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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その15 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート9

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、飛行機で東京に降り立った拓と里伽子が、里伽子の父親のマンションにやってくるまでを考察しました。

 今回、傷ついた里伽子がホテルの拓の部屋に飛び込んでくるシーンについて考察したいと思います。
 まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。

〇ホテルに向かう電車の中で、里伽子を心からかわいそうだと同情する(内面への同情)
〇里伽子がホテルの部屋へ泣きながら突然やってくる。
〇拓にしがみついて泣く里伽子を見て、ドラマよりひどいと思う。(困惑)
〇里伽子から、両親の離婚にまつわるさまざまな出来事を聞き、里伽子や里伽子の母親に同情する。(内面への同情)
〇居場所を無くした里伽子の涙をみないように俯く。
〇眠った里伽子を寝かしつけて、毛布をかけてあげたのち、お風呂で眠る。
〇お風呂で眠らなければならないことを呪いつつ、里伽子の境遇をかわいそうだと思う。(想いの共有)

〇里伽子に遠慮してお風呂で寝たにも関わらず、里伽子から一般化粧室を使わなければならなかったと叱られたことに対する反感。(内面への反感)
〇高校の友達に会うため準備をすると里伽子に言われて部屋を出る。
〇外を散歩しながら東京の大学に進学したいとはじめて思うようになる。
〇部屋に戻り、里伽子が友人と会うということで元気を取り戻したことを喜ぶ(外面への好意)
※シーン説明のあとの( )は、拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。


「武藤…」ー救いようのない里伽子のために拓ができることー


 里伽子の父親から、里伽子に貸していたお金を返してもらった拓は、里伽子の父親が手配したホテル(モデルは新宿のセンチュリーハイアットホテル)に向かいます。
 新宿まで電車(小田急線)で向かう中、拓は「東京で一緒に父親と暮らしたい」という里伽子のささやかな願いが叶いそうにもないことを、マンションで垣間見た里伽子と父親のやり取りから悟ります。(内面への同情)

 「小説版」では、ホテルに着いたのち、里伽子の「家庭の問題」だと割り切ろうとする思いと、里伽子を心から「同情」する想いとの間で葛藤する拓の心が描写されています。(「アニメ版」では省略されています。)
 拓は、高知に帰ったら里伽子(と小浜)を誘って色々なところに連れて行ってやろうと、想いを巡らせるのですが(それを他人は妄想という)、ここで大事な点は、里伽子に何か頼まれたり、里伽子が目の前にいたりするわけでないのに、(かわいそうな)里伽子のために「何かしてあげたい」と拓が思い始めている点です。(「小説版」ではそれがのちに松野と里伽子との「四万十旅行」として実現するのですが、「アニメ版」では、帰省した高知で里伽子と再会することなくラストを迎えています。)

 これまで考察してきたように、「同情」「好意」「愛憎」「ヤキモキ」…と里伽子と関わり合いを重ねる中で、拓の心にいくつかの感情が芽生えていきました。 

 (たとえ、相手から拒絶されようと)純粋な気持ちで相手のために何かをしてあげたい。
 拓に芽ばえ始めた新たな感情ーそれを人は「何」と呼ぶのでしょうか?

 ホテルの部屋に前触れもなく、里伽子がやってきたことで2人の関係は新たな局面を迎えます。


「これはドラマよりまだひどい…」ー振り回されてばかりの現実への恨み節ー

 ホテルの部屋から自宅に「帰れない」ことを電話する最中、拓の元に里伽子がやってきます。驚く拓を尻目に、脇目も振らずハンカチで目頭を押さえながら部屋の中に駆け込んでくる里伽子。

里伽子「ここに泊まるわ 請求書はパパに行くんだから あたしにも権利あるでしょ」

 拓にきちんと状況を説明する間もなく、里伽子は理性の留め金が外れたように、拓にしがみついたまま泣き続けます。

拓「これはドラマよりまだひどい…と ぼくは思った」

 拓の言う「ドラマ」とは何でしょうか?
 いうまでもなく、「ドラマ」とは「劇」や「芝居」を意味する言葉です。
 この『海がきこえる』がドラマであるように、主人公を中心に物語が進み、主人公が何かをすることで、最後は(多くが)ハッピーエンド(もしくは、バットエンド)を迎えるものです。
(演劇用語で、「ドラマ」は「喜劇」や「悲劇」と別物だそうですが、ここでそのことに深く立ち入りません)

 そのことを踏まえ、「拓の立場」で拓の気持ちに分け入ってみましょう。

 当初は、具合の悪そうな里伽子をほおっておけず、「ヤキモキ」する想い(とお金を返してもらいたくて)で里伽子の東京行きに付き添っただけだった。けれど、気がつけば、里伽子の家庭の事情(父親のマンションを訪ねていったら、父親のところには、すでに別の女性(美香さん)がいて修羅場だった)に巻き込まれてしまった。そればかりか、(東京に自分の「居場所」がなくなったことに傷ついた)里伽子本人が部屋に入ってくるなり、泣きついてくる始末。
 これが「ドラマ」の主人公だったら、自分の力ですべてを解決していくのだろうけど、(現実の)自分は、ただただ周囲の出来事(と里伽子)に振り回されてばかりでなす術がない。「ドラマ」の悲劇の主人公だって、自分から周囲を動かしていくというのに…

 「小説版」で、拓は、里伽子が声を押し殺して泣くのを見て、「死にたくなるようだ」と、ただごとでない事態に困惑しています。
(「海きこ」第四章 147ページ)

 「ドラマよりまだひどい」は、目の前の出来事になす術がない(現実を生きる)拓なりの「恨み節」だったのです。


「あたしって かわいそうね…」「ぼくだって ごっつうかわいそうやんか」ー不器用な拓なりの里伽子のかなしみの共有の仕方ー


 拓は里伽子を元気づけるために「飲み物」を用意してあげます。拓の用意した「飲み物」を一気飲みしながら、里伽子は、父親のマンションで体験した出来事の断片を拓に語り始めます。

 このシーン、拓がひたすら里伽子の気持ちを受け止めるためのシーンです。「壁紙の色が濃いグリーン」とか、「お鍋は全部ホーロー」とか里伽子はわめき散らしますが、「アニメ版」において、大きな意味を持ちません。
 「小説版」では、里伽子(と母や弟)から父親を奪ってしまった美香さんに対する(この時点での)里伽子の「憎しみ」が表現されたシーンであり、のちのちの物語で意味を持ってくるのですが。
(実は「海きこ2」第三章 95ページにおいて、里伽子へのプレゼントの包み紙の色が、ここで「大きらい」と言っていた「濃いグリーン」なのです。里伽子本人はこのときの出来事を忘れたのか、気に留める素振りも見せていません。なぜ、拓が里伽子の「大きらい」「濃いグリーンの包み紙」を選んだのか、永遠の謎です。)

 大事なことは、拓が(里伽子に頼まれもしないのに)味方だと思っていた父親に裏切られてしまった里伽子の「味方」となって、里伽子の「感情」を受け止めてあげる「居場所」になってあげたことです。(内面への同情)

 それは、先程考察したように、(たとえ里伽子から拒絶されようと、)救いようのない里伽子のために何かをしてあげたいという、拓の感情からの行動でした。
「小説版」では、あまりの空腹に耐えかねて、食事のために一度部屋を離れる拓ですが、「アニメ版」で省略されています。)

 胸の内にしまい込んでいた想いを拓に打ち明けた里伽子は、ベッドで眠りについてしまいます。
 拓は里伽子のために、(頼まれもしないのに)クローゼットから取り出した毛布を里伽子にかけてあげます。
 それから、拓自身毛布を抱えて「お風呂」で眠ったのでした。

 拓は、なぜわざわざ「お風呂」で眠ったのでしょうか?
「アニメ版」のホテルの部屋の間取りやインテリアを見る限り、ソファーに腰かけて眠ることもできたはずなのに。

〇里伽子を「女性」として意識していなかった?(好意は持っていても)

〇高知の青春少年拓なりの(女性である)里伽子への節度ある態度から?

色々な見方ができると思います。

筆者は、あえて拓が、狭くて窮屈なお風呂の浴槽で眠り、自身を少しでも「かわいそうな境遇」に身に置くことで、かわいそうな里伽子の境遇を心から共有したかったからだと考えます(想いの共有)

あたし、かわいそうね。
ぽつりといった里伽子のセリフが思いうかび、
(ぼくだって、そうとう、かわいそうやんか)
と思ったが……ーーたしかに、里伽子はかわいそうだった。里伽子はかわいそうだと、ぼくは心から思った。そして、そのまま眠ってしまった。
「海きこ」第四章 155ページより引用

 お風呂で眠った翌朝、寝不足の拓は、里伽子の非難の声で目覚めます。

拓の不器用な「想いの共有」が実を結ぶのは、まだ先となります。


「大学は東京にしようとぼくが決めたのは このときだったかもしれない」ー東京行きが拓に与えたもう一つの影響ー


 翌朝、寝不足の拓に、里伽子から「お風呂」で眠ったことへの非難が寄せられます。寝不足もあり(自分の想いも察しない里伽子への反発もあり)ムッとする拓ですが(内面への反感)、里伽子の「東京のクラスメートと会うつもり」という言葉を聞き、(里伽子のことを心配していた)拓はホッとします。

 友人に会うための準備をしたいからと、里伽子に部屋を追い出されて、ホテルの外を散歩する拓。(ようやく)落ち着いてひとりになった拓の心に在る思いが浮かんできます。

拓「大学は東京にしようとぼくが決めたのは このときだったかもしれない 里伽子がなんとか気を持ち直そうとしているのが感じられて ほっとしていたからだろうか」

 「アニメ版」は、拓の大学生活が(ほとんど)描かれていないこともあり、あまり意味を見出しづらいシーンです。
しかし、「小説版」おいてこのシーンは、のちの里伽子との再会や、知沙・美香さんといったキーパーソンとの出会いにもつながる、「拓の東京での大学生活」を決定づけたシーンなのです。

 拓と里伽子の関係が、ハワイでの修学旅行に始まったとするなら、拓の大学生活のプロローグは、このシーンに始まったと言えるのかもしれません。

 ともあれ、拓はホテルの部屋に戻ります。ドアの前でバッタリ里伽子と鉢合わせになりますが、うれしそうな里伽子を見た拓は優しい気持ちで里伽子を見送るのでした(外面への好意)


 今回、里伽子が拓の部屋に飛び込んでくるシーンを考察しました。

 次回、「海きこ」ファンお待ちかね?のジャニーズ岡田(以下、岡田と略す)が登場するシーンを考察していきたいと思います。


今回のまとめ

拓がお風呂で寝るまで 

 里伽子の救いようのない境遇に触れて、拓の中で次第に里伽子のために何かをしてあげたいという想いが芽ばえ始めていた。
 「これはドラマよりまだひどい…」という拓のセリフには、振り回されてばかりでなす術がない拓の「恨み節」が込められている。
 拓が部屋のお風呂で寝た背景に、拓の不器用な「想いの共有」があった。
 拓の里伽子の東京行きへのつきそいは、のちの「東京での大学生活」を決定づける旅となった。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 


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