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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その42 「小説版」の構成要素から『海がきこえるⅢ』を考える
タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ
前回、『海がきこえる』における「今」という言葉から拓と里伽子の未来を考察してきました。
今回、「小説版」の構成要素から、「海がきこえるⅢ」(以下、「海きこ3」と略す。『海がきこえる COLLECTION』では「パート3」と言われている)がどんな話になるはずだったのかを考えてみたいと思います。
なお、読者の方それぞれに「海きこ3」がどんな物語になったのかという想像・展望があると思います。ご自身の「海きこ3」像を壊されるのがイヤだと思われる方は、今回の考察を読まないことを強くおすすめします。
おことわりー今回の考察をはじめるまえにー
○この考察で書いた「海きこ3」についての内容は、筆者が「小説版」の構成要素に基づき、推定・想像したものです。その正確性について保証するものでありません。
○今後、作者である「氷室 冴子」先生及び作品に関する調査・研究が進み、続編に関する「構想ノート」などの存在が明らかになることが考えられます。何よりも優先されるべきは、作者である「氷室 冴子」先生が「どのように考えていたか」であり、本文中の考察はそれに劣るものであることをご理解ください。
○この考察によって、読者の「海きこ3」がどんな作品であったのかを想像する楽しみを大きく損(そこ)なう恐れがあります。この考察は読者の方それぞれの思い描く「続編」の姿を肯定するものでも否定するものでもありません。万が一、読者の楽しみを損なってしまった場合、筆者は、責任を一切負わないものとします。
○繰り返しますが、ご自身の「海きこ3」像を壊されるのがイヤだと思われる方は、今回の考察を読まないことを強くおすすめします。
永遠に失われた『海がきこえるⅢ』を考えるー「小説版」の構成要素から見えてくるものー
1.物語の骨格について
以前考察したように、『海がきこえる』は拓と里伽子の関係性の中から紡ぎ出されていく物語です。また、『海がきこえる』のメインストーリーには、両親の離婚から始まった「里伽子の家庭の問題」と「拓の成長物語」という2つのストーリーラインがあります。したがって、「海きこ3」もこの2つを軸に物語が進んでいくことが推定できます。
2.物語の時期・場所について
これまでの「小説版」1冊ごとの時期区分を踏まえると、「海きこ3」は、1月(もしくは4月)に「東京」から始まった物語が、7月(もしくは8月)の「高知」帰省で終わることが考えられます。
新年度になり、大学にも新入生が入ってきます。拓や里伽子の後輩たちー新たな登場人物が2人の物語に関係してくることもありえます。
3.「海きこ3」の冒頭における出来事について
まず、「海きこ2」のラストが12月下旬のクリスマスであったことから、年明けの1月から「海きこ3」が開始することが考えられます。一方で、1月は大学生にとって後期試験が終われば4月上旬までの長い「春休み」が存在します。(学年や大学の学部の種類にもよると思いますが)
この長い「春休み」をどう描いていくか(もしくは省略するか)が、「海きこ3」の方向性を決める「書き出し」において、非常に重要になっていくと思えるのです。
○長期アルバイトに精を出す
○里伽子とのデートを重ねる
○興味を持ち始めたシナリオや演出・構成の勉強を始める
長い「春休み」の中で拓ができることはたくさんあると思います。その中で筆者は、「拓がクルマの免許取得に挑戦する」のではないかと考えます。
なぜクルマの免許取得かと言えば、「アニメージュ版 連載第23回」において、ある出来事がきっかけで拓はクルマの免許取得をかたく決心したからです。
(「アニメージュ版」の内容を加筆・訂正した「ハードカバー版」や「文庫版」には、拓が免許取得を決意するような述懐が存在しません)
以前考察したように、高校時代の拓は「高知」にいい思い出のない里伽子をいろいろなところに連れていってあげようと考えていました。
(「海きこ」第四章 145ページ~146ページ)
「海きこ2」の冒頭において、松野の運転で里伽子とともに四万十旅行したこともあり、拓が「次の夏の帰省の際は、自分の運転で里伽子をいろいろなところに連れていって思い出をつくってあげたい」と考えるようになってもなんら不思議でないからです。(と言いつつ、「免許取得」を物語上重要な出来事に取り上げない場合、「自動車教習所に通って免許を取った」という1文で省略してしまう可能性もありますが)
また、「海きこ2」のラストにおいて、それまでストーリーラインの1つであった「知沙の失恋からのリハビリ」が1つの区切りを迎えたこともあり、物語冒頭で新たな「ストーリーライン」と拓(と里伽子)にとって新たな「トラブル」の発端が登場することも想像できます。
新しい登場人物が物語に波乱を巻き起こしていくのか、あるいは、筆者が考察したように、知沙や緒方のような既存の登場人物たちが拓と里伽子の関係に割り込んでくるんでしょうか。
1つだけいえることは、「ハッピーエンド」のままではドラマにならないし、ドラマとして全然面白くないということです。
(拓と里伽子にとっては迷惑この上ない話だと思いますが)
4.「海きこ2」の伏線の回収
「海きこ2」終了時点における未回収の伏線は2つあります。
1つは、以前考察した松野の「おまえ、例の、年上の女な、きっとタタるぞ。これはカンだ」という発言です。(「海きこ2」第一章19ページ)
筆者はこれを「美香さんとのお食事会」で知沙と再会したことで起った里伽子の心境の変化が、のちに拓と里伽子が対立する「きっかけ」となり、まわりまわって拓に「タタる」ことになると解釈しました。
伏線の回収として「海きこ3」において、知沙の存在が拓にタタる出来事が発生する可能性が考えられます。
そして、もう1つが「拓がタッチの差で逃してしまった誰かからの電話」です。
親の事故の報せでもない限り、里伽子からだろうという気がした。
ついさっき観ていた芝居のなごりのせいか、たった今の電話のむこうに、すごいドラマがあったような気がしてきた。それをタッチの差で逃してしまって、このすれ違いが、決定的な意味をもっているような気がしてきた。
「海きこ2」第四章 180ページより引用
拓は、電話をかけてきたのが里伽子だろうと想像します。ただ、実際は誰が拓に電話をかけてきたのでしょうか。里伽子と拓の家族をのぞけば、他に松野や山尾、そして「高知」の高校時代の同級生たちからの電話が考えられます。
筆者は、「海きこ2」第六章における拓と里伽子の会話から、タッチの差で逃してしまった電話が里伽子からの電話だと考えているのですが(「海きこ2」第六章 257ページ)、もしそうでなかった場合、「海きこ3」で明らかにされる可能性があります。
5.登場人物たちの動向
「海きこ3」における「海きこ」・「海きこ2」の登場人物たちの動向について考えてみたいと思います。
○拓
「海きこ2」で、拓はようやく自分の興味を持てること(シナリオや演出)に出会いました。「海きこ3」は、前作以上に「拓の成長物語」としての側面が色濃く現れてくることが考えられます。
加えて『海がきこえる』のもう一つの物語である「里伽子の家庭の問題」や知沙・緒方など女性陣との関係(物語における不安定要因)を通して、拓と里伽子の関係性が「海きこ2」ラストの幸せなまま推移することはないと思います。2人にどのような未来が待ち受けているのでしょうか。
○松野
「海きこ2」冒頭の「高知」帰省において、拓は「京都」の大学に進学した松野の口から「嘘のように女の子にモテている」(作中「松野の京都ハーレム状態」と呼ばれている)ことを打ち明けられます。(「海きこ2」第一章 17ページ~18ページ)
「海きこ3」において、「高知」への帰省シーンが描かれたならば、松野の京都恋物語の行方が明らかにされていたことが推定できます。
(反対に「アニメージュ版 連載第23回」では、松野の口から「坂本龍馬はどうして京都でモテたのだろう」と京都の女の子に苦戦する様子が語られています)
○小浜・山尾・清水などの拓の高校の同級生たち
松野同様に「海きこ3」において、拓の「高知」帰省シーンが描かれたならば、高校の同級生たちのその後が明かされていたかもしれません。「海きこ」ファンなら、小浜と山尾の「遠距離恋愛」があれからどうなったのか興味深いところです。
本考察と関わりありませんが、拓が山尾のマンションに遊びにいくという「約束」(「海きこ」第四章 111ページ)が果たされる日は来るのでしょうか。
○水沼や染谷・須貝などの拓の大学の同級生たち
「海きこ3」において、以前にも増してフォーカスされていくだろう「大学生である拓の成長物語」に大きく関わっていくことが想像できます。特に拓がシナリオや演出に興味をもつ「きっかけ」をつくった水沼は、大学での拓の良き理解者・友人として更なる活躍が期待されます。
「海きこ3」とは直接の関係がないのですが、のちのちの大学4年となった拓の卒業制作において、
●原作・企画:須貝
●脚本・演出:拓
●撮影:水沼
という形で映像作品が制作されるという展開があったかもしれないことを考えると、「海きこ3」が世に出なかったことが残念でなりません。
○田坂・知沙
以前考察したように、作者である「氷室 冴子」先生は「海きこ3」において、「田坂と知沙の関係で田坂の方から離れていく」ことを「予言」しています。
また、4年生となった2人が卒業論文・製作のための準備や就職活動のために、これまでより拓と接点(物語に登場する頻度)が少なくなることも考えられます。
ただ、知沙に関しては、「氷室 冴子」先生のお気に入りの登場人物(『氷室冴子読本』・『海がきこえる COLLECTION』より)ということもあって、何らかの形で引き続き拓と里伽子に関わっていくことが推定できます。(松野の「タタる発言」の回収ももちろん関係してきますが)
○岡田・リョーコ
2人が「海きこ3」に必ず登場するかと言えば、限りなく「NO」だと思います。ただ、物語にアクセントをつけるために、あるいは拓の(潜在的な)ライバル・対立関係になりそうな登場人物として岡田を再登場させることが充分に考えられます。リョーコの場合、染谷涼子と同一人物なのか筆者として気になるところですが。
○緒方
以前考察したように、里伽子にとって「潜在的な対立関係」が想定される拓と里伽子の共通の友人でもある緒方は、「海きこ3」において拓との関係で里伽子と「三角関係」におちいる展開が想像できます。知沙も加えれば「四角関係」になるのでしょうか。
里伽子がいうところの「八方美人」(「海きこ2」第三章 132ページ)な拓の性格が里伽子との関係に修復しがたい亀裂を残さないことを願うばかりです。
○伊東(里伽子の父親)・美香さん・安西オバァ
両親の離婚から始まった「里伽子の家庭の問題」は、「海きこ3」においても何らかの形で拓と里伽子に関係していくと筆者は考えます。
「海きこ2」ラストで里伽子と美香さんの対立は「小康状態」に落ち着いたものの、展開次第(例えば、伊東と美香さんが本式に入籍するような)で里伽子に対して大きな影響を与えることが考えられます。
「海きこ3」においても、拓は宿敵である安西オバァに「高知弁」で啖呵(たんか)を切るシーンが出てくるのでしょうか。
○里伽子
前回までの考察を踏まえて考えると、「海きこ2」ラストの時点で里伽子に変化をもたらし、拓と里伽子の関係を不安定化させる要因は3つある思われます。
●「里伽子の家庭の問題」(父親や美香さんとの関係)
●「松野の予言」(知沙によって、里伽子の心境に大きな変化が訪れた)
●「里伽子・緒方・拓による新たな三角関係」
2つ目と3つ目については、本記事においてすでに言及しているため、1つ目の「里伽子の家庭の問題」を取り上げてみましょう。
両親の離婚によって一度父親と離れてしまった里伽子は、「自分の大切な人を誰かに奪われる」ことに対してかなり神経質な側面があります。里伽子にとってそれは言うまでもなく、拓であったり、父親の伊東であったりするのですが、とりわけ拓に関していえば、知沙のような美人が拓と関わりを持つこと対して、里伽子は「東京」で再会した当初からヤキモチを妬いているフシがあるのです。
(「海きこ」第五章 209ページ、236ページ、247ページ~248ページ、「海きこ2」第二章 72ページ~74ページ、第三章 131ページ~132ページ)
里伽子は、父親や美香さんとの関係、あるいは拓と知沙や緒方などの女性陣との関係の中で神経質になり、そのヒステリーを拓にぶつけることで2人の恋人関係に亀裂が生じる可能性も推定できます。
高校時代以来、里伽子にとって拓は「居場所」(避難所)ともいえる唯一の存在でした。「海きこ3」でさらなる成長を果たした拓が、どのように里伽子を受け止めていくのか、非常に興味深いところです。
6.「海きこ3」のラストはどうなるのか
これまでの「小説版」の例に倣(なら)えば、「海」に関わる何かが拓の言葉で述懐されて物語が終わることが考えられます。それは、拓の故郷である「高知」の海なのか、「海」から連想される何かなのか、筆者にもわかりません。
1つだけ言えることがあれば、『海がきこえる』は「小説版」・「アニメ版」問わず、いつかまた読み返したい(視聴しなおしたい)と思えるような作品であるということです。読者の読後感を損なうような暗い終わり方は決してないと筆者は考えます。
「海きこ3」の物語の中で、たとえ拓と里伽子が再びケンカしようとも、ラストでは元に戻るー作者である「氷室 冴子」先生が口にしていた「ゼロに戻る」展開が私たち読者を待ち受けているのではないでしょうか。
(『氷室 冴子読本』より)
今回、「小説版」の構成要素から「海きこ3」がどのような物語になるはずだったのか見てきました。
次回、これまでの考察で書いてこなかったいくつかの事項について、「補論」という形で考察していきたいと思います。
今回の記事の内容は、筆者の想像によって書かれた内容がほとんどです。そのため、「今回のまとめ」は省略します。
※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。