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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その7 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート2
タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ
前回、「杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか?」について、「小説版」と「アニメ版」、それぞれを考察しました。また、「アニメ版」ならではの良さと、アニメ化されたことによる「わかりにくさ」について書いてきました。
今回から、数回の記事にわけて、「アニメ版」で「杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか?」を本格的に拓の気持ちを追いながら見ていきたいと思います。
杜崎 拓とは?―愛情よりも友情を大切にする高知の青春少年ー
拓の気持ちを追っていくまえに、主人公である「杜崎 拓」がどんな人物であるのか、(特に里伽子に出会う前の拓を)おさらいしましょう。
○高校2年生の拓は、高知で公務員の両親と弟の敦と4人で暮らしている。
○中学2年の時に、修学旅行が中止になったことへ抗議したことがきっかけで「松野 豊(以下、松野と略す)」と知り合い、「親友」になる。
○修学旅行の件以来、拓は学校や教師に反発気味で、ハワイへの修学旅行の小遣い稼ぎのために、アルバイトに精を出している。
拓を語る上で外せないキーワード(拓の行動原理)は、「愛情より友情」・「同情とヤキモキ」です。
ここまで、拓の人となりをみてきました。
特に重要なのは、拓が松野に殴られて2人が仲違(なかたが)いするまで、一貫して「拓は里伽子への想いよりも松野との友情を大事にしようとしている」点です。
では、オープニングから順を追って見ていきましょう。
「アニメ版」オープニングから飛行機離陸シーンまでーエンディングへの伏線と、視聴者への謎の提示ー
高校2年の回想シーンに入るまでの冒頭シーンは、すべて「アニメ版」独自の構成となっています。(「アニメ版」と「小説版」の構成の違いについては、前回考察しました。)
○「アニメ版」冒頭、大学生の拓は、吉祥寺駅のホームで因縁のある里伽子に似た女性を見かけるが見失います。(エンディングへの伏線)
○帰省の準備のため一旦アパートに戻った拓は、同窓会名簿から床に落ちた里伽子のハワイでの水着写真を手に取ります。(視聴者への謎の提示)
○高知への帰省の飛行機の中で、拓は、里伽子や親友である松野との高校時代を思い出し、長い回想シーンに突入します。(謎の解決と視聴者への新たな謎の提示)
(アニメ本編の7割~8割が高校時代の回想シーンです。)
3分にも満たないシーンですが、このシーンの役割は、「エンディングへの伏線」と「視聴者への謎」の提示です。
吉祥寺駅でのシーンは、「アニメ版」を最後まで見た読者の方なら、私が指摘するまでもなく、オープニングとエンディングが対になっており、対比となるシーンだと理解されていると思います。
オープニング:駅で里伽子(と思しき女の子)を見失う
エンディング:駅で(帰省先の高知で再会できなかった)里伽子と再会する
では、「謎」とは、何でしょうか?
「アニメ版」を何度か見直した方やあらかじめ「小説版」を読了した方にとって、吉祥寺駅とアパートで写真を落とすシーンは、視聴者にヒロインである里伽子の登場を印象づけるためのものです。正直、「謎」でもなんでもありません。
ですが、何の予備知識もない(あらすじを下調べしない)まま、はじめて「アニメ版」を見た(未見の)視聴者にとっては、どうでしょうか?
(未見の)視聴者にとって、冒頭の吉祥寺駅シーンは、「主人公と思しき男の子(拓)が駅の向かい側のホームで見かけた旅行姿の女の子(里伽子)が電車に乗ってしまい途方に暮れるシーン」に、アパートのシーンは、「主人公が部屋から出ていく際に、たまたま落ちた水着の女の子の写真を注視するシーン」になってしまうのです。
拓は、飛行機の機内で回想シーンに入るまでセリフらしいセリフを話しません。(未見の)視聴者が状況を理解するのを「あえて」難しくしているのです。(未見の)視聴者の心に「謎(疑問)」の感情を生じさせるために。
主人公である拓から、駅と写真の女の子(里伽子)について一切言及がなかったことから、(未見の)視聴者の心の中には「あの駅の女の子は誰なんだろう?」・「駅の女の子と写真の女の子との関係は?」という「謎」が生まれます。
そして、飛行機の機内における拓の最初セリフ、
拓ナレーション「ぼくと松野が初めて里伽子会ったのはおととし高校2年のときのやはりこんな真夏の日だった」
によって、(未見の)視聴者は、「駅と写真の女の子は里伽子という名前らしい」という「謎」の解決とともに、「主人公は、過去に里伽子とどんな関係だったのか?」という新たな「謎」を提示されて、さらに物語に引き込まれていくのです。
今回、拓の人となりと、冒頭シーンの意味を考察をしてきました。それでは次回、拓と里伽子がはじめて出会う高校2年の夏休みのシーンを見ていきたいと思います。
ー今回のまとめー
拓の「行動原理」と「アニメ版」冒頭シーンについて
主人公である拓を語る上で外せないキーワード(拓の行動原理)は、「愛情より友情」・「同情とヤキモキ」。拓は里伽子への想いよりも松野との友情を大事しており、高校時代、仲違いするまで一貫している。
「アニメ版」オープニングから飛行機離陸シーンまでは、視聴者に「エンディングへの伏線」と、(特に未見)視聴者へ「謎」の提示という2つの役割で成り立っている。
※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。