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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その16 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート10
タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ
前回、「海きこ」最大の山場である、里伽子がホテルの拓の部屋に飛び込んできたシーンを考察しました。
今回、里伽子の元カレである岡田が登場するシーンを考察したいと思います。東京行きシーン、最後の考察です。
お断りーこの考察をご覧になる前にー
『海がきこえる』の「小説版」や「アニメ版」をご覧になった読者の方ならご存じかと思いますが、今回の考察に登場する「岡田」(作中、拓に"ジャニーズ岡田"と呼ばれている)は、現実世界の某アイドルグループの「同名男性」と一切関係ありません。
現実世界の「同名男性」のファンの方が、この考察を読んだことで不愉快な思いを抱くことがあるかもしれません。ですが、『海がきこえる』の「岡田」は、フィクションに登場する架空の人物です。
そして、筆者がこの考察の対象とするのは、架空の人物である「岡田」です。そのことをご理解の上で、考察記事を読んでくださいますようお願いいたします。
まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。
〇友達に会うために部屋を出ていく里伽子の後姿を、優しい眼差しで見送る。(相手の幸せを自分の幸せと思う)
〇部屋で横になっていたところに里伽子から電話がかかってくる。
〇里伽子に振り回されることに慣れてしまったと思う拓。(相手の個性の受容)
〇元カレの岡田に引き合わされる。里伽子のミエとくだらなさに腹を立てて立ち去る。(内面への反感・相手への嫉妬)
〇岡田に裏切られていた里伽子に対して同情を寄せる。(内面への同情)
〇里伽子が自らの口で心境の変化を拓に語る。里伽子の思いがけない変化をとらえきれない拓。(感情のすれ違い)
※シーン説明のあとの( )は、拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。
「杜崎くん 悪いけど一階のティールームに来てくれない?」ー里伽子の個性を受け入れた拓を待つモノー
友達と会うと言い残し、ホテルの部屋に戻ってきた拓と入れ違うように出ていく里伽子。(元気を取り戻したように笑顔で)走り去っていく里伽子の後姿を拓は、優しい眼差しで見送ります。
(相手の幸せを自分の幸せと思う)
里伽子のいなくなった部屋のベッドで、(寝不足解消とばかりに)ひとり横になっていた拓の元に里伽子からの電話がかかってきます。
里伽子「いいから来て 助けると思って すぐに来て」
(いつものように)一方的に自分の言いたいことを言ったあげく、電話を切る里伽子でしたが、そんな里伽子から電話をもらった拓は、何だかうれしそうです。
拓「さあて 今度は何やろ…」
ハワイでの修学旅行や東京行き前の拓なら、間違いなく怒っていたと思います。
(拓の里伽子への怒りについては、過去の記事で考察しました。)
ですが、東京に来てからの出来事を経て、拓は、里伽子に対して「想いの共有」をしたいと思えるようになりました。
(拓の里伽子への想いについては、前回の記事で考察しました。)
里伽子のワガママも、里伽子に振り回されることも、拓は「里伽子という女の子の個性」として受け入れられるようになったのです。(相手の個性の受容)
そのころにはもう、里伽子に振り回されることに、すっかり慣れてしまっていた。反発を感じたり、イライラしたりする気力もなくなっていた。すべてがなんとなく、いかにも里伽子だという気がしていた。そう思うことは、そんなに悪い気はしなかった。
「海きこ」第四章 161ページより引用
里伽子に呼ばれて1階のティールームに向かう拓。そこには、意外な"モノ"が拓を待っていました。
筆者は「アニメ版」において、このときが拓の高校時代の回想の中でもっとも「幸せ」な時間だったように考えますー最後のシーンまですれ違うことになる2人のそれからを知った今となっては。
「こんちは」ー「小説版」と「アニメ版」とで違う岡田の役割ー
1階のティールームで拓を待っていたのは、東京での里伽子の"クラスメート"の岡田でした。
里伽子「ねえ聞いてよ杜崎くん ショックだと思わない? 岡田くんとは1年もつき合ったのに 別れて2か月でもう彼女ができたの それがあたしの友達のコよ」
「小説版」において、岡田の姿を見た瞬間、拓は、岡田が里伽子の元カレだと「直感」しますが、「アニメ版」では、里伽子の口から「事実」が語られます。
(どちらが「ショック」が大きくて「残酷」か、意見がわかれるところですが)
「小説版」で、拓は、里伽子や岡田の会話に参加することのないまま岡田と別れていますが、「アニメ版」では、自分を呼びつけて元カレの岡田に「見栄を張る」里伽子と、(里伽子と弟を高知に連れてきた里伽子の母親の気持ちと、高知での里伽子の境遇を知らない)「身勝手」な岡田とに腹を立てて、会話の途中でひとり部屋に戻ってしまいます。(内面への反感・嫉妬)
「小説版」の岡田は、里伽子の元カレで、東京にいたころの里伽子の人間関係を伝えるだけの役割ですが、「アニメ版」の岡田は、会話の途中で拓が席を離れたくなるような身勝手な人物として描写になっています。
拓「まったく くだらんちゃ お前も そっちの男も」
岡田「ふっ 彼 ぼくのことでヤキモチ妬いてんのかな 悪かったなあ」
(岡田の目から見てですが)拓が「嫉妬」を覚える対象としての役割が岡田に与えられたことで、里伽子への拓の「好意」が(視聴者)により伝わりやすくなっているといえます。
「ひどい東京旅行になっちゃったわね」ー東京旅行が2人にもたらしたものー
里伽子と岡田の会話に腹を立てて部屋に戻った拓は、岡田と話す里伽子の姿を思い出しながら、里伽子への失望を心の中で口にします。
(「小説版」では、里伽子と岡田に反発することがないため、拓は、「居場所」をなくした里伽子の変化を感じつつも、里伽子に「同情」を寄せています。)
拓「ぼくはがっかりしていた あの いつも堂々としていた里伽子が東京では つまらない見栄を張ってあんなバカ男とニコニコ笑ってるだけのコだったなんて」
そんな中、部屋に戻ってきた里伽子が自身の口から心境の変化を拓に語ります。拓は、里伽子の見栄に「反感」を抱いていましたが、部屋に戻ってきた里伽子が自分の口から心境の変化を話すに及び、(父親ばかりか)元カレに裏切られて、東京での居場所を(完全に)なくしてショックを受ける里伽子に「同情」を寄せます。(内面への同情)
里伽子「あたしがショックなのはね 岡田くんがもう全然他人みたいな感じだったこと」
心境の大きく変化した里伽子に、拓の言葉は、否定されるのですが、ここにきて、拓と里伽子の間で感情の「すれ違い・ズレ」があらわれてきます。のちに、拓と里伽子の深刻な対立につながっていくのですが、この時点の拓には、知りようがありません。
里伽子は、叔母のところに泊まると言い出し、拓を残して部屋をあとにしていきます。
(「小説版」では、このあとの空港シーンで、里伽子から「東京行き」が里伽子の母親と学校にバレてしまったことが告げられます。里伽子に好意を寄せる松野にどう弁解するか悩む拓の姿と、高知に戻ったのち双方の母親とともに学校に呼び出されお説教されるシーンが続くのですが、「アニメ版」で省略されています。「東京行き」が学校に発覚するシーンの省略で、「東京行き」が学校で「噂」となっていく過程が見えにくくなり、拓と里伽子の対立シーンにおける「噂」に苦しむ里伽子の気持ちがややわかりにくくなっていると筆者は考えます。)
最後に、拓と里伽子にとって、「東京行き」はどのような意味を持っていたのでしょうか?
「ハワイへの修学旅行」と「東京行き」、この2つのシーンは、「武藤に拓が振り回される」・「2人が感情の応酬をする」・「拓が里伽子を受け入れる」という点が共通しています。
唯一共通していないのが、「東京行き」には、松野が登場しなかったことす。松野が登場しないことで、拓は(里伽子に魅かれる松野を気にすることなく)、里伽子に接することができました。結果として、里伽子への好意を深めるとともに、里伽子という女の子の「個性」を受け入れる下地が出来上がったといえるでしょう。
一方、里伽子は、東京で(味方だと思っていた)父親と(元カレである)岡田という東京時代の「居場所」を完全に喪失してしまいました。しかし、その中で、東京行きにつきそってきた拓の優しさにふれるうちに、里伽子は拓の中に自分の「居場所」を見つけることができたのです。
ただ、里伽子が岡田に再会したことで、里伽子の中で心境の変化が起こってしまいました。拓が里伽子の気持ちをつかみきれなくなったことで、拓と里伽子の間で感情の「すれ違い・ズレ」が発生してしまい、のちの対立につながってしまったといえるでしょう。
今回、拓が里伽子の元カレである岡田と出会う、「東京行き」最後のシーンを考察しました。
次回、拓と里伽子が対立するクライマックスシーンを考察する前に、作品の中で描かれることのなかった「あるシーン」について考察してみたいと思います。
今回のまとめ
岡田の登場シーンと、「東京行き」が2人に与えて影響について
里伽子に振り回される中、拓は「里伽子という女の子の個性」を受け入れることができるようになった。
「アニメ版」、拓が岡田に「嫉妬」しているように見えたことで、拓が里伽子に「好意」を持っていることが視聴者に伝わりやすくなった。
里伽子は、父親と岡田という2つの「居場所」を喪失したが、拓の優しさに触れる中で拓の中に自分の「居場所」を見つけることができた。
里伽子が岡田に再会したことで里伽子の心境が変化した。それは、拓と里伽子で感情の「すれ違い・ズレ」となり、のちの対立に影響を及ぼすことにつながった。
※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。