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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その23 武藤 里伽子は杜崎 拓をいつ好きになったのか? パート1

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回まで十数回にわたって、主人公である拓の視点から「アニメ版 海がきこえる」を考察してきました。

 今回より、ヒロインである里伽子の視点で『海がきこえる』のストーリーや拓への想いを考察していきたいと思います。

「武藤 里伽子は杜崎 拓をいつ好きになったのか?」です。

それでは、順を追ってみていきましょう。なお、拓に関する考察同様に、「アニメ版」のストーリーに沿って考察していきます。該当する過去の記事をどうぞ合わせてお読みください。

〇関連記事:『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その6


「小説版」で里伽子は拓をいつ好きになったのか?ー告白から滲(にじ)み出る里伽子の個性ー


 結論から言えば、「小説版」で里伽子が拓に「好きかもしれない」と告白するのは、「海きこ」第六章251ページ。東京ドームでの野球観戦にかこつけての初デートの帰り道、腕をからめてきた里伽子が前触れなく「好きかもしれない」と告白するシーンです。
 すでにアパートを訪ねてきた拓の口から、「好き」という気持ちを聞いていた里伽子でしたが、なぜか「好きかもしれない」と曖昧な言葉で拓に気持ちを伝えています。

 里伽子の「居場所」である拓に「好き」という気持ちを(わざわざ)肯定してもらいたいという、里伽子の「甘え」「照れ」「意地」といった感情が見え隠れするやりとりです。

「(好き)かもしれない」という不確かな告白の背景にあるものはなんでしょうか?

 「好き」というヒネリのない言葉だと、告白を聞いた拓本人ならともかく、読者である私たちにとって全然面白くありません。
 なぜなら、「好き」という言葉だけでは、読者に里伽子の個性が伝わってこないからです。特に「拓」と面と向かってやりとりするときの里伽子の個性(性格)である「意地っ張り」「ズレた(すれ違う)部分」が。

 このシーンの少し前で、里伽子は、「父親に意地を張って独り暮らししている」・「高知に転校してから世間からズレてしまった。東京に戻ってからもズレたまま。」だという「本音」を拓に打ち明けます。
(「海きこ」第六章 249ページ~250ページ)

 そして里伽子は、(以前好きだと告白してくれた)拓に「意地っ張り」「ズレた」自分自身の個性を打ち明け、「好きかもしれない」と曖昧な言葉を使うことで、「杜崎くん、あなたはこんなあたしのこと、好きなの?」と気持ちを投げかえし問いかけているのです。

 拓の里伽子に対する答えも、「拓」らしい「個性的(ヘン)」な答えでした。拓は、里伽子の「意地っ張り」「ズレた」個性をずっと前から知っていて、そんな里伽子のことを好きになったのです。

 「意地っ張り」な里伽子は、拓に再度答えを求めますが、拓の言葉は、「きっと、そうだよ」とあやふやな言葉でした。里伽子の求めていた答えとは違っていたかもしれません。
 ですが、そんな里伽子も、拓の「あやふやなところ」「ヘンなところばかりを見てくる」という「個性」をまた好きになったのです。


「アニメ版」で里伽子は拓をいつ好きになったのか?ー考察の手がかりは、「海きこ2」とアニメの「第三者視点」ー


 「アニメ版」は、ストーリーと構成が変更された影響で、拓と里伽子の大学生活がほとんど描かれていません。また、「小説版」のような里伽子の告白シーンも存在しません。
 そのため、「アニメ版」で里伽子が拓をいつ好きになったのかは、拓の高校時代の回想に登場する里伽子の描写から読み解いていく必要があるのです。(それは、同時に「小説版」における里伽子の高校時代の拓への想いを明らかにしていくことでもあります。)

 考察の手がかりとして、まず拓についての考察で引用した「海きこ2」で何度か里伽子が高校時代の気持ちを拓に打ち明けている描写を用いることができると思います。
 また、「アニメ版」がカメラによる「第三者視点」に変更されたことで、里伽子の細やかな仕草から里伽子の感情が「小説版」より掴みやすくなっていることも重要な手がかりとなります。 

それでは、早速、「アニメ版」オープニングシーンから見ていきましょう。


里伽子は中央線下り電車でどこに行こうとしているのか?ー「アニメ版」里伽子の高知帰省を考察するー


 「アニメ版」オープニングの持つ意味や「謎」について、以前考察した通りです。冒頭で里伽子が登場するのは、エンディングのための「伏線」と、未見の視聴者に向けた「謎」の提示のためです。

 このシーンにおいて、里伽子の感情を読み取れるものは何もありません。ただ、筆者は、このシーンで気になる点が1つだけあります。それは、「アニメ版」里伽子はJR吉祥寺駅から中央線下り電車でどこに向かおうとしていたか?という「謎」です。
 「小説版」は、里伽子は高知の母親から贈られてきた飛行機のチケットを使って、高知に帰省しています。しかしながら、「アニメ版」では、どの交通手段で里伽子が高知にたどり着いたのか明確に描かれていないのです。

 そこで、「アニメ版」における里伽子の旅の経路を考察してみたいと思います。

 「アニメ版」、拓が帰省した高知での同窓会シーンの清水と小浜のセリフから、拓が高知に帰省した日(同窓会の前日)に里伽子が2人と会ったことがわかります。(「小説版」の記述から拓が帰省したのは8月であることから「アニメ版」もそれに準じていると推定します。)

 里伽子が清水と再会したのは、帯屋町アーケード街にある高知大丸の「アイスクリーム屋の前」。里伽子が小浜と再会したのは、高知大丸裏の「カラオケ店の前」です。
(具体的なロケーションについては、「過去の考察記事」のマップをご覧ください。)

 一般にデパート・百貨店の営業時間から、清水と再会したのは10時~20時の間であることが推定できます。
(営業時間外にバッタリ会ったという可能性も捨てきれませんが。)

また映像から、小浜とカラオケ店前で再会したのが日の入り後の「夜」の時間帯だということがわかります。
(拓と里伽子が帰省した8月の高知の日の入りが「18時50分前後」であることから、小浜と再会したのは、それ以降の時間だと推定できます。)

参考:「日の出・日の入りマップ」(高知県)
https://hinode.pics/state/code/39

 交通手段は、「鉄道」「飛行機」が考えられます。
(「高速バス」は、所要時間と、当日の里伽子の行動との矛盾から除外)

 「鉄道」の場合、新幹線で岡山まで向かい、岡山からJR南風に乗れば、約7時間ほどで高知にたどり着きます。
 「飛行機」の場合、羽田空港から高知空港までが約1時間30分~1時間45分ほど。高知空港からバスではりまや橋まで約40分ほどで高知市内にたどり着きます。

参考:「格安移動」(東京→高知)
https://idou.me/search/all/tokyo/kochi-station-kochi

参考:「海がきこえるを歩く」
http://akinori-naka.a.la9.jp/

 朝早い時間帯に東京を出れば、里伽子が鉄道を利用したとしても矛盾なく清水と小浜に再会することが可能です。ただ、里伽子が清水と小浜に再会したのは、あくまで「偶然」(物語上では必然なのですが)の出来事でした。  里伽子は、翌日、同窓会で拓たちに再会することなく東京に戻っていることから、「何か別の目的」で高知に帰省していたことになります。
「別の目的」を果たしたあと、時間的余裕がなければ、街をぶらつくことはなかなか難しいでしょう。

 よって、「小説版」同様に「アニメ版」の里伽子は、時間的余裕のある飛行機で高知に向かったと推定できるのです。

 それでは、里伽子が羽田空港から飛行機で高知に向かったとして、なぜJR吉祥寺駅で中央線下り電車に乗車しなければならなかったのでしょうか?
 まずは、吉祥寺駅が「アニメ版」オープニング&エンディングの舞台となった背景を見てみましょう。

 「アニメ版」のオープニングシーンが「駅」になったのは、アニメ化に伴い拓と里伽子の大学生活を描くことが困難になったことが背景にあります。
 「小説版」の拓と里伽子が再会するシーンがなくなってしまったために、どうにかして大学生となった拓と里伽子のすれ違いをアニメ冒頭に演出し、視聴者に印象づける必要が出てきました。
 「アニメ版」のスタッフが出した答えが、アニメ冒頭に「駅」で拓と里伽子をすれ違いさせることで、エンディングへの長い「伏線」「謎」を用意するというやり方でした。

参考:DVD特典 座談会「あれから10年、僕らの青春」

 JR吉祥寺駅が「すれ違い」の舞台に選ばれたのは、当時のスタジオジブリが吉祥寺にあったためです。
(また、吉祥寺は、「小説版」の拓の住む「石神井公園」と里伽子の住む「豪徳寺」のちょうど中間に位置しています。)

 つぎに、里伽子が中央線下り電車に乗車した理由を考えてみます。

 もちろん、羽田空港に向かうためなのですが、なぜ「下り」電車なのでしょうか?
(ちなみに、「アニメ版」で拓が乗車した電車は「上り」です。新宿と池袋を経由してアパートのある石神井公園に帰宅する途中だったのでしょう。)
 里伽子は、高校のゴールデンウィークの東京行きの際、羽田空港から東京モノレールとJR山手線、小田急線を乗り継ぎ、父親のマンションのある成城に向かっています。
 「小説版」の記述にある通り、里伽子の住む豪徳寺も小田急線沿線です。 普通であれば、慣れた路線で空港に向かうはずです。

 JR中央線下り電車が向かうのはJR立川駅です。里伽子は、そこからJR南武線でJR川崎駅(神奈川県)に向かい、京浜急行に乗り換えて羽田空港に向かったのでしょうか?
 あるいは、川崎駅からバスで羽田空港に向かったことも考えられます。

 それでも、里伽子の行動は明らかに「遠回り」になるのです。

 ここまで、JR中央線下り電車でも、「遠回り」することで里伽子が羽田空港にたどり着くことができることを考察してきました。
 「アニメ版」冒頭の里伽子の行動は、アニメ化に伴うストーリーと構成の変化の影響が「不自然」な形で残っているといえるでしょう。

 結局、「アニメ版」のスタッフが、下り電車に乗車する不自然さに気づいていなかったのか。
 あるいは、不自然さに気づいていて「あえて」すれ違いを優先させるために、里伽子を下り電車に乗車させたのか?

 「アニメ版」における永遠の謎の1つです。

今回、「小説版」里伽子の告白シーンと、「アニメ版」冒頭の不自然な里伽子の行動について考察しました。

次回、「アニメ版」里伽子の高校時代を考察していく予定です。


今回のまとめ

 「里伽子は拓をいつ好きになったのか?」

 「小説版」は本文に答えが書かれているが、「好きかもしれない」という曖昧な告白には、里伽子の個性を強調するための仕掛けが隠されていた。
 「アニメ版」は、明確なシーンが存在しないために、里伽子の高校時代の回想を丁寧に追っていく必要がある。
 「アニメ版」冒頭の里伽子の不自然な行動には、アニメ化に伴うストーリーと構成の変更による影響が「不自然な形」となって残っている。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 


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