「個性」と、「東京へ帰る」ためにハワイへの修学旅行で(拓を騙して)拓からお金を借りることを思いつくシーンについて考察していきたいと思います。


今回のまとめ

「拓との出会いと夏休み明けの学校生活シーンについて」

 ヒロインである里伽子を語る上で外せないキーワード(里伽子の行動原理)は、「居場所の喪失と獲得」・「世間とのズレ」。里伽子の高校時代は、里伽子の「居場所の喪失と獲得」を描いた物語でもある。
 里伽子は、拓と出会った時点でまだ「高知への憎しみ」を抱いていない。
 里伽子が「高知への憎しみ」を抱くようになったのは、新学期が始まってから。里伽子は世間(クラス)に馴染もうと努力するも、里伽子の「凄さ」が目立ってしまったことで浮いてしまい、世間からズレはじめる。
 同時に転校の理由が田舎のネットワークを介して知られたことで、里伽子は周囲から望まぬ「同情」がもたらされてしまう。
 高知での「居場所」を見つけられなかった里伽子の苦悩は、「個性」を変質させて東京へ帰るための「行動」へと里伽子を駆り立てていく。


※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 


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