
『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その18 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート11
タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ
前回、本編に存在しない「高知に帰ってきた拓と里伽子が桂浜で佇む」イラストの場面について考察しました。
今回、松野の失恋をきっかけに拓と里伽子が激しく感情をぶつけ合うシーンについて考察したいと思います。このシーンは、すれ違う拓と里伽子の想いを理解する上でもっとも重要なシーンであることから、2回にわけて考察していきます。
まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。
〇GW後、里伽子は以前同様に拓を無視するようになる。(視聴者への謎の提示と内面への同情)
〇学校で松野から里伽子と東京に行ったことが噂になっていることを聞き、驚く。(視聴者への謎の解消)
〇里伽子に告白して失恋した松野が、里伽子から「ゾッとする」と言われたことを聞く。(内面への反感)
〇松野への態度に怒りを覚えた拓は、里伽子の元に向かう。
〇教室の外に里伽子を呼び出す拓。
※シーン説明のあとの( )は、拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。
「けっこう噂になっちょったがぞ お前 気がつかんかったがか?」ーすれ違い始める2人ー
拓ナレーション「連休が終わって学校が始まると里伽子は何事もなかったようにぼくを無視し今までどおり 小浜裕美とだけは仲がよかった」
ゴールデンウィーク明け、里伽子は拓を(なぜか)再び無視し始めます。東京に行く前であれば、里伽子が拓を無視するそれなりの理由(東京の父親に会いにいくためにどうしても拓から借りたお金が必要だった)がありました。ですが、すでに里伽子の父親からお金を返してもらったこともあり、里伽子が拓を無視する理由になりません。
里伽子が無視するのは、拓ばかりでありませんでした。以前から転校生の里伽子のことを(陰ながら)気にかけていた同級生の「清水 明子(以下、清水と略す)」が、里伽子に声をかけるのですが、里伽子は「ほっといて!」と取りつく島もありません。
明らかにおかしい里伽子ー視聴者にとっての「謎」にこたえたのは、拓の親友である松野でした。(視聴者への謎の提示)
松野「お前 連休の時 武藤と旅行に行ったろ」
期末テストを終えたある夏の日、松野から拓と里伽子の東京行きが同級生たちの間で「噂」になっていたことを打ち明けられます。里伽子が拓を無視した「謎」ーそれは、心ない同級生たちの「噂」でした。(視聴者への謎の解消)
拓は、なぜ「噂」に気づくことがなかったのでしょうか。
松野の言うように、裏でヒソヒソ噂になっていたことが一番の理由だと思います。
ただ、筆者は、拓が東京行きでの「居場所」をなくして傷ついたままの里伽子をそっと見守りたいと思ったために、「噂」に気づくことがなかったと考えます。
そんな騒ぎを、ソファに座っている里伽子は平然として眺めていた。皮肉な表情でもなく、反抗的な態度でもなかった。この東京旅行でおこったすべてのことを自分ひとりの胸に収めておこうと決意しているように、里伽子はしずかに沈黙していた。
「海きこ」第四章 176ページより引用
「アニメ版」で省略された「東京行きが学校にバレた拓と里伽子がお互いの母親とともに学校に呼び出されるシーン」における拓の気持ちです。
拓は、里伽子の東京での出来事を誰よりも知っている人間です。
「居場所」をなくした里伽子の淋しさを知る拓は、(親友である松野の手前もあると思いますが)ヘタに接近して里伽子を傷つけることを恐れ、里伽子が自分を無視することを受け入れました。(内面への同情)
そのこともあり、自分と里伽子に関する同級生たちの心ない「噂」に気づくことがなかったと思えるのです。
(里伽子へ想いを寄せる)松野が誤解しないように、里伽子の東京行きの目的(父親に会いにいったこと)を素直に話す拓でしたが、松野は里伽子の口から真相を聞き、そのことをすでに知っていました。
拓は、松野から「噂」で傷ついた里伽子の「まわりくどい言い方」で振られて、心がズタズタにされたことを打ち明けられます。
(松野の失恋が与えた影響は、過去の記事で考察しました。)
里伽子の「まわりくどい言い方」は、里伽子本人の想いと裏腹に、拓のことも傷つける言葉でした。拓は、松野の制止も無視して、教室にいる(だろう)里伽子の元に向かいます。(内面への反感)
(「小説版」では、拓が松野の話を聞いてから、里伽子を呼び出すまで1日の時間の経過があります。その間、「噂」で傷つく里伽子への「同情」と、傷つけられた松野への「友情」との間で、拓の心は揺れ動くのですが、「アニメ版」において、同じ日の出来事として変更されています。)
拓は、里伽子を想い、自分を無視する里伽子を見守ろうとしたことで、「噂」(に傷つく里伽子の心)に気づくことができませんでした。
里伽子は、拓を想い、松野を振ったときに口にした言葉が、(結果的に)拓をも傷つけてしまいました。
すれ違い始めた2人を待つモノーそれは、言葉にならない想いからの「平手打ち」の応酬でした。
「あんまり学校で話しかけないでね」ー仕草から読み解く里伽子の隠された本音ー
拓「ちょっと話があるき 来いや」
教室入ってきた拓は、小浜と何気ない会話をする里伽子を呼びつけます。(「アニメ版」、拓が里伽子の元に近づいてきたことに最初に気づいたのは、実は小浜だったりするのですが…)
里伽子「なによ…」
里伽子は、突然声を掛けてきた拓を見て、眉をつりあげて怪訝(けげん)そうな表情をしながら席から立ち上がり、拓のあとについていきます。
里伽子と拓のやり取りを固唾を飲んで見つめていた同級生たちが、2人が教室を出たのち色めき合うように騒ぎ立てます。
里伽子「どうかしたの?」
里伽子「あんまり学校で話しかけないでね 目立つから」
教室を出たところにある廊下で話をする拓と里伽子。里伽子は、拓の顔を見ようとしません。窓の外に顔を向けながら、トゲトゲしい迷惑そうな口ぶりで拓に話しかけています。
(「アニメ版」のこのシーン、廊下の隅に赤い「消火栓」があります。筆者には、この「消火栓」が、「消火栓で2人の燃えるような怒りを消してあげないと、大変な事態が発生するぞ!」という、視聴者へのアニメスタッフからの警告に思えてなりません。)
拓の顔を見ようとせずに横を向いて拓と会話する里伽子ーシーンこそ違いますが、ハワイでの修学旅行で、拓からお金を借りようと話しかけてきた(思いっきり不自然な)里伽子の仕草とまったく同じなのです。
「アニメ版」における「里伽子は、拓に対して"嘘"をついている時、拓の顔を見ようとせずに横を向いたまま拓に話しかける」という「里伽子の(無意識)の癖」がここでようやく再登場します。
学校で拓に話しかけられたことを迷惑そうに思う里伽子の「嘘」とはなんでしょうか?
これまでの考察で見てきたように、里伽子は東京での「父親」と「岡田(元カレ)」という2つの「居場所」をなくし傷ついていました。かわりに新しい里伽子の「居場所」となったのは拓でした。
(「小説版」においてGWの東京行きが学校にバレてしまったをきっかけに)GW以後、里伽子は同級生たちの心ない「噂」の対象になってしまいます。「東京」と「高知」の両方に「居場所」のなく、「噂」に敏感になっていた中で、突然里伽子に話があると呼び出したのが拓でした。
拓の呼び出しは、同級生たちの「噂」を補強する行為でもあり、里伽子にとってイヤだったことも間違いないと思います。ですが、東京行きでの出来事の中で傷ついた自分の支えになってくれた拓が話しかけてきてくれたことは、里伽子にとって内心うれしかったに違いありません。
(ただし、このあとに続く拓のセリフによって、里伽子が感じた「うれしさ」はほんの一瞬で消え去ってしまうのですが)
拓からの呼び出しシーンにおける里伽子の「嘘」ーそれは、拓に話しかけられて内心うれしいはずなのに、同級生たちの「噂」のせいで素直になれず、迷惑そうに振る舞い気持ちを偽ることなのです。
ここまで、衝突する拓と里伽子の前半部分を考察しました。
次回、残りの後半部分を考察していきたいと思います。
今回のまとめ
衝突寸前のの拓と里伽子について
GW後、拓と里伽子の東京行きの「噂」が同級生たちの間で広まる。
拓は、松野に指摘されるまで「噂」に気づかず、里伽子は、松野を振った際の「まわりくどい言い方」で拓を傷つけてしまう。拓と里伽子はすれ違いはじめてしまう。
里伽子の言葉に怒りを覚えた拓は、里伽子を呼び出すのだが、里伽子は窓の外を見るばかりで拓を見ようとしない。里伽子の仕草には、内心うれしいはずなのに、「噂」のせいで拓に対して迷惑そうに振る舞う里伽子の「嘘」が隠されていた。
※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。