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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その10 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート5
タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ
前回、拓の高校時代の回想の中で、「夏休み明けの学校生活」シーンについて考察しました。
今回、「ハワイでの修学旅行」シーンにおける金銭を介在にした「拓と里伽子の感情の応酬」について考察していきたいと思います。
因縁のハワイ旅行ー拓と里伽子のファーストコンタクトー
ハワイへの修学旅行4日目、お腹を壊してホテルのロビーにいた拓の元に里伽子が「お金をかしてほしい」とあらわれます。拓と里伽子がはじめて会話する「最初の物語の転換点」となるシーンです。
これまで拓の回想の中で語られてきたー「アルバイトに精を出す拓」・「修学旅行中止事件」・「松野との友情」・「転校生里伽子の登場と松野の恋」・「スーパーウーマン里伽子の憂鬱」・「両親の離婚に巻き込まれた里伽子への同情」―これらの出来事が1つの線となってつながり、ハワイでの修学旅行での出来事を形作っています。
まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。
〇ハワイへの修学旅行、お金を落とした里伽子にお金を貸してほしいと言われる。(関心の復活)
〇お金を落としたことを心配して届け出ることを助言する(外面への同情)
〇里伽子の金銭管理の杜撰さに呆れてお説教をする(内面への反感)
〇里伽子の標準語と自分の土佐弁(地方語)の違いに反発する(感情の応酬)
〇土佐弁で反撃したことで、里伽子が悪かったと拓に謝る。(本音で話しあう間柄へ)
〇里伽子と松野がデートしていたことを里伽子の口から聞くことへの寂しさを感じる拓。(嫉妬)
〇アルバイトで大金をもっていると関心をもっていたことへの呆れと面白いという興味。(内面への反感と好意)
〇お金を受け取った際の里伽子の仕草を可愛いと思う。(外面への好意)
〇拓、里伽子に魅かれていく。(ただし、まだ本人はそのことに気づいていない)
※シーン説明のあとの( )は、そのシーンで拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。
「杜崎くん お金かしてくれない?」―「嘘」から垣間見える里伽子の素顔―
拓が一人になったところを見計らうように、里伽子は拓の前に近づいてきます。
松野の紹介で面識はあったものの、クラスが違う上に親友である松野の恋愛の対象であった里伽子と拓が面と向かって会話するのはこの時がはじめてです。拓の中で里伽子に対する「関心の復活」する大事な場面です。
里伽子が近づいてきた本当の理由は、次の東京行きのシーンで明らかになるのですが、「アニメ版」では、そんな里伽子の「不自然さ」が視聴者にハッキリ伝わるように演出されています。
拓「どうしたがじゃ 金 使いすぎたがか?」
そう言われた里伽子は、言いよどんだあげく、拓の顔を見ようとせずに、視聴者である私たちが見ている「カメラ」に顔を向けて話し始めます。この演出は「小説版」にないものです。
視聴者に「里伽子の不自然さ(拓に対して"やましいところがある・嘘をついていること)」を強調するための里伽子の振る舞いなのですが、「アニメ版」独自のこの振る舞いには、ある「秘密」が隠されています。
それは、「里伽子は、拓に対して"嘘"をついている時、拓の顔を見ようとせずに横を向いたまま拓に話しかける」という「里伽子の(無意識)の癖」です。
この「癖」は、「アニメ版」後半のあるシーンでもう一度登場します。それに気づいた時、そのシーンの見方がガラッと変わっていくはずです。
「うん ぼくも時代劇の俳優じゃない」ー感情の応酬から本音を話し合える間柄へ
里伽子「あのね 持ってきた全財産 落しちゃったみたいなのよ」
拓「な…そりゃ大事(おおごと)じゃんか」
拓は、お金を落としたといいながら、先生に叱られるのがイヤだといって届け出ようとしない里伽子に「お金の大切さ」を説きます。
(「小説版」で拓は自分のアルバイトの苦労を引き合いに出して、お金を稼ぐことの苦労をしみじみ痛感しています)
当初は、お金を落としたことに対する「外面への同情」から里伽子に助言する拓でしたが、里伽子の金銭管理の杜撰さを知るに至り、里伽子への「同情」が「反感」へと変わっていきます。(内面への反感)
拓の反発と優等生的発言に里伽子も反発し、里伽子は拓への失望から顔を背けてしまいます。2人の反発のきっかけは、「お金」でしたが、その本質は、お互いが抱いていた「先入観」と「現実」とのギャップ(差異)にあると思います。
(面識があるとはいえ、ほとんど初対面の)拓と里伽子に突如現れたギャップ(差異)。「感情の応酬」へと発展した2人の対立は決裂する危険性もありました。そのギャップを埋めたのは、もう一つのギャップ、土佐弁(地方語)と東京コトバ(標準語)という「言葉のギャップ」でした。
拓は「売り言葉に買い言葉」と里伽子の東京コトバに「反発」を覚えます。拓が取った反撃は土佐弁での反論でした。拓は、里伽子に対して、「自分の本音」を土佐弁をぶつけたことで、里伽子もまた土佐弁(や土佐弁を話すクラスメイトたち)に対する「自分の本音」を打ち明けます。それは、拓の喋る土佐弁をからかったことに対する里伽子の「謝罪」につながり、ここでようやく拓と里伽子は、お互いのギャップ(差異)解消して、はじめてわかりあうのです。
それは2人が「本音を話し合える間柄」に関係を深化させた瞬間でした。
「じゃあ 6万円の方 貸してくれない?」ー金銭の貸借(たいしゃく)で拓が得たものー
お互いの反発による「感情の応酬」を乗り越えたことで、拓と里伽子は、「面識のある知り合い」から、「本音で話し合える間柄」になりました。拓は、里伽子から「冬休みアルバイトをしていたところを松野と一緒に見かけたこと」や「松野から聞いた修学旅行中止事件の顛末」を打ち明けられます。
(「小説版」では、松野にガールフレンド(里伽子)が出来たことと、ガールフレンド(里伽子)から自分と松野との友情の始まりを聞かされたことで、淋しい思いを感じています。)
ここで拓は、里伽子の話から「お金を貸してほしい」と持ち掛けてきた事情をようやく悟ります。
ようするにぼくが汗みずたらすてバイトしているのを、そのでっかい黒目がちの目で見ていて金がありそうだと踏んだのだ。なかなか筋が通った話だ。いやはや、ひでえ自分勝手なヤツだなと呆れはしたが、ともかく、筋は通っていた。
筋が通りすぎていて、なんだか、里伽子というコが面白くなってくるほどだった。
「海きこ」第三章 93ページ~94ページ
拓との対立関係を解消した里伽子は、これ幸いとばかりにお金の「無心」を催促してきます。拓は、そんな里伽子の「ずうずうしさ」に内心呆れつつも、里伽子にお金を貸すことを受け入れます。(内面への反感と好意)
拓「いくらいるが?」
里伽子「はっ」(パッと顔を輝かせる里伽子)
里伽子「いくら貸せそう?」
里伽子がなぜかドルでなく日本円のお金を要求してきたことに疑問を感じつつも(その理由は、次の東京行きのシーンで明らかになるのですが)、両手を合わせて拝むような仕草で拓を見つめる里伽子の姿に、はじめて拓の心は揺れ動きます。(外面への好意)
(「小説版」では、お金を取りにエレベーター乗り、ロビーに戻ってからあとの出来事になっていますが、本質の部分で同じだと思います。)
「感情の応酬」を経て、「本音を話しあえる間柄」になったことで、里伽子の「ずうずうしさ」(反感)も「かわいさ」(好意)も(知らず知らずに)受け入れるようになった拓。
拓は、金銭の貸借(たいしゃく)を通して、里伽子にお金を貸したことで、里伽子の「ずうずうしさ」や「かわいさ」という「個性(魅力)」に気づき、里伽子への想いを(まだ本人は気づいていませんが)獲得したのです。
筆者は、この時「拓が里伽子を好きになった」と考えます。
(ただし、いまだ本人にその自覚もないようですが…)
拓の心に灯った里伽子へのほのかな想いー拓は、このまま順調(『耳をすませば』のような作品ならそうなるでしょうが…)に里伽子との関係を深めていくのでしょうか?
このあと、拓が自分の想いに気づく余裕もないままに、その手で里伽子への想いを消してしまいかねない事態が発生してしまうのです。
今回、拓と里伽子の金銭のやり取りに絡む「ファーストコンタクト」のシーンを考察してきました。
次回、「ハワイでの修学旅行」シーンの後編を考察していきたいと思います。
ー今回のまとめー
拓と里伽子のファーストコンタクトシーンについて
里伽子が「お金を落としたと打ち明ける」シーンの演出は、「アニメ版」独自のものであり、”嘘”にまつわる里伽子の「癖」が隠されている。
里伽子の杜撰な(のちに嘘だと判明するが)金銭管理をきっかけに、拓と里伽子はお互いに「反発」しあい、「感情の応酬」に発展する。
拓と里伽子はお互い「本音」をぶつけ合ったことで「本音で話しあえる間柄」になっていく。
お金の無心をする里伽子の「ずうずうしさ」と「かわいさ」に触れた拓は、里伽子の個性(魅力)を受け入れてお金を貸すことを決意する。
この時、拓は里伽子を好きになる。(本人はまだ気づいていない)
※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。