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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その39 名前にまつわるetc(エトセトラ)ー登場人物の名前から見えてくる関係性ー後編

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 前回、「小説版」の登場人物たちの「名前にまつわるアレコレ」について考察してきました。

 今回も引き続き、「名前にまつわるアレコレ」を考察していきたいと思います。


「名字」から浮かび上がってくる登場人物の「共通項」ー「ア行」から「ワ行」までー


 『海がきこえる』(「小説版」と「アニメ版」)の(おもな)登場人物たちの「名字」を抜き出して、「ア行」から「ワ行」に分類してみます。
(「行」内順不同。太字は主要人物。カッコは「版」によって名前が変更されている人物や、人物のニックネーム・職業などを補った。拓の母親の名前「保子」は、「TVドラマ版」キャストから採録した)

参考:「海がきこえる辞典」
https://ha7.seikyou.ne.jp/home/Anaken/jiten.html

○ア行:
 安西 明子(安西オバァ)、伊東(里伽子の父)、大沢氏(知沙の不倫相手)、大沢 みのり、ジャニーズ岡田、緒方 和見、有賀、大場、浅井、愛田、青木、糸井、青島、榎本
●カ行:
 小浜 祐実(裕美)、北原 芳樹、カワムラ(先生)、香山(教授)、小杉(先生)、香川、小林
○サ行:
 清水 明子、染谷 涼子須貝、狭山(先生)、沢田 美恵、桜庭 久美子、菅野、芹、佐々木、笹岡、須田、杉田、東海林
●タ行:
 田坂(墨田) 浩一、津村 知沙、次田、対馬、田中、棚田
○ナ行:
 西村
●ハ行:
 羽山、服部(先生)
○マ行:
 杜崎 拓、松野 豊、武藤 里伽子、前田 美香、水沼 健太、杜崎 敦、杜崎 保子(拓の母)、杜崎拓の父)、武藤 隆子、武藤 貢(慎一)、ムラセ(先生)、松本、松坂、宮原
●ヤ行:
 山尾 忠志(アサシオ)、柳田 ケンジ(タダヨシ)、吉田 サオリ、山本
○ラ行:
 該当者なし
●ワ行:
 鷲山
○名字なし:
 リョーコ(亮子?・里伽子の友人)、エリ(拓の従姉)、キヨシ(拓の従兄)、佳代乃(水沼の後輩)、セツ(水沼の祖母)、ロミオじいさん、里伽子の叔母、里伽子の伯父、水沼の母、水沼の妹、校長先生(拓の高校の)、マミ(知沙の高校の同級生)、ミツコ(拓の高校の同級生)

 すると、「行」ごとの登場人物たちの「名字」から、ある「共通項」が浮かび上がってくるのです。
(必ずしも、すべての人物がそれに該当するわけでありませんが)

 まず、「マ行」には、不思議と「拓と里伽子にとって身近な(味方ともいえる)人物」が集中していることがわかります。
 拓・松野・里伽子・美香さん・水沼、そして拓と里伽子の家族たち。

 一方、「ア行」には、これまた不思議と「拓と里伽子にとって必ずしも好ましからざる(宿敵やライバル)人物」が集中しているのです。
 安西オバァ・里伽子の父・大沢氏・岡田、そして緒方。
(筆者が前回の考察で「緒方」がのちに里伽子と対立関係になると推定したもう一つの理由がこれです)

 「カ行」には、「拓と里伽子がお世話になった(迷惑をかけた)人物」がいます。(拓の高校時代の担任だった「カワムラ」もいますが)
 小浜・北原さん。
 どちらも、物語上大きな役割を果たす人物である一方で、その後(多分)あまり物語に登場してこない(だろう)人物でもあります。

 「サ行」には、「拓に関係があって『特徴』のある人物」がいます。
 清水・染谷・須貝・狭山先生。
(拓の高校時代の同級生の沢田と桜庭もある「特徴」の持ち主です)
 特徴的な脇役の存在が物語を味わい深いものにしてくれています。

 「タ行」には、不思議と「拓(と里伽子)の大学の先輩となる人物」がいます。
 田坂・知沙・次田(『アニメージュ版 連載第十五回』のみに登場する里伽子の大学の合同サークルの男の先輩。里伽子に気があるような描写をされていた)
 『アニメージュ版』で、「田坂」は「墨田」という名字でしたが、『ハードカバー版』以降、「田坂」名字に変更されています。その理由は現在に至るまで「不明」ですが、「タ行」の「共通項」を踏まえると、おぼろげながらその理由が推定できます。
(依然として「正確な理由は不明」のままですが)

 最後に「ヤ行」には、「拓と里伽子にヒドイ扱いをされてしまう人物」がいます。
 山尾(アサシオ)と柳田(つるし上げ事件のときに、里伽子にボロクソに言われる)。
 登場シーンはごくわずかなのですが、読者にあたえる「インパクト」では主な登場人物たちをしのぐものがあります。

 ここまで「名字」から見た登場人物たちの「共通項」を見てきました。
 これだけ「行」ごとに「共通項」があると、作者である「氷室 冴子」先生が「意図的」に「名字」の「行」で登場人物たちをグループわけしていたと筆者には思えてならないのです。
(そうはいうものの、実際のところは「不明」ですが)


リョーコは涼子?「染谷涼子=リョーコ」説を探るー2人の特徴から見えてくるものー


 『海がきこえる』において、「同名」の登場人物が2組存在します。

 まず、1組目が「明子」つながりの「清水 明子(あきこ)」と「安西 明子(めいこ)」(安西オバァ)です。
 この2人は同じ漢字の名前でありながら、それぞれ名前の読み方が違う「同名」の登場人物です。

 そして2組目が「リョーコ」つながりの「リョーコ」(高校時代の里伽子の友人)と「染谷 涼子(そめや りょうこ)」(拓の大学の同級生)です。この2人は、1組目と違い同世代の登場人物であるとともに、拓と里伽子それぞれの友人でもあるのです。

 「同名」なのはたんなる偶然か、それとも実は同一人物なのか。
 結論を言えば、「小説版」「海きこ2」で終わってしまったこともあり「不明」と言わざるを得ません。
 ただ「小説版」をよく読むと拓と里伽子は、それぞれの友人である「リョーコ」「染谷」に対して、似たような「特徴」や「印象」を持っているのです。
(「アニメージュ版」連載第11回101ページに、一カ所だけ「リョーコ」が「亮子」と記載されている箇所があります。誤変換なのか不明ですが、もし里伽子の友人の「リョーコ」が「亮子」であるならば、「リョーコ」=「染谷」説は成立しなくなります。一方で、作者である氷室冴子先生は、「アニメージュ版」→「ハードカバー版」→「文庫版」と版を変えるたびに何人か脇役たちの追加や名字・名前の変更を行っています。小浜の漢字が「裕美」から「祐実」に変更されているように、「リョーコ(亮子)」の漢字が「涼子」に変わっている可能性も推定できるのです)

 「リョーコ」は、「海きこ」において里伽子と岡田の会話の中で登場する里伽子の友人です。
 拓と里伽子の「東京行き」前回の考察でも少し触れたように、里伽子が両親の離婚によって「高知」に転校する以前、里伽子は、「リョーコ」と岡田と3人で仲の良い友人関係にありました。以前里伽子と岡田はつきあっていたのですが、里伽子の転校ののち程なくして「リョーコ」と岡田はつきあい始めているのです。
(「海きこ」第四章 162ページ~166ページ)

 一方、「染谷 涼子」「海きこ2」において、里伽子へのプレゼントとお食事の誘いに相応しい服装を購入するためにバーゲンに行くシーンに登場する拓の大学の同級生です。
 「染谷」は拓とバーゲンセールに出かけて、拓の服を選んであげたり、里伽子に似合う服装をチョイスしたり、里伽子へのプレゼントのためのアドバイスをしたりと「よく気のつく明るいコ」です。そんな親切な「染谷」ですが、つきあっている男性と「うまく行かなくなる気がする」と拓に愚痴をこぼしたり、アヤしいチラシを拓に見せたりと、明るさの中に陰りの見える立体的な脇役として描かれています。
(「海きこ2」第三章 82ページ~93ページ)

 2人の「リョーコ」に共通する「特徴」として、拓と里伽子に「凄くいい人物」であると思われていることです。

「えー、でも里伽子のほうが美人だよ。リョーコもそういってる。里伽子のあとじゃ、かすんじゃうってさ」
「リョーコはね、自分がかわいいの気がついてないんだ。そこが、リョーコのいいところよね。まあ、リョーコなら許すわ」
 そういう里伽子は、楽しそうだった。
(「海きこ」第四章 163ページより引用)

 里伽子は、つきあっていた岡田と「リョーコ」が里伽子がカップリングしても怒ろうともしません。それどころか、驚くことに「リョーコなら許す」と2人の関係を認めてさえいるのです。
 大学生となった里伽子は、拓と親しげな知沙に「嫉妬」「反発」とも取れる反応を見せていたことから考えても(「海きこ2」第三章 131ページ)、里伽子にとって「リョーコ」は、「凄く仲の良い友人」であったことが推定できるのです。

 ちなみに染谷はショートカットがよく似合う、高校時代はバレーボールでもやってたんじゃないかというような(そのわりに身長は少し足りないが)、元気ハツラツな女の子だった。
(略)
「あのな、染谷。おまえ、凄くいい奴だよ。最高だよ。元気だせよ」
 前後の脈絡もなく、思わずそういってしまった。(略)
「海きこ2」第三章 93ページより引用

 拓は、自分のために、そして拓がプレゼントを贈る相手である里伽子のために親身になってくれた「染谷」を元気づけるために、最大級の賛辞を「染谷」に送っています。
 拓が「思わず」と言及したように、「染谷」への賛辞はのちにプレゼントを受け取って嬉しそうな里伽子の姿によって裏打ちされているように思えるのです。


「ここで扱ってるの、ほとんどイタリー製かフランス製よ。普通のコなら2号かな。どんな人?いくつくらい?」
(略)
「えーと、大学一年生。身長は160より上って感じかなー」
「そう。なら全部、いけるよ。これ、どおお?」
「海きこ2」第三章 87ページ~88ページより引用

 拓に「いい奴」と言われる「染谷」ですが、拓から大雑把な里伽子の身長を聞いただけで、里伽子に似合いのシャツブラウスを選びだしています。そして、「染谷」がセレクトしたプレゼントを拓から受け取った里伽子が絶賛しているのです。

「ねえ、拓、どうしたの」
「どうしたって……」
「すごくいいセンスね。シックっていうの、そういう感じで。信じられないなあ」
「海きこ2」第三章 95ページより引用

 たんなる偶然(物語上の必然)であると筆者も思うのですが、もし「染谷」と「リョーコ」が同一人物と仮定するならば、「背格好も同じである里伽子」を想定して、里伽子へのプレゼントを選んだということが推定できるのです。

 そして、2人が同一人物であるとするならば、「染谷」が拓に打ち明ける「ダメになりそうな」ボーイフレンドとの関係にまつわる記述が、違った意味を持ってくるのです。

「たぶんねー、きっとダメになりそうな気がするんだ」
(略)
「でも男ってたいてい、そういうワガママで、自信たっぷりなコのほうがいいのよね」
(略)
「同性からみると、自分でやるのは枝毛切るくらいの、ただ腰が重いだけじゃないのォって感じのコが落ちついてて、淑(しと)やかそうでいい、って思うんでしょ?」
(略)
染谷のボーイフレンドは、その気のつく明るい染谷より、ワガママで自信に満ちた腰の重いコに傾きかけているのかもしれない。たぶん髪は長いんだろう。(略)
「海きこ2」第三章 92ページから93ページより引用

 「染谷」のボーイフレンドがあの「岡田」だと仮定するならば、「ワガママで自信に満ちた腰の重い髪が長いコ」という「人物」が里伽子の「特徴」に妙に当てはまるように筆者には思えてならないのです。

 今回、「名前にまつわるアレコレ」を考察してきました。

 次回、いよいよ最後の考察に入る前に、筆休めとして筆者の『アニメージュ版』入手体験記を紹介したいと思います。


ー今回のまとめー

「小説版」の登場人物たちの「名前にまつわるアレコレ」について(後編)

 『海がきこえる』に登場する「行」ごとの登場人物たちの「名字」から、ある「共通項」が浮かび上がってくる。そこには、作者である「氷室 冴子」先生が「名字」の「行」で登場人物たちをグループわけしていた「意図」が見え隠れしている。
 『海がきこえる』には「同名」の登場人物が2組存在する。その中で、「リョーコ」と「染谷 涼子」が同一人物である可能性が推定できる。
2人が同一人物であると仮定するならば、「染谷」の口にするボーイフレンドとの関係にまつわる記述が、違った意味を持ってくる。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。


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