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『介護の料理人』第3話 【創作大賞2024:漫画原作部門】

『介護の料理人』



第3話 「料理人 三つ子の魂と故郷(オフクロ)の味」(後編)


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扉絵イメージ:
太平洋戦争後の家庭の台所。
着物に割烹着姿の横手金佐久(よこてきんさく)の母親が小皿の味噌汁を口に含んで味見をしている。
半袖に短パン姿の金佐久少年が、顔を台の上に出し、母が料理をしているところを興味深げにのぞきこんでいる。

2―3ページ

字幕「樹愛ホーム 事務室」
大友の声「入所者様の個人情報を知りたいですってぇ~!?」
真新しい書類棚やデスクが置かれた事務室に施設長の大友の呆れ声が響く。

擬音「ダン!」
周「横手金佐久さんの出身地(故郷)だけでいいんです…」
大友のデスクに両手をつき、デスクに座る大友と正面で向き合いながら、力強い眼差しで訴えるフード付き調理帽に不織織マスクと作業服姿の周。

周の声「お願いします! 大友さん」
デスクワーク中のビジネスフォーマル姿の男女の事務員が何事かと顔を向ける。

両目を閉じ腕組みをした姿勢でイスに座り、ジッと考え込む大友。
大友はネクタイにYシャツ姿だが、長袖を肘のあたりでまくっている。


大友「徳冨さん…あなたも長くホテル勤務をされていたから…」
大友「お客様の個人情報…おいそれと教えられないこと…ご存じでしょ?」
胸の前で両手を組みながら、顔をあげて周に話しかける大友。

大友「樹愛ホーム(同じ施設)で働いているとはいえ…」
大友「介護部門(われわれ)と厨房部門(徳冨さん)とでは…運営会社が違うんです!」
樹愛ホームの運営構成図。
理事長をトップに、施設運営と介護・看護サービスの提供を大友が所属するJa-NE ヘルスケアメイト株式会社が担当し、厨房運営を周や双葉が所属する美味召し上がれ株式会社が担当する構成となっている。

大友「いくら 徳冨さんの頼みといえ……」
周の視線を避けるように、顔を背ける大友。

擬音「グッ」
デスクの上の拳を握りしめる周。

周「横手さんを満足させる料理の"手がかり"が…わかるかもしれないんです!!」
デスクに両手をついた姿勢でさらに身を乗り出し、強く訴えかける周。

擬音「ギィ…」
事務室の出入口ドアを開けた理事長の革靴のアップ。

擬音「!」
理事長の声「カッカッカッ…"三つ子の魂 百まで"じゃな!」
周は理事長の声に、ハッとする。

4―5ページ

大友「りっ…理事長!」
慌てて立ち上がる大友。
振り向き理事長に穏やかな顔を向ける周。

理事長「大友クン…責任は このワ~シがとる!」
両手を後ろに組んだ姿勢で大友のデスクに向かってトボトボ歩いてくる理事長。

大友「でっ…ですが…」
デスクを離れ、困惑した表情で通路の理事長の前に立つ大友。

擬音「ザッ」
理事長「お前サンも聞いておったじゃろう…」
理事長「伊達や酔狂じゃなく…自分の"役目"を果たすのに必要な情報が欲しいとな…」
擬音「!」
大友を無視するかのように、大友と通路ですれ違う理事長。
大友は理事長の言葉にハッとした表情で立ちつくす。

擬音「ポン!」
理事長「なぁ~に…紙(ペーパー)と印鑑(ハンコ)ですむことじゃろ~が!」
振り返り大友の左肩の上に右手を乗せながら、笑顔で語り掛ける理事長。


擬音「ブイ!」
茶目っ気タップリに、周に向かってコッソリVサインをする理事長。

バツの悪そうに後頭部を右手でかきながら、感謝の眼差しを理事長に向ける周。

大友「今回は…特別ですよ……」
溜息を吐きながらうなだれる大友。

(時間経過)

擬音「カタカタカタ…」
大友「横手…金佐久…様っと…」
デスクで金佐久の名前を復唱しながらキーボード入力する大友。
周と理事長が身を乗り出すようにして、PCモニターを眺めている。

擬音「カチッ!」
PCマウスを左クリックする大友。

周独白「こっ…これは…!?」
驚いた表情の周。

(時間経過・場面転換)

6―7ページ

擬音「ガチャッ」
男性の声「こちら 山蔭(やまかげ)出版 "月刊料理人"編集部~」
夜の東京都心オフィス街に建つ中層ビル外観。

字幕「安東 愛(あんどう ちかし) "月刊料理人"編集長」
安東「あっ…周(ひろ)さん お久しぶりです~」
左手で受話器を握りながら、うれしそうな表情で顔をあげる黒縁眼鏡にチェック柄のYシャツを着て、ソフトモヒカンがトレードマークの安東愛(あんどうちかし)。

安東「"桜花菊水"をお辞めになられたと聞いて…心配してたんですよ~」
周と電話をしながら、不機嫌そうな表情で書類の山越しに編集者へ原稿を返す安東。

安東「でえ…今はどちらに!?」
再び笑顔で周と電話で話し始める安東。


周「愛(ちか)さんに…大至急 現地で入手して欲しい調味料があるんだ!」
樹愛ヒルズ自慢の3面ガラス張りで街並みが一望できる展望スペース。
ネオン輝く夜の街並みをを眺めながら、左手でスマートフォン握った周がうれしそうな表情で安東と会話をしている。

周の声「地元でしか…ほとんど消費されない幻の(レアな)ヤツでね…」
擬音「ペロリ…」
安東独白「きたきた…特集記事のネタがきたぁ~!!」
右手親指の腹をペロリと舐める安東。

安東「でえ…どちらに"お宝(ネタ)"はあるんです!?」
受話器に顔を向けながら、右手で赤鉛筆を握り、メモを取る気満々の安東。

(時間経過・場面転換)

8―9ページ

擬音「ブロロロ…」
字幕「数日後」
樹愛ホーム厨房職員通用口脇の配達物置き場に荷物のダンボールが置かれている。配達伝票には、安東から周へ荷物であることが記載されている。

(時間経過)

擬音「ビィー」
ダンボールの開け口に沿って、右手でカッターを走らせるフード付き調理帽に不織織マスクと作業服姿の周。

双葉の声「あっ…徳冨(トミー)さん 届いたんですねぇ~!」
擬音「!」
背後から聞こえてきた双葉の声にハッとする周。

無言でコクリと頷いてみせる周。

擬音「メラメラメラ」
双葉「これであの オ・ジ・ンを"ギャフン"と言わせて見せる!!」
偏屈な金佐久をやり込めることができると、両手を胸の前で握りしめ、メラメラと闘志を燃やすフード付き調理帽に不織織マスクと作業服姿の双葉。
双葉を困った表情で見つめる周。


周の声「島崎さん…」
周の声にハッと我に返る双葉。

擬音「ニコッ」
周「少々…お手伝いをお願いできますか?」
マスク越しに笑顔を見せる周。

厨房で料理をする周。
包丁で食材を切り、フライパンで炒め、小皿をすすって味見する周。

(時間経過・場面転換)

10―11ページ

食堂のテーブルの前でイスに座り、談笑しながら昼食を待つ入所者たち。

ムスッとした表情で腕組みし、ドスンと座っている金佐久。

擬音「ガラガラ」
周と双葉が料理をワゴンにのせて運んでくる。
双葉は、忙しさから目を丸くしてフラフラ状態。

擬音「コトッ…」
入所者の前に料理を給仕する双葉。

擬音「コトッ…」
金佐久の前に料理を給仕する周。


トレーの上に箸(はし)とともに、2品の料理が置かれている。
薄緑色の麺に、イカ、えび、タコ、貝類、海苔など魚貝類が具材として混ぜ合わされた湯気立ち上げる焼きそばの入った深鉢の皿。
いぶり漬けの入った小皿が添えられている。

12―13ページ

金佐久「………」
唖然とした表情で料理を一心に見つめる金佐久。

双葉「おっ…"男鹿(おが)しょっつる焼きそば"に "いぶり漬け"です!!」
ハツラツとした笑顔で料理を紹介する双葉。

擬音「ザワザワ」
入所者A「男鹿って…たしか秋田県よね?」
入所者B「海鮮やきそばのようだけど…何かしらこの香り…」
焼きそばの香りに声を上げる入所者。

周の声「秋田名産の"しょっつる"といって……」
周の声「ハタハタに塩を加えて熟成させた"魚醤(ぎょしょう)"で……」
ザルの上にのせられたハタハタのイメージ。
しょっつるとラベリングされた調味料ビンのイメージ。

双葉「とっ…徳冨(トミー)さん……」
唖然とした表情で震えながら、右手で指さす双葉。


子供のように前かがみになって焼きそばを貪り食べる金佐久。

"いぶり漬け"をバリバリと噛みほぐす金佐久。

金佐久が脇目も振らずに焼きそばを食べる姿に、唖然とする入所者と作業着姿の介護・看護スタッフ。

擬音「ゴトッ」
金佐久が箸を乗せた皿をトレーの上に置く。
皿になぜか目玉焼きだけが残っている。

目を潤ませてクシャクシャな金佐久の顔。

金佐久の目から涙がこぼれ落ちる。

14―15ページ

周「"知り合い(安東)"に頼んで…"これ"を入手してもらいました……」
擬音「ゴトッ」
金佐久「!!」
金佐久の目の前にしょっつるの入った一升瓶を置く周。

ラベルのないしょっつるの入った一升瓶のアップ。

涙でクシャクシャの顔で一升瓶を見つめる金佐久。

金佐久「これだ……」
金佐久「これだよ! 死んだオフクロの"しょっつる(味)"は!!」
目の前の一升瓶をギュッと抱きしめる金佐久。

周の声「"しょっつる"は市販されていますが…」
周の声「横手さんの生まれたあたりは… "自家生産"する家庭が多いそうですね…」
しょっつるの入った調味料ビンと厳冬の男鹿市のイメージ。


(画面暗転・回想シーン)

太平洋戦争後の家庭の台所。
割烹着姿の金佐久の母が食事の支度をしている。

笑顔の金佐久の母。

笑顔で母親を見上げる金佐久少年。

(回想シーン終わり)

金佐久独白「オフクロ……」
俯き涙を拭く金佐久。

周の声「ところで…"横手風"に…目玉焼きをのせてみたのですが…」
金佐久「………」
皿の上の目玉焼きに顔を向ける金佐久。

金佐久「横手焼きそば じゃねえんだ……」
金佐久「"目玉"は余計だ…バカヤロウ!」
右手で鼻水をこすりながら、イチャモンをつけるのを忘れない金佐久。

16ページ

一同「あはははは!」
入所者や介護・看護スタッフが笑い声をあげる。

右手を胸に抱きながら、憧れの眼差しで周を見つめる双葉。

字幕「しばらくのち…」
擬音「アゼン…」
安東「せっかく取材に来たのに…」
首からカメラをさげた安東が、誰もいない食堂で唖然としている。

第3話終わり

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