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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その9 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート4

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、高校時代の回想の中で、「里伽子との出会い」「中学2年の修学旅行中止事件」について考察してきました。

 今回、「スポ-ツも勉強もできるス-パ-ウ-マン」ー「アニメ版」山尾 忠志(以下、山尾と略す)のセリフからーである里伽子の「淋しさ」に気づいた拓が、里伽子に対する「同情」を深めていくシーンを考察していきたいと思います。


転校生里伽子の憂鬱ー周囲の噂と関心の中でー


 場面は夏休み明けの学校ー体育のシーンから始まります。体育のサッカーの傍ら、木陰で同級生たちと休憩していた拓は、意外なところで活躍する里伽子の姿を目にします。
 まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。

〇テニスで他を圧倒する里伽子。拓は同級生の男子たちと同様に里伽子を格好いいと思う。(外面への関心)
〇クラスで浮いている里伽子が注目を集めることへの松野の不満を知る拓。
〇実力テストで好成績をとる里伽子。同級生女子女子の間から嫉妬される。(外面への関心)
〇実力テストで好成績とっても顔色一つ変えない里伽子。幸せそうじゃないことへの疑問を持つ拓。(内面への関心)
〇母親から、里伽子が両親の離婚が原因で東京から母の実家のある高知に転校してきたことを聞く。母から可哀そうな境遇にある里伽子へ優しくしてあげなさいと言われる拓。(内面への同情)
〇松野 豊から電話。学校を休んだ里伽子の下宿先に行ったことを聞く拓。
〇「小説版」では、この時点でとりたてて好きな子がいなかったと回想する拓。
〇しばらく里伽子との接点を無くす(関心の喪失)
※シーン説明のあとの( )は、そのシーンの拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。


里伽子は本当にスーパーウーマン?―主人公である拓だけが気づいた里伽子の淋しさー


 テニスで同級生の女子を圧倒する場面から始まるこのシーンは、「里伽子のキャラクターを起てる(視聴者に印象づける)」シーンであるとともに、「なぜ、スポーツも勉強もできる里伽子が不幸せそうなのか?」という「謎」を視聴者に提示して、さらに里伽子への視聴者の関心を強化するシーンです。

 正門での出会いのシーンのカメラワークで、ビジュアルとしての里伽子のキャラクターは起っています。ここで改めて里伽子の「凄さ」と「謎」を見せることで、視聴者の関心を里伽子にも向くように誘導しているのです。

 テニスでの里伽子の活躍に、拓は、他の同級生男子たちと同様に「かっこえいちゃ」と言いながら見惚(みと)れています。拓はここではじめて転校生である里伽子に関心を持ちますが、あくまで「外面への関心」であり、まだ同級生だちと同じ目線での関心です。
 (里伽子がスマッシュした際に、拓は目を見開いて里伽子(のお腹)を注視しますが、「アニメ版」独自のこの描写がきっかけで拓が里伽子に惚れたと筆者は思いません。年頃の男子高校生なら(おそらく)誰もが見せる生理的な反応だと思います…)

 里伽子が周囲から関心を集める中、ひとり松野だけが里伽子の置かれている立場を想い、やり場のない怒りを拓にぶつけてきます。

松野「武藤が 今クラスで浮いちゅうがは やっぱり いろいろ目立つきかなとか思いよったもんやき」
拓「ふ-ん、浮いちゅうのか」
松野「浮いちゅう いろいろ」

「アニメ版」では、そんな松野のセリフにさほど関心を見せない拓ですが、「小説版」では、里伽子に惚れている松野との友情のために、松野と里伽子のことを話さないようにしようと決めています(「海きこ」72ページ)。

 「里伽子はクラスで浮いている」―松野の言葉が正しかったことは、実力テストの結果を拓と山尾が眺めているシーンで明らかになります。
 テストの結果を眺めていた同級生の女子たちが里伽子が成績表を一瞥しただけで素通りしていったのを見て、悪口という形で「関心」を示していたのです。
 里伽子の「キャラクターを起てる(視聴者に印象づける)」という意味では、テニスのシーンと同じですが、ここでは里伽子の行動ではなく成績表を見た同級生たちの「噂」(悪口や嫉妬)を通して間接的に里伽子のキャラクターを起てているのです。

 拓も山尾や同級生女子たちと同様、里伽子の好成績という「外面への関心」を示していました。しかし、拓は、独り寂しげに教室に入っていく里伽子の後姿を見て、こんなセリフを呟きます。

山尾「どうしたんじゃ 武藤に見とれちゅうがか?」

拓「いや…なんかあいつ あんまり幸せそうやないなあ思うて」

 「小説版」の拓は、里伽子を不幸せだと感じたのは、「単純に不思議だったから」と述懐しますが(「海きこ」74ページ)、ここでの拓の「謎」は、視聴者の「謎」でもあるのです。

 何気ない疑問を通して、拓だけが里伽子の「内面への関心」を持つに至り、特別な存在である「主人公としてのキャラクターを起てていく(視聴者に印象づける)」のです。

 里伽子の抱える問題は、次のシーンで明らかになりますが、教室の席に座りながら、独り物憂げな表情で窓の外を眺める里伽子の姿を視聴者に見せることで、視聴者は、「なぜ、スポーツも勉強もできる里伽子が不幸せそうなのか?」という「謎」に気づき、里伽子への関心を強めていくのです。

 「謎」は、帰宅した拓が家族と夕食を囲むシーンで意外な人物から明かされます。


「アンタ 武藤さんってコに親切にしてあげなさいよ」―何気ない母の一言の影響ー


 「謎」は、夕食時、拓の母親の口から明かされます。
母と子の何気ない会話を通して、拓は里伽子が「幸せそうでないように見えた」理由を知ります。
(「アニメ版」と「小説版」とで拓の母が里伽子の家庭の事情を知った経緯が微妙に違っています。)
 「両親の離婚による東京から高知への転校」ー拓は、自分同様に大学受験を控えている里伽子への「同情」を口にします。

拓「あればぁ成績がよかったら どうせ東京のほうに進学するがやろうに
親の都合で子供はムゴいもんじゃ」

  意外なことに「同情」したのは、拓だけではありませんでした。拓の母親も、里伽子の母親(「小説版」では武藤 隆子。以下、里伽子の母親と略す)の境遇に同じ母親として「同情」を寄せているのです。(上記、副題のセリフです。)
 意外なほど強情な母の言葉に拓は、軽口をたたいてうなずくばかりですが、この拓の母親の一言は、その後の拓の行動に潜在意識下で大きな影響を与えているのです。

 拓の母「アンタ 武藤さんってコに親切にしてあげなさいよ」

 母親の何気ない一言が、「きっかけ」となって、その後、拓は里伽子にお金を貸し、お金を返してもらうために里伽子の東京行に付き添うことになります。
「小説版」の大学生活においても、津村知沙に振り回されたり、同級生の水沼から芝居のチケットを買わされたりと、拓の行動原理の根底にあるのは、「困っている知り合いをほおっておけない」という母親譲りの「同情の心」だと思います。)

 拓と里伽子の「平熱感覚の恋愛」(「文庫版」帯の紹介文より)に、火を灯し、道を示したのは、ほかならぬ「拓の母」だったのです。

 食事のあと、部屋でうたた寝をしていた拓に松野から電話がかかってきます。風邪で学校を休んだ里伽子の下宿に行ってきたことを興奮して拓に話す松野。
 一途な松野の里伽子への想いに触れながらも、「小説版」において拓はこのように心の中でつぶやきます。

ああいう子がいいのか、松野は。ぼくは、何とも思わへんけどな。
だれかを好きになるというのは、ほんとに、へんなことだった。 
ぼくはそのころ、とりたてて好きな子はいなかったし、その先のことは、ぜんぜんわからなかった。
「海きこ」第三章 81ページより

 それから、松野が里伽子のことを話題にすることもなく、拓の中で里伽子への興味は失われていきます。(関心の喪失)

 拓にとって、この時点で里伽子の内面に「関心」を持ち、境遇に対する「同情」を抱きますが、「関心を喪失」しており、好きという感情がまだ発生していないと考えます。

 そして、翌年の3月、最初の「物語の転換点」を迎えます。


 今回、拓の高校時代の回想の中で、「夏休み明けの学校生活」シーンについて考察しました。

 次回、第一のターニングポイントである「ハワイでの修学旅行」のシーンを考察していきたいと思います。

ー今回のまとめー


夏休み明けの学校生活シーンについて

 「テニスと実力テスト」のシーンは、視聴者に対して「里伽子のキャラクターを起てる」とともに、里伽子の「凄さ」「謎」を見せることで、関心を里伽子にも向くように誘導するシーンである。
 また、拓にとっては、はじめて里伽子の「外面」と「内面」に関心を持つシーンである。
 夕食での母の一言が里伽子への「同情」につながり、2人のその後の展開に水面下で影響を与えている。


※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 



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