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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その13 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート7

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前々回、「ハワイでの修学旅行」シーン後編について考察しました。
(前回は、番外編として「松野の恋愛と失恋」について考察しました。)

 今回、新学期を迎えて、里伽子と同じクラスになった拓が、里伽子の「東京行き」に付き添うシーンまでを考察したいと思います。
 まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。

〇3年生となり、里伽子と同じクラスになる(関心の継続)
〇小浜 祐実(「アニメ版」では裕美。以下、小浜と略す)と仲良くなった里伽子のことをよかったなと感心する。(外面への好意)
〇貸したお金を一向に返そうとしない里伽子への恨み(内面への反感)
〇里伽子にお金を貸している自分が無視されることに対する小浜への嫉妬(嫉妬)

〇ゴールデンウィーク初日、小浜から助けて欲しいと電話をもらう。
〇貸したお金で東京に行こうとしていた里伽子への反感(内面への反感)
〇小浜から、東京にいる父親に会いにいくという里伽子の東京行きの真の理由を聞く。
〇父親に会いたい一心で、母親に知られないように準備してきたことを打ち明けた里伽子の姿にいたたまれなくなる。(内面への同情)
〇体調が悪いにも関わらず、ひとりで東京に行こうとする里伽子への同情(外面への同情)
〇里伽子が断ると思っていたら、申し出を受け入れたことへの驚きと、照れくささ(外面への好意)
※シーン説明のあとの( )は、拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。


「里伽子にも友だちができた」ー里伽子への「愛憎」から垣間見える、拓の小浜への嫉妬ー


拓「まあ それはいいのだけれど ゴ-ルデンウィ-クになっても里伽子は あのお金を返さなかった」

 3年生となった里伽子に小浜という友人が出来たことが、「アニメ版」において、拓のナレーションで淡々と語られます。「小説版」においても2ページ足らずの短いシーンなのですが、

「拓と里伽子は同じクラスになったこと(関心の継続)
「里伽子に友人ができたことを喜ばしく思っていること(外面への好意)」「里伽子が一向にお金を返そうとしないこと(内面への反感)

というように、里伽子に対する相反する感情(「里伽子への愛憎」)がつめこまれています。

 「過去の考察」で見てきた通り、拓は「感情の応酬」を経て、里伽子と「本音で話しあえる間柄」になりました。拓は、里伽子にほのかな「好意」を抱くようになったのですが、松野に秘密を洩らしたことで里伽子の非難を浴びてしまいます。
 里伽子への「反感」を拓は忘れようとしますが、里伽子本人が一向にお金を返そうとしないことで、里伽子への「反感」だけが増幅されていきます。

 「ほのかな好意」から「愛憎入り混じる存在」へー拓の里伽子への想いは、はやくも大きな岐路に立ち当たります。

 「なぜ、里伽子は、(里伽子にお金を貸している)自分を無視して、(たまたま席が隣になり同じ女の子同士というだけの)小浜とあれだけ仲良くしているんだろう?」

 拓の「いらだち」が向けられたのは、里伽子でなく友人となった小浜に対してでした。(嫉妬)

 そんな中、ゴールデンウィーク(GW)初日に家で勉強していた拓は、その小浜から思いがけない電話をもらうことになるのです。


「あのカネか!」ーお金が取り持つ2人の縁ー


 小浜からの電話に驚く拓。
 それは、里伽子と大阪のコンサートに行く予定だったにも関わらず、里伽子は東京行きのチケットを購入していて、困っているから助けて欲しいというものでした。
「アニメ版」、小浜は高知空港から拓の家に電話していますが、「小説版」では、(空港行きのバスの停留所がある)西武前から拓の家に電話しており、微妙な差異があります。)

 小浜への(無意識の)「嫉妬」と、(あいかわらずの)里伽子の身勝手さに、ひとり呆れる拓。厄介ごとを持ち込んできた小浜の話をウンザリした思いで聞いていた拓でしたが、小浜から「自分に電話をかけて助けを求めてきた理由」を聞くに及び、すべてを悟ります。
(ここで「過去の考察」、拓からお金を借りようとする際に見せた里伽子の「不自然さ」に対する、視聴者への「謎」が解消されます。)

拓「ハワイでカネを落したき貸してくれ言うちょったんは みんな嘘じゃ 今日のための準備じゃったんか! まっこと人をバカにしおって ええ加減にせいちゅうんじゃ!」

 拓は、里伽子への怒りのあまり、小浜へのわだかまりも忘れて家を飛び出しタクシーに乗って空港に向かいます。(内面への反感)
「小説版」では、自分ばかりか(里伽子に惚れている)松野の気持ちをも利用し、松野からお金を借りた里伽子への怒りについても言及してます。)

 空港ロビーに現れた拓に、小浜が駆け寄ってきます。やり場のない里伽子への怒りを小浜にぶつけようとする拓でしたが、小浜の口から飛び出してきたのは、「東京の父親に会いたい」という里伽子の東京行きの本当の理由でした。

 拓を(小浜と里伽子の待つ)空港に向かわせたのは、一体何だったのでしょうか?
 それは、ここまで見てきたように「(里伽子と仲の良い)小浜への(無意識)の嫉妬」「嘘をついて自分や松野を騙した里伽子の身勝手さへの怒り」が動機だったと思います。
 ですが、筆者は、ハワイ以来、里伽子への「関心を継続」させてきた「(拓から里伽子に貸した)お金」の存在こそが、拓を空港に向かわせたもっとも大きな動機なのではないかと考えます。

 無論、お金の貸借(たいしゃく)にともなう、「関心の継続」は、拓のみならず、里伽子にも当てはまることでした。


「おまえ 一人で行くんが不安じゃったらぼくも一緖にいっちゃろか?」ー拓を突き動かした母の一言ー


 拓が小浜から里伽子の事情を聞いている最中、体調を崩してトイレに行っていた里伽子が拓たちの元に戻ってきます。

里伽子「なによ どうしてこんな所にいるの?」

 里伽子は、拓の姿を一目見るや、怒った顔で拓を睨みつけますが、"なぜか"怒りの矛先は、拓を電話で呼びつけた小浜に向けられます。
(その理由について、今後の里伽子に関する考察で触れたいと思いますが、一言だけ触れるとするなら、小浜が「東京行き」という「秘密」を拓と共有してしまったことに対する里伽子の「怒り」と、友人として信頼を寄せつつあった小浜の裏切りによる「居場所」の喪失に対する「哀しみ」が根底にあると考えます。)

小浜「ねえ里伽子 こんなウソついて行くのやめよう ちゃんとお母さんに言うてから」
里伽子「ママは絶対に行かせてくれないわよ だから ずっと前から準備してたのに」(泣き出しそうな顔で右目を右手でこする里伽子)

 拓は、今にも泣き出しそうな里伽子を見て、いたたまれない気持ちなります。「海きこ」第四章 123ページ。(内面への同情)
(ハワイで拓からお金を借りた里伽子が「ママに叱られるから誰にも話さないで」と言った「疑問」に対する、視聴者への「謎」が解消されます)

 里伽子のことで思い悩む小浜に、自分から大阪行き(本当は東京行きなのですが)を取り止めるための「解決策」を提案します。
 渡りに船とばかり、小浜は拓の提案を受け入れます。
 また、里伽子も「父親に会うために東京へ行く」という目的のために、シブシブ拓の提案を受け入れます。

里伽子「いいわよ それで」

 小浜から顔を背け、投げ捨てるようにつぶやく里伽子に、明らかに提案者である拓でなく、提案を受け入れた小浜に対する「怒り」が感じ取れます。
(その理由は、怒りの矛先を小浜に向けたときのもの同じです。「アニメ版」では、最後まで里伽子と小浜は良好な友人関係を保ったままでいますが、「小説版」では、自分を裏切った小浜を都合よく「利用」する里伽子と、高校卒業後、里伽子に「利用」されていたことに気づき、恨み節を口にする小浜との(潜在的な)わだかまりが書かれています。)

 小浜が電話をするために待合スペースを立ち去ったのち、ふと視線を向けると里伽子が拓を睨みつけていました。
 拓は、里伽子が自分を睨みつけている理由が「体調の悪さ」にあると思いいたり、里伽子を気づかって声をかけます。(外面への同情)

 しかし、里伽子から返ってきた言葉は、「青春少年」である拓を唖然とさせるものでした。
 ケンカを吹っ掛けるような里伽子の言葉に、拓は困惑しつつも、体調が悪いにも関わらず、ひとりでも東京に行こうとする里伽子の姿に、拓は「同情」を覚えます。(外面への同情)

拓「おまえ どうしても行くがか」
里伽子「借りたお金はパパからもらうわよ ちゃんと返すから心配ないでよね」

 拓は、里伽子の「覚悟」を問いただしただけだったのでしょう。しかし、里伽子は、拓の問いかけが「自分への心配」でなく「貸したお金への心配」であると思い込んでいました。
「小説版」では、拓が金返せって顔で睨んできていたことに対する里伽子の恨み節がここで語られています。先に述べたように、里伽子にとっても「お金の貸借」が拓への「関心の継続」に大きな役割を果たしていることがわかると思います。)

 「アニメ版」では、空港ロビーの天井から待合スペースに座る里伽子と拓をフカン視点で見下ろす画面に変わり、「一瞬の間」が生まれます。

拓「おまえ 一人で行くんが不安じゃったらぼくも一緖にいっちゃろか?」
里伽子「ほんと? ほんとうにそうしてくれるの?」

 断ると思っていた里伽子が、笑顔で提案を受け入れたことに唖然とする拓でしたが(外面への好意)、拓の「思いがけない」行動の根底にあるものはなんでしょうか?

 拓の場合、里伽子への「ヤキモキ」であると考えます。空港に着く前の拓の心にあったのは、里伽子への「怒り」でした。しかし、里伽子のやむにやまれぬ「事情」「体調の悪さ」を見るに及び、「怒り」から「同情」へと気持ちが変化していきます。拓の里伽子への「同情」ーその根底にあるのは、拓の母親の一言でした。(それについては、「過去の記事」で考察した通りです。)
 里伽子の境遇に「同情」するがゆえに、里伽子のやろうとすることが気になって仕方ない。里伽子への「ヤキモキ」が拓自身にとっても「思いがけない」言葉につながったと言えるのではないでしょうか。

 今回、拓と里伽子がゴールデンウィーク(GW)に東京に向かうまでを考察しました。(自分でも思いがけず長々となってしまいましたが)

 次回、物語の中間点である「里伽子の父親のマンションに向かう拓と里伽子の2人旅」を考察していきたいと思います。

ー今回のまとめー

  3年生になった拓と里伽子がGWに東京に向かうまで

 拓は、一向にお金を返そうとしない里伽子への恨みを、里伽子本人でなく、友人になった小浜に「嫉妬」という形で(無意識のうちに)向けた。
 小浜から電話をもらった拓が空港に向かった最大の動機は、ハワイで里伽子にお金を貸したことで発生した「関心の継続」であった。
 拓は、小浜から聞いた里伽子の「境遇」と、里伽子本人の「体調の悪さ」「同情」した。ひとりでも東京に行こうとする里伽子の姿を見て「ヤキモキ」した拓は「思いがけず」里伽子に付き添いを申し出る。
 そんな拓の根底には、「拓の母親からの一言」の影響があった。


※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 


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