『介護の料理人』あらすじ&第1話 【創作大賞2024:漫画原作部門】
あらすじ
現代日本、1流ホテル「ホテル桜花菊水」の総料理長であった徳冨 周(とくとみ ひろし)は、ウイルス禍の最中、不祥事の責任を負い、長年勤めた職場を追われる。
長年のホテル勤務と欧州修行を経て、料理人として腕を磨いてきた周は、新たな職場として介護業界を選ぶ。
都内の丘陵地に新設された介護老人福祉施設『樹愛ホーム』に、調理師長として赴任した周。
新米管理栄養士の島崎 双葉(しまさき ふたば)から、業界のイロハを教わりながら、新たな職場環境・同僚たちに悪戦苦闘しつつ、料理人として新たな境地を切り開く。
一癖も二癖もある介護施設の入所者やスタッフに、周は『介護の料理人』として今日もまた料理の腕を振るう。
『介護の料理人』
第1話 「料理人 ホテルから介護施設へ」
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扉絵イメージ:
主人公の徳冨 周(とくとみ ひろし)の上半身アップ。
右半身は、コック帽にネクタイ、ダブルの上着にエプロンのコック姿。
左半身は、フード付き帽子に白い作業服の上にエプロンの介護施設の調理員姿。
左右半身で別々の服装にすることで、ホテルのシェフから介護施設の料理人へと職場を変えたことを端的に表現している。
2―3ページ
字幕「半年前 東京 ホテル桜花菊水(おうかきくすい) 重役会議室」
総支配人の声「徳冨(とくとみ)くん…キミには"この件"の責任を取ってもらう!」
「ホテル桜花菊水」の重役会議室。
料理人の正装であるネクタイ、ダブルの上着にエプロンのコック姿の周が、コの字型の会議室の中央に直立姿勢で立っている。
右手にコック帽を握ったまま俯き、総支配人の言葉を聞いている。
周の顔は不織布マスクで覆われており、ウイルス禍真っ只中。
総支配人「弁解があれば聞こう…」
アームチェアに座り、上質な木目調の長机の上に両肘を突いて両手を組みながら、周の言葉を待つスーツ姿の総支配人。
白髪交じりの険しい顔つきの総支配人の顔も不織布マスクで覆われている。
字幕「徳冨 周(とくとみ ひろし) ホテル桜花菊水 総料理長」
周「ウイルス禍(この)の苦境の中…責任を取って辞めるのは…私だけで充分です!!」
顔をあげた周は、毅然とした表情で総支配人を見る。
総支配人「伝統ある"桜花菊水"のシェフ・ド・キュイジーヌ(総料理長)として…実に見事な心がけだよ…徳冨"前"総料理長!!」
皮肉交じりの上目遣いで周をチラリと見る総支配人。
擬音「ギュッ」
周は無念さから、右手で握ったコック帽をクシャクシャに握りしめる。
(回想終了・場面転換)
擬音「ブロロロ…」
周の声「あれから半年…」
東京郊外の良く晴れた小高い丘の上を周を乗せた路線バスが登っていく。
バスの音声案内「次は…介護老人福祉施設"樹愛ホーム"前…樹愛ホーム前…」
次の停車先を告げる音声案内が車内を流れる。
揺れるバスのつり革を左手で握る周は窓の外に顔を向ける。
周独白「あれが…新しい "職場"…か…」
バスの車窓から「樹愛(じゅあい)ホーム」の施設を、遠くを見るような眼差しで見つめる周。
樹愛ホームは、小高い丘の頂上付近に立つ木々に囲まれた地上3階立ての施設。
4―5ページ
字幕「ブロロロ…」
樹愛ホーム前のバス停でひとり下車した周。
周の背後を路線バスが音を立てて走り去っていく。
スーツ姿の周の右手には黒い大きなスーツケースが握られている。
樹愛ホームと書かれたコンクリート製の門柱の脇を通り、施設の敷地内を歩いて進む周。
施設内の通路はアスファルトで舗装されており、来客用の駐車スペースが通路の左右に設けられている。
擬音「!」
女性の声「ああっ~遅れるぅ~!」
敷地内を歩く周は、背後から女性の声がしたことに気づく。
擬音「ハァハァ」
字幕「島崎 双葉(しまさき ふたば) 新米管理栄養士」
周の同僚で管理栄養士の島崎双葉(しまざきふたば)が、ポニーテールの黒髪を揺らし、息を切らせながら駆けこんでくる。
大粒の汗を流すほど走るのに必死で、目の前の周の存在に気づいていない。
双葉は、白系のインナーに紺色のゆったりしたジャケット、細めの丈の短いジーンズとスニーカーを履いたアクティブカジュアルな格好。
介護施設で働いていることもあり、驚くほど化粧ッけのない顔。
アクティブリュックを背負い、両耳に無線イヤホンを着けている。
擬音「ハァハァハァ」
呼吸の乱れた身体を支えるように膝に両手を突いた姿勢で俯き立ちつくす双葉。
双葉は目の前のアスファルトが人影で揺れていることに気づく。
擬音「スッ…」
周「よろしかったら……」
穏やかな表情で男性向け使い捨て洗顔ペーパーを右手で双葉に差し出す周。
双葉「あっ…すみませぇ~ん」
愛想笑いを浮かべながら、差し出された洗顔ペーパーを1枚つまみ取る双葉。
双葉「ふぅ~生き返るぅ~♪」
居酒屋のおしぼりで入店早々顔を拭くオッサンのように、洗顔ペーパーで汗を拭う双葉。
擬音「ハッ!」
洗顔ペーパーを顔から離した双葉が何かに気づきハッとした表情になる。
双葉「あのぉ~ひょっとしてぇ…今日 赴任されるって聞いていた……」
気恥ずかしそうな表情で周を見上げる双葉。
周は、スーツの内ポケットに洗顔ペーパーをしまっている。
6―7ページ
周「"徳冨(とくとみ)" です…」
右手を双葉に差し出して笑顔で挨拶する周。
双葉「トク…トミ…?」
周の名字の徳冨という漢字がとっさに頭に出てこなくて、はてなと首をかしげる双葉。
両腕を胸の前で組んで、必死に徳冨という漢字を思い出そうとする双葉。
背景には、"とく"・"とみ"と変換できる漢字が浮かんでいる。
双葉の声「……トミーさん」
擬音「!」
初対面の双葉にいきなりあだ名で呼ばれて、オヤッとした表情の周。
双葉「トミーさんと呼んじゃダメですか!?」
頬を赤くして気恥ずかしそうに周に話しかける双葉。
周「………」
遠くを見るような表情で何かを思い出そうとする周の上半身アップ。
(画面暗転・周の回想)
西洋人の料理人「ヘイ! トミー~!」
周の回想。
周の脳裏には、若い頃の欧州修行時代、同じ厨房で働くシェフの格好をした若い料理人たちにトミーとあだ名で呼ばれていたころの情景が浮かんでいる。
(周の回想終わり)
双葉「あのう~……」
心ここにあらずといった周の顔を不安そうな表情で覗き込む双葉。
周「遠い昔…"そう"呼ばれていたことを思い出しましてね…」
うれしそうでもあり、どこか哀しくもある表情で双葉に語り掛ける周。
(画面暗転・時間経過)
8―9ページ
双葉「すっごぉ~い! トミーさん…あの"ホテル桜花菊水"で働いていたんですかぁ~」
厨房職員通用口から施設に入った双葉と周は連れ立って通路を歩いている。
周「ずっとホテル(厨房)で働いてきたもので…実は介護(この)業界 はじめてなんです…」
実の娘に語り掛けるようにやや俯き、気恥ずかしそうに双葉に語り掛ける周。
周「島崎さん…新人だと思って 万事よろしくご指導ください!」
年下の双葉にへりくだって頭を下げる周。
厨房勤務とはいえ、ホテルマンでもあった周のお辞儀は一分の隙もない。
双葉「しっ…"指導"だなんてぇ~ 私こそ入社2年目の新米なんですからぁ~」
指導だなんてムリムリと両手を広げて、必死に否定する双葉。
擬音「ガラガラ」
双葉「それよりトミーさん…"新米"オープニングスタッフ同士 一緒に頑張っていきましょう~!!」
女子更衣室のドアの引き戸を開けながら、周に顔を向けて笑顔で勇気づける双葉。
男子更衣室。
壁に沿うように並べられたロッカーに囲まれた室内には、休憩用のテーブルとイス、手洗い用の洗面台、全身を映し出す姿見の大鏡が設置されている。
周はテーブルの上に持ってきた黒いスーツケースを置く。
徳冨とネームが入ったロッカーを開ける周。
ロッカーには真新しい作業着一式がハンガーにかかっている。
身だしなみチェック用の鏡のついたロッカーの内側扉には、作業着着用の手順ポスターが掲示されている。
擬音「カチッ」
両手で黒いスーツケースの留め具を押してケースを開ける周。
ケースの中には、"相州一つ星刃物"と墨書された包丁セットとともに、周がホテルの厨房で着用していたシェフ服が折り畳まれて入っている。
ケースの中のシェフ服を懐かしむようにジーッと見つめる周。
10―11ページ
目を閉じた周の脳裏には、半年前までシェフ服を着て厨房で腕を振るっていた頃の情景が浮かんでいる。
包丁を握って肉をさばく周。
フライパンで具材を炒める周。
お玉を握りながら、小皿を口に含んで味見をする周。
左手で汗を拭いながら、火のついた大鍋をお玉で煮込む周。
周と同じシェフ服を着た40台前半の女性(亡き妻)と笑顔で笑い合う周。
擬音「ザッ」
周独白「今日から…」
ロッカーの小鏡を見ながら、周は作業服に袖を通していく。
不織布マスクをつけたままフードつき調理帽をかぶる。
擬音「シュッ」
周独白「これが…」
長袖のダブルの作業服に袖を通す。
擬音「ギュッ」
周独白「自分の…」
背中に両腕を回してエプロンを結ぶ。
周独白「作業服(ユニフォーム)!」
更衣室の姿見の前に立ち、服装チェックをする作業着姿の周。
新たな職場での初陣を前に、闘志がみなぎっている。
(時間経過・場面転換)
施設長の声「え~…というわけで…」
ピカピカのステンレス製の什器や調理器具が置かれている真新しい厨房。
周を紹介する施設長の声が響く。
施設長の声「今日から"調理師長"として皆さんと一緒に働く…」
フード付き調理帽に不織布マスクを着けた作業服姿の調理員の男女が厨房の通路に整列している。
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施設長「徳冨(とくとみ)…周(ひろし)さんです!」
フード付き調理帽に不織布マスクを着けた作業服姿の双葉と施設長の間に立つ周。
擬音「バッ」
直立不動の姿勢から一歩前に出て、ホテルマンとして身に着けた丁寧な会釈をする周。
字幕「大友 克平(おおとも かっぺい) 樹愛ホーム施設長」
大友「え~ 徳冨さんは日本を代表する かの"ホテル桜花菊水"で "シェフ・ド・キュイジーヌ"をつとめられ…」
周の履歴をまとめたカンペを片手に、メタルフレームのツルに指を添えながら、大友があがり口調で周を紹介している。
大友の声「え~ 厨房設計のご経験もある…」
感心の眼差しで隣に立つ周を見つめる双葉。
擬音「ヒソヒソ」
女性調理員A「ねえ "シェフ・ド・キュイジーヌ"って!?」
女性調理員B「厨房の総責任者…"総料理長"のことよ~」
調理員のおばちゃん2人が不織布マスクを着けた顔を合わせてヒソヒソ話をしている。
女性調理員Aの声「へぇ~ すごぉ~い!」
感心の声を挙げるおばちゃんたちの背後で、不織布マスクを着けたヤンチャな若手調理員男性が挑戦的眼差しで不敵な笑みを浮かべている。
大友の声「え~…というわけで 皆さんはオープニングスタッフとして…」
カンペを読みながら、メタルフレームのツルに指を添え、挨拶を続ける大友。
若手調理員の声「1流ホテルで磨いた料理の腕前…俺たちに見せてくれませんか?」
擬音「!」
驚いた表情の双葉と、怪訝そうな表情の周。
擬音「ザワッ」
厨房にいる全員の視線が若手調理員に集まる。
若手調理員は自信タップリにドッシリと腕組みして立っている。
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若手調理員「"桜花菊水"って言ったら1流ホテルっしょ? 是非 オレたちにプロの"お手本"を見せてくださいよぉ~!」
挑発的な視線を周に向けながら、周囲の同僚たちに語り掛ける若手調理員。
擬音「ザワッ…」
女性調理員A「ええ…いいわねぇ~」
女性調理員B「1流ホテルの味…是非堪能してみたいわぁ~!」
若手調理員の言葉に呼応するように、うれしそうな表情でお互い顔を見合わせて話すおばちゃん調理員たち。
双葉「ちょっ…ちょっと…」
ざわつく調理員たちをなだめようとする不安な表情の双葉。
擬音「!」
大友「まあまあ…島崎さん…」
声をかけられ、横に立つ大友に顔を向ける双葉。
擬音「チラッ」
大友「今日はオープンに向けた…メニューの試作と試食日だったわけですし…」
斜め前に立つ周の後ろ姿に視線を向ける大友。
大友の声「徳冨さんさえよろしければ……」
双葉独白「トミーさん…」
不安な表情で周の後姿を見つめる双葉。
周囲の期待と双葉の不安を余所に、真剣な表情で無言のまま立ちつくす周。
周独白「あの頃と……同じだ…」
腕組みして挑発的な視線を向けている若手調理員や、周の料理の腕前に憧れと期待を寄せる女性調理員たち。
(画面暗転・周の回想)
挑発と期待の入り混じった光景を見て、周は若い頃の欧州修行時代の光景と重ねる。
厨房でコック服姿の若い西洋の料理人たちが腕組みしたり、斜に構えたりして挑発的な視線を向けている。
(周の回想終わり)
周「ふぅ……」
騒ぎ出した料理人の血を静めるかのように眼を閉じ、肩の力を抜いて軽く息を吐く周。
周独白「"新参者"が周囲を黙らせるには "腕(実力)"をしめすしかないってことか…」
眼を開き、キッと決意に満ちた眼差しの周の顔のアップ。
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周「島崎さん…」
擬音「!」
背後を振り返り、双葉に声をかける周。
双葉は、周に声をかけられてハッとした表情を見せる。
擬音「ニコッ…」
周「少々…お手伝いをお願いできますか?」
双葉の不安を察していたかのように、マスク越しに笑顔を見せる周。
双葉「はっ…はいっ!!」
両手でガッツポーズをして周の申し出に応える双葉。
厨房の壁のホワイトボードに掲示されたメニュー表を見る周。
メニュー表のアップ。
サンプルメニュー 10人前+検品1
洋風オムライス チキンスープ ほうれん草の和え物
ポテトサラダ ヨーグルト
周独白「厨房は "戦場"だ!!!」
頭の中で完成し盛りつけされたメニューのイメージを想い描く周。
完成形から逆算した調理の工程がメドレーとなって周のまわりに描き出されている。
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擬音「ドタ バタ!」
厨房を食材の入ったトレーやボウルを持ち、右から左へと慌ただしく行き来する双葉。
双葉と対照的にまな板の上の食材を淡々と手際よく包丁で切る周。
「モタ モタ」
包丁でジャガイモの皮を剥こうとするが、不慣れで悪戦苦闘する双葉。
※目の前に皮むきピーラーがあるにも関らず、双葉は自分で料理しないので気づかない。
擬音「!」
ほうれん草を水で洗う傍ら、隣のコンロで鍋に湯を沸かす周。
双葉の作業するテーブルに顔を向けると皮むきに手こずっているのに気づく。
管理栄養士にも関わらず素人同然の双葉を見て、叱ろうともせず、実の娘を見守る父親のように穏やかな笑みを浮かべて見つめる周。
女性調理員A「見ちゃいられないわね…」
双葉のヘタさを見かねた調理員Aがため息交じりに呆れ顔で双葉の様子を見ている。
擬音「アッセ…アッセ…」
周りも見えないくらい包丁での皮むきに一生懸命の双葉。
額から汗がにじみ出ている。
テーブルの上には、皮むきピーラーが置かれたまま。
皮むきピーラーに手を伸ばす女性調理員Aの右手のアップ。
擬音「!」
女性調理員A「皮むきは "ピーラー(これ)"を使うのよ♪」
ピーラーでジャガイモの皮を剥いて見せてあげる女性調理員A。
女性調理員A「お母さんに教わらなかった!?」
双葉「実は…小さい頃 母を亡くしてましてぇ~」
擬音「あら そうだったの~!」
ピーラーを持ちながら双葉に笑顔で語り掛ける女性調理員A。
右手で包丁を握ったまま、申し訳なさそうに笑顔で左手で後頭部をかいてみせる双葉。
※次回以降のストーリーの隠れた伏線。
双葉の両親は幼い頃に震災によって亡くなったことが後に明らかになる。
20―21ページ
女性調理員Aが沸騰した鍋からシャモジでアクを取っている。
その隣で女性調理員Bは、鍋に具材(人参、セロリ、玉ねぎなど)を入れている。
擬音「ジャァー」
油をひいたフライパンでシャモジを使ってたまねぎを炒める周。
家庭用コンロと違い、業務用コンロのため段違いの火力が吹き出し口から出ている。
擬音「ゴオォォ……」
擬音「!?」
周の真後ろの天井に据え付けられた、厨房用天吊形業務用エアコン。
通風孔からすごい勢いで冷気が周の背中に吹きつけてくることに気づき、ハッとする周。
擬音「ゴオォォ……」
周「………」
振り返った周は、一際険しい表情で業務用エアコンの通風孔を見つめる。
双葉独白「徳冨(トミー)さん……?」
擬音「バタン!」
通風孔を見つめる周を不思議に思う双葉。
同時に厨房の出入口ドアが音を立てて開く。
擬音「!」
内側に開かれた両開きドアから、作業着に濃紺のスラックスと茶色の革靴を履いた理事長の息子で介護施設の主任設計士の土井 勝巨(どい まさなお)が数人の作業着姿の取巻きを引き連れてドカドカと厨房に視察に入ってくる。
土井たちは全員、周たちのように衛生な服装をしていない。
不敵な面構えの土井の顔のアップ。
作業服を着た上半身のアップ。
濃紺のスラックスと茶色の革靴を履いた下半身のアップ。
通路で立ち止まり、厨房の設備を指さしながら、取巻きに説明している土井。
22―23ページ
擬音「ザワザワ…」
不衛生な格好で厨房に入ったきた土井たちにざわつく厨房スタッフたち。
擬音「!」
大友の声「これは…これは…土井先生!」
呼びかけに気づき、チラリと一瞥(いちべつ)する土井の顔のアップ。
大友「今日は どんなご用向きで!?」
媚びへつらうように身を屈めてもみ手しながら、笑顔で土井に声をかける施設長の大友。
擬音「ムカッ!」
双葉「ちょっと…何ですぅ~あの"連中"!?」
傍若無人な振る舞いの土井にペコペコする大友の姿を見て、眉をキッと怒らせる双葉。
双葉「!?」
若手調理員「土井 勝巨(どい まさなお)…"樹愛ホーム"(ここ)の理事長の息子で」
面白くなさそうな目で吐き捨てるように土井の人物像を口にする若手調理員。
若手調理員の声「施設(ここ)を設計した…1級建築士様ッスよ!」
取巻き連中に囲まれて自慢気に高笑いする土井。
土井「どうです~素晴らしいでしょう~!」
取巻きとともに、通路を問題の通風孔のあるコンロの前に向かって歩いてくる土井。
擬音「!?」
立ちふさがるように、コンロの前でたちつくす周。
先程までコンロの上にあった鍋はすでに余所にどけられている。
いつでも再点火できるように、周の右手はコンロのツマミに添えられている。
擬音「ギロリ」
周「コンロの前(ここ)に…立ってみろ!!!」
怒りを押し殺した鋭い眼差しを土井たちに向ける周。
土井「何だと 貴様…誰に向かって…」
怒りにまかせて周の作業服の胸倉を鷲掴みする土井。
擬音「カチッ」
コンロのスイッチをひねる周の右手のアップ。
24―25ページ
土井の目の前で点火した最大火力のコンロが高々と火炎をあげている。
周の胸倉を鷲掴みしたまま、突然現れた炎に目を奪われる土井。
擬音「ゴオォォォ…」
土井「うおっ!」
周から離した両手を顔の前にかざし、怯むように後ずさり、炎から逃れようとする土井。
業務用エアコンの通風孔のアップ。
勢いよく風がコンロに向かって吹きつけてくる。
擬音「!」
背後から吹きつけるエアコンの冷気に、驚いた顔で後ろを振り返る土井。
周「前面の"熱気"に 後面の"冷気"……コンロの前(ここ)で調理をしている人間は たまったもんじゃない!!」
設計ミスを突きつけるように、天井の業務用エアコンを指さし、土井に向かって啖呵を切る周。
土井「………」
周の指摘に、ハッとした表情で自分の設計ミスに気づく土井。
取巻きの前で恥をかかされたと思い、肩を震わせ周を睨みつける土井。
擬音「ドカッ!」
土井「設計の"イロハ"も知らない素人のくせに~」
怒りにまかせて、火炎をあげたままのコンロに周を押し立てようとする土井。
26―27ページ
周「キミこそ…"厨房"で調理 したこともないでしょう!?」
左手で土井の右手首を握りつぶさんばかりに鷲掴みする周。
静かだが深い怒りをたたえた瞳で土井を見つめている。
周の背後には、内面の怒りを表現するかのようにコンロの火炎が燃え上がっている。
止めに入ることもできずに、固唾を飲んで2人のやり取りを見つめる双葉と大友。
理事長の声「いい加減せんかぁ~バカ息子がぁ!!」
双葉たちとともに事態を見守っていた調理員たちが一様に厨房入口を振り返る。
調理員たちの声「理事長!?」
フード付き調理帽と不織布マスクに作業服を着た理事長の土井勝之(どいかつゆき)が背中に両手を回した姿勢で厨房入口にたちつくしている。
字幕「土井 勝征(どい かつゆき) 樹愛ホーム理事長」
父親として不肖の息子に厳しい眼差しを向ける理事長の顔のアップ。
土井「おっ…親父!?」
驚いた表情で振り向く土井の顔のアップ。
理事長の声「徳冨クンは…半年前まで"桜花菊水"のシェフ・ド・キュイジーヌ(総料理長)で…」
徳冨の経歴を理事長から聞かされて呆気に取られている土井の取巻きたち。
理事長の声「ホテルリニューアルの折…厨房の設計も手がけられた……」
呆気に取られた表情の土井。
取巻きA「徳冨って…まさか…」
取巻きB「あの…」
互いに顔を見合わせる土井の取巻きたち。
28―29ページ
取巻きAの声「名建築家 "一栗晴高(いちくりはるたか)"の厨房監修者で有名な!?」
整然としたシティホテルの厨房のイメージ。
周「一栗(かれ)とは古い友人(幼馴染)でね……」
自慢するでもなく、溜息混じりに呟く周。
理事長「視察(厨房)に来るなら…」
理事長「キチンとした格好(作業服)で 出直してこんか~!」
息子の土井と取巻きたちを一喝する理事長。
一様に肩を落とし、スコスコと厨房をあとにする土井と取巻きたち。
周独白「理事長……」
厨房の通路にたちつくす理事長に感謝の眼差しを向ける周。
左目でウインクしながら、茶目っ気タップリに右手でVサインして感謝に応える理事長。
擬音「パンパン」
周「時間を取られましたが…料理 完成させましょう!!」
手を叩き、スタッフに指示を出す周。
スタッフ一同「ハイ!」
双葉や女性調理員A・B、周に挑発的な態度を取っていた若手調理員までが、笑顔で周の指示に応えている。
温かい眼差しで見守る理事長。
(時間経過)
30―31ページ
完成したサンプルメニュー。
洋風オムライス・チキンスープ・ほうれん草の和え物・ポテトサラダ・ヨーグルト10人前がトレーにのって厨房のテーブルの上に置かれている。
擬音「パチパチパチ」
サンプルメニューといえ、厨房ではじめて料理を完成させたことを讃え合い、調理員の男女から自然と拍手がわきおこる。
大友「ささっ…理事長も どうぞ どうぞ!」
施設長の大友がもみ手をしながら、笑顔で理事長に声をかける。
不織布マスクをずらし、小皿の洋風オムレツをガツガツと貪り食べる若手調理員。
小鉢のほうれん草の和え物を笑顔で舌鼓をうつ施設長の大友。
小皿の洋風オムレツと器のチキンスープを試食しながら、ウットリした表情の女性調理員A・B。
小鉢のポテトサラダをスプーンで頬張る笑顔の理事長。
小皿の洋風オムレツとスプーンを持ちながら、ふと顔をあげる双葉。
32ページ
テーブルに右手をついた姿勢で、厨房を見渡している周。
憧れの眼差しで周を見つめる双葉。
周独白「今日からここが…新しい仕事場(厨房)……」
テーブルの上のまな板の上に置かれた周の使い込まれた和包丁。
和包丁の棟に"相州一つ星"の銘が刻まれている。
第1話終わり
第2話 「料理人 三つ子の魂と故郷(オフクロ)の味」(前編)
『介護の料理人』第2話 【創作大賞2024:漫画原作部門】|Unknown comic story writer (note.com)
第3話 「料理人 三つ子の魂と故郷(オフクロ)の味」(後編)
『介護の料理人』第3話 【創作大賞2024:漫画原作部門】|Unknown comic story writer (note.com)