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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その11 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート6
タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ
前回、ハワイでの修学旅行における「拓と里伽子のファーストコンタクト」シーンについて考察しました。
里伽子へのほのかな好意が芽生え始めた拓でありましたが…
今回、里伽子への想いをその手で消してしまいかねない事態が発生する「ハワイでの修学旅行」シーンの後編を考察していきたいと思います。
揺れ動く里伽子への想いー秘密の共有と解除、反感から「ヤキモキ」に発展するまでー
まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。
〇里伽子に6万円を貸す。里伽子にお金を貸したこと秘密にしてほしいと言われる。(秘密の共有)
〇松野がやってくる。誤解の芽を摘むために、里伽子にお金を貸してことを松野に打ち明けて里伽子との関係を取り繕う。(秘密の共有の解除)
〇松野に「お金を貸したこと」を打ち明けたことで里伽子に非難される。里伽子の自分勝手さに腹を立てる拓。(内面への反感)
〇腹いせに里伽子の水着写真をコッソリ買う。(外面への反感・関心の喪失?)
※シーン説明のあとの( )は、拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。
「このこと 誰にも言わないでくれる?」ー里伽子との秘密の共有と「違和感」がもたらす意味ー
エレベーターでストッキングの腹巻(笑)から6万円を取り出した拓。コミカルなシーンですが、「アニメ版」では、拓を待つ里伽子の深刻そうな横顔が描写されていて、拓と里伽子の対照的な感情が強調されています。
ここは、拓に「お金貸して」と声をかけた時からはじまる里伽子の「何か隠しているな」という視聴者への「謎」を補強する「アニメ版」独自の演出です。
里伽子「ごくろうさまでした 杜崎さま」
拓に"嘘"をついているという自分の感情を隠すため、エレベーターから出てきた拓におどけて見せる里伽子。人目に付く場所で大金をやり取りすることにドギマギする拓に対し、里伽子は拓からお金を受け取るとお礼も言わずに立ち上がります。
里伽子は、「(「お金を落としたこと」と「同級生の拓に大金を借りたこと」が知られたら)ママに叱られる」という口実で拓に口止めを依頼して立ち去っていきます。(秘密の共有)
急に素っ気ない態度を拓に取る里伽子の姿に、視聴者へのさらなる「謎」がもたらされるのですが、拓は、「母親を"ママ"と呼ぶ」・「母親に叱られたくない」という里伽子の「子供っぽさ」に呆れるばかりです。
里伽子への「違和感」・「謎」を小出しにして視聴者だけに気づかせておき、拓だけが迫りくる「危機(次の東京行きシーン)」を知らない。
『海がきこえる』は、アクション作品やサスペンス作品でありませんが、このような演出を随所(ずいしょ)に(さりげなく)盛り込むことで、「続きはどうなる?」という視聴者の(無意識)の願望をうまく刺激しており、そこ面白さの一端があると筆者は考えます。
「おまえら 仲良さそうやんか デ-トしたんやてな?」ー「好意」と「友情」のはざまでー
里伽子が立ち去ったところに松野が現れたことで拓は慌てふためきます。
(「海きこ」第三章 100ページ、狼狽する拓を”まるで浮気の現場を夫に見られた間男みたいに”と描写していますが、拓の置かれた状況を端的に伝えている表現だと思います。)
拓は、里伽子に話しかけられたことを取り繕うために、里伽子が口にしていた「冬休みの里伽子と松野のデート」の話を持ち出します。
松野「デ-トじゃないよ」
「アニメ版」において、松野が事情を聞いた拓は一瞬驚いたのち、ホッとした表情に変わります。「小説版」には存在しない描写です。なぜ、拓は安心した素振りをみせたのでしょうか。ここには、2つの理由があると思います。
1つは、「里伽子とのやり取りを取り繕うことができたことへの安心」。そしてもう1つが「里伽子と松野はデートしていない=2人は恋人同士ではまだないことへの安心」(こちらはほとんど無意識下の理由だと思いますが)です。
拓の「行動原理」は、「松野との「友情」を何よりも大切にすること」です。それは、拓にとって、里伽子への「好意」よりも優先することでした。里伽子から「松野とデートした」と聞いていた拓は、松野と「恋人関係」になった里伽子に自分が好意を寄せることで、松野との友情が壊れてしまうことを何よりも恐れました。
しかし、その松野から「デートでない、冬休みばったり出会っただけ」と聞いた拓は、「里伽子と松野が恋人同士でない」ことを知ります。
拓にとって、里伽子は「現時点」において、ほのかな「好意」を抱く対象にすぎません。ですが、拓は松野の話を聞いたことで、「現時点」において、里伽子への「好意」と松野との「友情」とを秤(はかり)にかけることなく「共存」させることができるとわかり、(ほとんど無意識のうちに)「安心」したのです。
ただ、松野との「友情」は、里伽子への「好意」に自らの手で蓋(フタ)を被せることにほかなりませんでした。結局、拓が松野との「友情」という「くびき」から抜け出したのは、のちに松野に殴られて仲違いする「友情の終局」を迎えてからでした。
ともあれ、拓は、現時点において「誤解の芽」をつむためにも、松野に「お金を落とした里伽子から借金を申し込まれたこと」を打ち明けてします。(秘密の共有の解除)
拓にとって「やむにやまれぬ」行為でありますが、里伽子の「秘密」を松野と共有したがために、今度は、里伽子への「好意」にフタをするばかりか、その灯火(ともしび)を消し去ってしまうような事態に発展してしまいます。
「杜崎くんて 男のくせにけっこうおしゃべりなのね」ー反発の末に消えかけた「灯火」を灯し続けたものとはー
拓から里伽子の窮地を聞いた松野は、当然のように里伽子にお金を貸すことを申し出ました。(「アニメ版」は具体的な描写が省かれていますが、「小説版」では、松野が里伽子にお金を貸したことに対して言及しており、拓は、「恋する男はけなげだ」と松野を評しています。)
その日の夕方、ディナーショーの最中、里伽子は「拓が秘密を松野にバラしてしまったこと」に腹を立て、拓を「男のくせにおしゃべり」だと非難し、立ち去っていきます。(秘密の共有の解除)
拓「なんぜよあいつ どういう育ち方しちょるんじゃ!」
大金を貸してあげているのに、拓にお礼すら言わないばかりか、平気で言いたい放題罵ったあげく立ち去っていくー拓は、里伽子の自分勝手さに腹を立ててしまいます。(内面への反感)
拓は腹いせに里伽子の水着写真をコッソリ買い、里伽子への反感を忘れようとしました。(外面への反感・関心の喪失?)
(ここでようやく(未見の)視聴者が抱いていた、「アニメ版」冒頭の「拓が水着の女の子(里伽子)の写真を手に取る」シーンの「謎」が解消されます)
筆者が前回の考察の最後、「拓が自分の想いに気づく余裕もないままに、その手で里伽子への想いを消してしまいかねない事態が発生してしまう」と書きましたが、それはこのことを指しているのです。
本当に、里伽子に対する拓の「好意」の灯火(ともしび)は消えてしまったのでしょうか?
筆者は、「里伽子が貸したお金を一向に返してこなかった」ことで、里伽子への「関心」が拓の中で途絶えることなく、埋火(うずみび)のように継続していったと考えます。
それは、対象(里伽子)の(やろうとする)ことが気になって気になって仕方ないー拓にとって里伽子が「ヤキモキ」する存在に変化していったことを意味しています。(ここでもまだ本人はそのことに気づいていませんが)
金銭の貸借は、「里伽子への好意」のみならず、「継続的な関心」をも拓にもたらすことになったのです。
今回、ハワイでの修学旅行シーンの後編を考察しました。
いよいよ、拓は高校最後の年を迎えます。
次回、「アニメ版」の大きな山場である東京行きシーンを考察したいところですが、その前にある人物の悲恋の理由を考察してみたいと思います。
ー今回のまとめー
ハワイでの修学旅行シーン後半について
里伽子はお金を借りたことを秘密にしてほしいと拓に伝えるが、そこには、視聴者に対する次のシーン(東京行き)につながる里伽子の「不自然さ」(謎)が隠されていた。
拓は、里伽子への「好意」と松野との「友情」を秤にかけたすえに、松野に里伽子の秘密を打ち明けてしまう。拓にとって、里伽子への「好意」に自らフタをする行為であり、里伽子からの「秘密を洩らした」ことに対する非難をもたらす結果になってしまった。
水着の写真を買うことで里伽子への「反感」を忘れようとした拓だったが、里伽子への「関心を継続」させ、「ヤキモキ」する感情に発展させたのは、「里伽子に拓が貸したお金」だった。
※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。