記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その19 杜崎 拓は武藤 里伽子をいつ好きになったのか? パート12

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

その18のページへ


 前回、衝突する拓と里伽子の前半部分を考察しました。
 今回、その続きとなる後半を考察していきたいと思います。
まずは、引き続きこのシーンにおける、「拓の里伽子に対する気持ち」について見ていきましょう。

〇廊下で対峙する2人。拓は松野に対する仕打ちへの怒りと、迷惑しているのが自分だということを里伽子に伝える。(外面への反感)
〇里伽子のことを最低だという。里伽子に平手打ちされて思わず平手打ちを返してしまう。(内面への反感)
〇以後、里伽子とほとんど口を利かなくなる。(絶好状態)
※シーン説明のあとの( )は、拓が里伽子に抱く感情をあらわしています。


「なによ…」と「なによ!」ーまったく別の意味を持つ里伽子の2つの同じセリフー


 呼び出された先の廊下で拓は、里伽子と向き合って話を続けます。里伽子は拓から視線を外して窓の外を向いたままです。

拓「お前 松野に東京で同じホテルに一泊したちゅうて 言うたがやとな」
里伽子「言ったわよ」

 拓は、里伽子に対してにじり寄りながら、松野に東京での出来事を話したことを問いただします。

拓「押しかけてきたがはお前じゃろ 変なこと言われて迷惑しゆうがはこっちぞ!」
(里伽子は、ここでようやく拓の方に顔を向ける)
里伽子「なによ!」(驚いたのち、怯(ひる)んだような表情をする)

 それまで窓の外を見て拓に顔を背けていた里伽子が、拓の言葉で一瞬驚いたのち、怯んだ表情を拓に向けます。

 このシーン、里伽子は、「なによ」というセリフを2回言います。

 1回目の「なによ…」は、前回の考察で触れたように、教室に入ってきた拓に話があると呼びつけられた時のセリフです。
 ここでの「なによ…」は、「どうしたの?何か用?」という言葉に置き換えられるセリフで、特に違和感を感じない自然な反応です。
(「アニメ版」の里伽子は拓に呼びつけられて、凄く機嫌悪そうですが)

 ですが、2回目の「なによ!」は、1回目と同じセリフでも明らかに里伽子の反応が違っています。「え?何を言っているの?どういうこと?」という言葉に置き換えられるセリフで、里伽子は明らかに拓の言葉に「戸惑い、驚き、怯んで」いるのです。
(「アニメ版」の里伽子の表情には、ほんの一瞬なのですが、「困惑」「かなしみ」が読み取れます。)

 「小説版」で、里伽子の戸惑う姿を拓はこのように述懐しています。

 里伽子はひるんだように、上目遣(うわめづか)いにぼくを見た。それまで、里伽子はぼくのことを使い勝手のいい、便利な、気のいい男だとしか思っていなかったはずだ。パシリのような男と思っていたヤツが、ふいに強気に出てきたので、心底、びっくりしているようだった。
「海きこ」第四章 188ページより引用 

  里伽子が戸惑う理由を「拓なりに想像した」述懐なのですが、果たして「拓の想像」が里伽子の戸惑う本当の「理由」なのでしょうか?

 里伽子の「戸惑い」は、拓のセリフから発生しています。もう一度、よく見てみましょう。

拓「押しかけてきたがはお前じゃろ 変なこと言われて迷惑しゆうがはこっちぞ!」

 冒頭の「押しかけてきたがはお前じゃろ」は、GWに拓と里伽子が東京に行った際、ホテルの拓の部屋に(里伽子の父親のマンションでの出来事で)傷ついた里伽子が泣きながら飛び込んできた事実を指しています。
 ただ、問題はこのあとに続く「変なこと」「迷惑」という言葉です。

 拓の言う「変なこと」「迷惑」は、具体的に何を意味しているのでしょうか?


「変なこと言われて迷惑しゆうがはこっちぞ」ー拓は里伽子に何を言おうとしたのか?ー


 筆者は、拓が(おそらく無意識のうちに)「3つの視点」から「変なこと」「迷惑」というセリフを里伽子に話していると考えます。

〇里伽子が松野に東京で同じホテルに一泊した事実を告げたことへの視点。

〇里伽子が松野を「ゾッとする」というヒドイ言葉で振ったことで、傷ついてどん底に落ちた松野の成績が下がってしまったことへの視点。

〇里伽子の松野への「ゾッとする」という言葉を聞いた拓自身の視点。

 1つ目の視点は、拓と里伽子の東京行きに軸を置いた視点です。
 GWの東京行きが同級生たちの心ない「噂」になる中、里伽子が松野に「東京で同じホテルに一泊した」と自分から打ち明けたことは、拓にとって「変なこと」でした。
 「高校生の男女が同じホテルに一泊する」というのは、言葉だけを見れば、誤解を生みだしかねない言葉です。それなのに里伽子は、拓の親友である松野にアッサリと打ち明けてしまった。このままでは、里伽子に惚れている松野が誤解してしまうかもしれない。だから拓は、「迷惑」だと言っているのです。

 2つ目の視点は、里伽子に振られた親友の松野が傷ついたことに軸を置いた視点です。
 拓と里伽子の東京行きの話を聞いた松野は里伽子に告白しましたが、里伽子に振られてしまいます。里伽子が松野を振ったときのセリフ、

里伽子「高知も嫌いだし 高知弁喋る男も大嫌い! まるで恋愛の対象にならないし そんなこと言われると ゾッとするわ!」

は、過去の考察で触れたように「まわりくどい言い方」でした。里伽子に「変なこと」を言われてしまった松野は、受験生にとって致命的な成績が低下してどん底に追い込まれてしまいました。松野との友情を何よりも大事にする拓にとって、親友の松野が傷つけられたことは「迷惑」以外の何物でもなかったのです。
 これまで考察してきたように里伽子に対して「ヤキモキ」して「同情」「好意」を寄せてきた拓であっても、

松野>里伽子

という形は、動かしがたいものでしたーあくまでこの時点においてですが。

 3つ目の視点は、松野が里伽子に振られたときのセリフ(2つ目の視点で引用した里伽子のセリフのことです)を聞いた拓の視点です。
 過去の考察で触れたように、里伽子の「まわりくどい言い方」は、松野のみならず、拓に対しても当てはまるものでした。

 これまでの考察で見てきたように、拓は里伽子に振り回されっぱなしでした。それでも、拓が里伽子のことを受け入れてきたのは、里伽子の境遇に「同情」し、「ヤキモキ」しながらも、里伽子のために何かをしてあげたいと思ったためでした。
 ですが、里伽子の言った「変なこと」は、(結果として)里伽子の想いと裏腹に拓のことも傷つけて否定してしまいました。松野が傷つけれたことも手伝って、拓の心の中に里伽子への想いで抑え込んでいた「苦労」や「苛立ち」といった「憎」の感情が溢れ出てしまったのです。

拓「お前のおかげで えらい迷惑したがぞ」

 「憎」の感情は、拓の東京行きを「プラス」から「マイナス」な出来事にするとともに、東京行きのシーンで里伽子のためにしてあげた「さまざまなこと」を「イヤなこと」(迷惑)に変えてしまったのです。

 拓の「変なこと」「迷惑」という言葉には、3つの視点それぞれの「変なこと」「迷惑」に対する拓の思いが隠されていたことが明らかになったと思います。

では、「変なこと」「迷惑」という複雑な意味の込められた拓の言葉を受け取った里伽子は、どのようにその意味を受け取ったのでしょうか?


「ずいぶん友だち思いじゃない! もういいでしょ!」ー里伽子が拓の大切にしているモノを知った時ー


 里伽子「なによ!」

 拓に「変なことを言われて迷惑した」と言われた里伽子が、「戸惑い、驚き、怯んだ」のはすでに見てきたとおりです。
 里伽子の戸惑いの理由ーそれは、拓の複雑な意味の込められたセリフにありました。
 拓の言葉を聞いた里伽子は、戸惑いながらも(無意識のうちに)「東京行きでの出来事」をこのように考えたのでないでしょうか?

 拓は、ホテルの部屋に飛び込んできた私を受け入れてくれた。かなしみに沈む私を励ますために飲み物を作ってくれて愚痴も聞いてくれた。何よりも私のかわいそうな境遇をわかちあおうとするかのように、不便で窮屈なお風呂で眠ってくれたりもした(朝起きた時不便だったけど)。岡田君に紹介したときも、私ことを思ってティールームに来てくれた(途中で怒ってかえっちゃったけど)。私は拓に向かって「ひどい東京旅行になったね」と口にしたけれど、拓にとっても「迷惑」したと思うほど、”本当に”「ひどい東京旅行」だったのだろうか?もし、拓にとって本当に「ひどい東京旅行」だったなら、心ない同級生たちの「噂」になった時点で「迷惑」だったと私にいってくるのではないだろうか?と。

 過去の考察で触れたように、里伽子は高校生の時点で、拓が自分に好意を抱いていることに気づいていました。
(それが”いつ”なのかは、のちに考察していきたいところですが。)
 ただ、東京行きで見せた拓の好意(お節介)から考えて、東京行きでの出来事は、拓のいう「迷惑」にはどうも当てはまらない気がします。

 次に里伽子は、拓の言葉にある「松野に東京で同じホテルに一泊したと告げた出来事」(松野をまわりくどい言葉で振ったこと)を思い浮かべます。

 周囲の心ない「噂」に嫌気がさしていた私に対して、彼(松野)は無神経にも(拓と)東京で同じホテルに一泊したのかと聞いてきた。怒りにまかせて反発したら、彼(松野)は私に告白してきた。彼の告白を聞いて私の心に浮かんできたのは拓だった。拓が私に好意を持っていることに薄々気づいていたけれど、拓は私の変なところばかりみてくる。そのこともあって、彼(松野)に「まわりくどい言い方」で嫌いと言ってしまったのかもしれない。拓が「変なこと」といっていたのは、このことなのではないだろうか。拓は、拓にとって友人である彼(松野)が、私の言った「変なこと」で傷ついてしまったから、自分のことのように彼(松野)を心配して「迷惑」したと言っているのだろう。でも、拓は彼(松野)との友情よりも、私に対するお節介(好意)を大事にしていたんじゃなかったの?と。

 筆者は、里伽子の戸惑う理由が、拓の言葉を聞いた当初は、「東京行き」での出来事だと思っていたのに、拓の言っていることが「松野を振った」出来事にあったからだと筆者は考えます。

拓「最低じゃっ お前は!」

 このことを踏まえると、里伽子が「最低じゃ」という拓の言葉に反応して、「平手打ち」した理由が見えてきます。
 「小説版」、大学生となり高知に帰省して出席したクラス会の二次会を里伽子と抜け出した大学生の拓は、この時のことをこう振り返っています。

 里伽子が松野をひどい言葉で傷つけて振ったことに怒っていて、それでも里伽子が好きで、しかし、そればっかりは意地でも口にだせなかった(略)
「海きこ」第六章 285ページより引用

 拓にとって、里伽子が「最低」だと言ったのは、里伽子が松野をヒドイ言葉で傷つけて成績低下というどん底に落としたから。

 一方、里伽子が、拓の「最低じゃ」という言葉を聞いて(ほとんど)反射的に「平手打ち」をしたのは、拓が「自分(里伽子)への想いよりも松野との「友情」を優先させたことを知り、友情を大事にする拓への「怒り」と(松野に対する激しい)「嫉妬」を覚えたから。

 もし、拓の「変なこと」「迷惑」が東京行きでの出来事だけを指していたなら、「ひどい東京旅行になった」と里伽子が拓への申し訳なさを感じていたことから、拓に「平手打ち」することはなかったかもしれません。

 ぼくはすぐさま、ほとんど反射的に、里伽子の頬を打ち返した。
 自慢じゃないが、ぼくはそれまで、相手が弟であれ平手打ちしたことがなかったので、力かげんがわからなくて、すごい音がした。里伽子はよろめいた。そのよろめき方で、自分の平手打ちの威力をしり、すこし青ざめた。
「海きこ」第四章 188ページより引用

 「小説版」で拓は、里伽子に「平手打ち」ときの気持ちをこのように述懐しています。(内面への反感)
 「アニメ版」において、拓に「平手打ち」された里伽子は、口惜しそうに両肩を震わせながら、一瞬信じられないという表情をしたのち、口惜しそうに口元をキッと結ぶしぐさをしています。

 拓の強烈な平手打ちは、松野に対する拓の友情の表れであると里伽子は、受け取ったのではないでしょうか?
 拓が自分(里伽子)に対する好意よりも、松野との友情を大事にしていることにはじめて気づかされたからこそ、「アニメ版」における次のセリフが出てきたのだと思います。

里伽子「ずいぶん友だち思いじゃない! もういいでしょ!」

 実は、この里伽子のセリフは、「文庫版」「アニメージュ版」も含めてすべて違っています。

 里伽子「話ってこれだったの。もう、いいでしょ」
「文庫版」第四章 188ページより引用
 里伽子「ずいぶん親切じゃない もう、いいでしょ」
「アニメージュ版」第12話より引用

  3つそれぞれニュアンスが「微妙」に違っているのですが、本質の部分では同じだと思います。
「文庫版」の里伽子は、"これじゃない別の話”を拓に期待していたようにも解釈できるのですが…)

「小説版」において、のちに里伽子はこの「平手打ち」した時のことを指していると思われるセリフを拓に口にしています。

「そんなことないよ。会えばわかる。ホントにいいやつだよ」
 ムキになりかけたぼくに、
「拓って、友達のこと悪くいわれると、すぐムキになるんだから。あたしがいいたいのはね、人とトラブるのは、じかに会うからだってことなのよ」
「海きこ2」第四章 162ページより引用

 東京行きでの出来事を通して「居場所」だと思っていた拓が、自分(里伽子)よりも松野との友情を大事にしていると思い知らされた時の「アニメ版」里伽子の表情は、2人のすれ違いをより深めているように思えてなりません。
 筆者は「アニメ版」のセリフに、言葉にならない里伽子の想いが込められている気がします。

ずいぶん友だち思いじゃない!(杜崎くん、あなたは あたしのことを誰よりも一番に考えてくれる男性(ひと)じゃなかったの?)


「平手打ち」事件が残したものー2人はお互いを嫌いになったのか?ー


 「小説版」によれば、拓は里伽子と同じクラスでも口もきかず、顔があいそうになると背け合う「絶交状態」になったことを述懐しています。
(「海きこ」第六章 257ページ)

 結論から言えば、拓も里伽子も(深い部分で)お互いを嫌いになっていないと筆者は考えます。

 拓の場合、同級生たちの心ない「噂」で傷ついていた里伽子のヒドイ言葉が自分に直接向けられていたものでなかったからです。
 拓は、里伽子の松野への振る舞いに怒っただけなのです。それゆえに、拓は里伽子を嫌いにならなかった。

 一方、里伽子の場合、友達である松野を自分が悪く言ったから拓がムキになったと、里伽子が拓に「平手打ち」された時点で悟ったからです。
 里伽子は、拓が東京行きでの出来事を「迷惑」だと思っていないと感じた。 それゆえに、里伽子は拓を嫌いにならなかった。

 拓と里伽子の和解の機会はあったのでしょうか?

 次回、「小説版」・「アニメ版」本編に描かれることのなかった「あるイラスト」を対象に2人の和解の機会を読み解いてみたいと思います。


今回のまとめ

平手打ち事件に隠された2人の思いについて

 拓のセリフを聞いた里伽子は驚きと戸惑いを見せる。
 それは、拓のセリフに(無意識のうちに)拓の3つの視点から発せられた複雑な思いが込められていたからである。
 拓のセリフを聞いた里伽子は、自分に対する好意よりも松野に対する友情を優先させたこと知り、友情を大事にする拓への「怒り」と(松野に対する激しい)「嫉妬」を覚えた。
 里伽子の「怒り」と「嫉妬」が拓を「平手打ち」することにつながり、拓自身もほとんど反射的に「平手打ち」を里伽子に返した。
 その後、拓と里伽子はは「絶交状態」になるが、お互いを心から嫌いになったわけでない。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 



その20のページへ

いいなと思ったら応援しよう!