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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その8 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート3

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、拓の人となりと、「アニメ版」冒頭シーンの2つの役割について書いてきました。

 今回、(ようやく?)拓の回想シーン、里伽子と出会ってから卒業するまでの約1年半の高校時代を考察していきたいと思います。

高校2年の夏休みの午後ー拓と里伽子のプロローグ―

 

 回想シーンは、拓のアルバイトシーンから始まります。

 アルバイトのシーン自体は、拓の日常描写でありほとんど意味がありません。松野に呼ばれた拓が教室に入り、転校生である里伽子のことを松野の口から聞いた時、はじめてストーリーが動き出すのです。
 まずは、このシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。

○高校2年の夏、アルバイトの最中、拓は、電話で親友の松野に高校へ来るように呼び出される。そこで拓は、松野と親友になった中学3年の修学旅行中止事件を思い出す。(ハワイ旅行への伏線・拓と松野のキャラ起て)
○回想シーンの後、高校の正門前で松野から東京からの転校生である里伽子を紹介される。(認知)
○松野と帯屋街を歩く拓。松野と話をする中で松野が里伽子を好きになったことに気づく。(関心)
○拓は、里伽子に惹かれた松野がやがて里伽子に振られてしまうのではないかと予想する。(嫉妬)
※シーン説明のあとの( )は、そのシーンで拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。


「修学旅行中止事件」の意味―事件の発端と松野のキャラ起ての場―


 「アニメ版」は、松野に高校に呼び出された拓が、里伽子を一緒に見たのち、松野と帰るために自転車を取りに駐輪場に向かう場面で、中学3年の「修学旅行中止事件」の回想シーンに移行します。
(「小説版」では、松野に呼び出されて教室に入って程なく、中学3年の「修学旅行中止事件」の回想シーンになっています。)

 このシーンは、のちのハワイ旅行で、「里伽子が拓にお金を借りる」という出来事の発端であるともに、拓と(特に)松野のキャラクターを起てる(視聴者に印象づける)ため大事なシーンでもあります。

 学校の講堂で「修学旅行中止に反対する生徒は挙手するように」と言われて、手を挙げたのは、同級生たちの中で松野と拓(拓は挙手するか一瞬戸惑いますが)の2人だけでした。

 松野は、大勢の中で(拓とともに)自分の信念を貫き通して挙手をする勇気のある人物です。(「小説版」の章タイトル「マン」は拓から見た松野の格好よさ・すごさを表現した言葉です。)

 「アニメ版」で同級生たちが松野に関心すると同時に、私たち視聴者も松野に関心を持ってしまうのです。視聴者の松野と拓への関心は、その後、美術室での説明会に集まったのが、拓と松野の2人だけだったことでいよいよ高まります。(「小説版」では挙手する同級生と美術室にやってくる同級生の数はもう少し多いです。「アニメ版」は松野を印象づけるために意図的に2人きりにしているのです。)

けれど、ぼくの中で、松野豊がいる場所はいつも、ほかの連中とはちょっと違っていた。それは当然のことだし、今でもそうだ。
「海きこ」第二章 57ページより

 こうして、視聴者は、拓が松野と親友となった経緯を知ります。そして、松野を親友だと思い、松野との友情を何(里伽子への想い)よりも大切にしようとする拓の気持ちを深く理解するに至るのです。


里伽子との邂逅(めぐりあい)―拓の里伽子への第一印象は?―


 駐輪場に自転車を取りに行った拓は、学校の正門で親友の松野から里伽子のことを紹介されます。「アニメ版」のこのシーンは、ここでようやく本格的にストーリーに登場する里伽子のビジュアルに視聴者の注目が行くようにカメラがフォーカスされています。(カメラの前へ顔を出した里伽子の映像にカメラの焦点が当たって、背後の拓の映像がぼやけるシーンがそのことを象徴しています。アニメだから可能な画面演出であり、漫画だとコマの中で表現しづらい演出だとも思いますが。)

そのためか、「アニメ版」の拓の表情は変化に乏しく、拓が里伽子を初めて見た時どう思っていたのか「アニメ版」の映像から読み取ることは困難です。しかし、「小説版」に、里伽子を見た拓の第一印象がサラリと記載されています。

薄情そうなうすい唇をぎゅっと引き結んでいて、さぞかしワカメやコンブなんかたくさん喰ったんだろうなと思うような、まっ黒な髪をしていた。いつか漢字読み取りテストに出てきた、<漆黒>という字が、ふっと思い浮かんだ。
ぼくの武藤里伽子の第一印象は、一にも二にも、まっ黒な髪だった。
「海きこ」第二章 62ページより

 恋愛小説によくある、ヒロインに対する好意的感情描写はありません。

 拓にとって、この時点ではまだ里伽子の存在を「認知」した段階であり、好きという感情がまだ発生していないと考えます。

 正門の前で里伽子と別れた拓と松野は、帯屋町のアーケード街に行きます。松野と話をする中で、拓は松野が学校に自分を呼んだ理由(松野は、里伽子が転校してきた理由が何かを親友の拓に聞こうと思っていた)と、松野が里伽子に魅かれていることを悟ります。

 拓にとって、里伽子は「親友が魅かれている東京から転校してきた美少女」。拓は、ここで里伽子へはじめて「関心」を持ちますが、その感情は、「好意」でなく、むしろ里伽子に対する無意識の「嫉妬」でした。
(「小説版」では、松野が失恋する予感から暗い気持ちになったのち、第二章が終わりを迎えています。)


ぼくは理不尽に腹立たしい?―拓の言葉の真意と里伽子への嫉妬心―


拓ナレーション「松野が里伽子に魅かれているのを知って、ぼくは理不尽に腹立たしかった」

 「アニメ版」、帯屋町で松野と別れたあとの拓の心の声です。

「理不尽に腹立たしい?」…いったいどういうことでしょうか。拓は何に対して「理不尽」だと思ったのでしょうか?ヒントは、次の拓のセリフにあります。

拓ナレーション「やめちょきや女はどうせ男の表面しか見んがよ、女なんぞにおまえのよさ解りゃあせんと」

 ここで拓の言う「女」は、(東京からの転校生である)里伽子(を含めた同世代の女性全般)を指しています。

 拓は、里伽子(を含めた同世代の女性全般)が、(自分を含めた)男の表面しか見ようとしないと決めつけているのです。
(その理由は、「アニメ版」で明らかになることはありません。「海きこ2」211ページによると、拓には、年上の女イトコが何人もいることが本人の口から明かされています。彼女たちの存在が拓の同世代女性に対するこのような見方を形作っているのかもしれません。)

 上記のことを踏まえながら、拓のセリフを深読みして解釈するとこうなります。

 (東京育ちの)里伽子(のような女)は、(同世代の女子同様に)男の表面だけみるような女だろう(きっと)。だから(自分のように)松野の良さに気づかないに違いない(松野の良さを本当に理解しているのは自分だけだ)。松野は里伽子に自分の良さを理解されることなく振られてしまい、失恋するだろう。

 拓にとって、松野は「小説版」の言葉を借りるなら一人前の男である「マン」です。そんな松野の良さを里伽子は理解することなく、松野を振ってしまうに違いない。これこそが、拓の感じる「理不尽」なのです。

 そして、自分のように松野と友情を育んできたわけでない東京から来たばかりの転校生の里伽子が、松野の気を引いたあげく、最後に松野を失恋に追い込むだろう。そのことが、拓にとって「腹立たしい」のです。

 親友と思っていた松野を「トンビが油揚げをさらう」ように里伽子がさらっていってしまうことへの無意識の危機感。そこに里伽子に対する拓の「嫉妬」を感じ取るのは筆者だけでしょうか。

 今回、拓の高校時代の回想の中で、最初のシーンである「里伽子との出会い」「中学2年の修学旅行中止事件」について考察してきました。
(少し長くなってしまいましたが。)
 次回、里伽子の抱える陰の部分に気づき始める拓への考察を続けていきたいと思います。

ー今回のまとめー


高校時代の回想、最初のシーンについて

 「修学旅行中止事件」は、「ハワイ旅行への伏線」であるとともに、視聴者に拓と松野を印象づけるための「キャラ起て」のシーンである。
 松野に里伽子を紹介された時点において、拓はまだ里伽子に「好意」を抱いていない。松野が里伽子に好意を持ったことに気づいた拓は、里伽子に「関心」を向けるも、そこには、里伽子に対する拓の「嫉妬」が隠されていた。


※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 



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