Hiroshi Odagiri

小田切博: フリーライター。著書『誰もが表現できる時代のクリエイターたち』、『戦争は…

Hiroshi Odagiri

小田切博: フリーライター。著書『誰もが表現できる時代のクリエイターたち』、『戦争はいかに「マンガ」を変えるか:アメリカンコミックスの変貌』(NTT出版)、『キャラクターとは何か』(ちくま新書)共編著『アメリカンコミックス最前線』(大日本印刷)

最近の記事

アメリカと日本のコミックスクリエイターの「著作権」

“海外ではマンガ家個人(個人のプロダクションも含む)が作品の著作権を持つ例は、あまり多くありません。たとえばアメリカのマーベルやDCなどは、著作権は出版社にあるのが一般的です(例外はあります)” (すがやみつる、https://x.com/msugaya/status/1790670566359486777?s=46&t=y1Fy0xxt8fO9v7ec2YFcBg) マンガ家で研究者、教育者でもあるすがやみつる先生が上記のようなポストをX上でされていた。 尊敬するすがや先

    • What If… : Never Into the Spider-verse

      D「Yo! ピートボーイ、相変わらずショボくれてんな、Ha!」 S「やあ、ウェイド、君はいつも楽しそうでうらやましいよ」 D「なんだよ、いつもに増して辛気臭いな。困ったことがあるなら、オレちゃん相談に乗っちゃうよ」 S「じつは自分の人生がうまくいかない原因がなんなのかを探るために過去50年ほどの自分のコミックブックを読み返してみたんだ」 D「ほぉ(物好きなヤツだな)」 S「それで気がついたんだけど、僕ってライターに恵まれてないんじゃないかと思うんだ」 D「なるほど」 S「特に

      • メディア芸術祭に関する個人的な感想

        先日、第25回で作品公募が中止されることが発表された文化庁メディア芸術祭について、その公的な立ち上げからの経緯に関する総括的な記事(https://natalie.mu/comic/column/492980)を書いた。 ここではそういう媒体に書くまでもないような瑣末で個人的な感想を書きつけておく。 誰も知らないイベント 私がメディア芸術祭を知ったのはたぶんゼロ年代はじめ頃、なにかの取材後に渋谷辺りをウロウロしていたら偶然展示をやっているのに行き当たったからだ。 当然それ

        • クリスチャン・トゥデイと中川晴久氏について

          「「統一協会と安倍元総理は関係がない」と私が言う理由 「心のレイプ」の被害者救済を」と題する記事のリンクが「フラットで現実性のある分析」「説得力がある」といった感想とともに複数Twitterで流れてきて「ん?」と思った。 というのは内容や著者名ではなく、掲載媒体である「クリスチャン・トゥデイ」の名に見覚えがあったからだ。 私は欧米コンテンツにおけるキリスト教的なモチーフへの興味、というよりその「理解しがたさ」からかねてより戦後日本における老舗キリスト教メディアのひとつであ

        アメリカと日本のコミックスクリエイターの「著作権」

          Look Back 「チェコ・コミックの100年」展@明治大学 米沢嘉博記念図書館

          2017年9月〜2018年1月にかけて明治大学米沢嘉博記念図書館で開催された「チェコ・コミックの100年」展について 公式アーカイブ https://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/exh-czech.html 2018年1月23日にTwitterに書いたメモ 今週末でチェココミック100年展も終わりなので、自分なりに気付いたことをまとめて呟こう。まず驚いたのがけっこう英語で情報があったこと。下記のRoutledgeのリーダーにも中

          Look Back 「チェコ・コミックの100年」展@明治大学 米沢嘉博記念図書館

          Nissim Otmazgin, Rebecca Suter編『Rewriting History in Manga: STORIES FOR THE NATIONS』(Palgrave Macmillan, 2016)

          イスラエル、エルサレム・ヘブライ大学(Hebrew University of Jerusalem)のニシム・オトマズキン、オーストラリア、シドニー大学のレベッカ・スーターの共編による論集。オトマズキンはヘブライ大学の東アジア研究科長、スーターはシドニー大学の国際文学部日本学科長であり、アプローチとしては東アジア/ジャパンスタデーズの文脈から編まれた研究書だといえる。 本書のテーマは近現代日本社会に流通する「言説」としての日本マンガに見られる歴史記述と歴史修正主義であり、オ

          Nissim Otmazgin, Rebecca Suter編『Rewriting History in Manga: STORIES FOR THE NATIONS』(Palgrave Macmillan, 2016)

          初心者、聞き専のためのClubhouse活用法

          2021年はじめ急速に話題になり、その後あっという間に語られなくなった感のある招待制音声SNS「Clubhouse」。現在サービス内部においても一部で「さびれた」といった声があがっているが、私はいまの状態は一時の狂騒状態が落ち着き、ユーザー自身がこのメディアの実際的な活用法を模索しはじめたところなのではないかと思っている。近くAndroid版のリリースも控えるこのサービスの使い方を、これから使ってみようというひと、自分から話すのは億劫だけどおもしろい話を聞きたい、有用な情報を

          初心者、聞き専のためのClubhouse活用法

          調査報告書『「表現の現場」ハラスメント白書2021』公開について

          ネット上でざっと内容を確認した段階で「これは画期的な調査だ」と思った。 2021年3月24日に「表現の現場調査団」によって公開された調査報告書『「表現の現場」ハラスメント白書2021』のことだ。 この調査報告書は2020年12月から2021年1月にかけて「表現の自由調査団」によっておこなわれたハラスメントに関するアンケート調査をもとに作成されたもので、アート、演劇、映像、写真、音楽、文芸、報道、研究、マンガ、ゲーム、デザインといったいわゆる文化、芸術、表現の領域において仕

          調査報告書『「表現の現場」ハラスメント白書2021』公開について

          「クラフト」としてのマンガ制作

          伊藤敦志『大人になりましょう』自費出版 本書は第23回メディア芸術祭新人賞を受賞したグラフィックデザイナー、伊藤敦志氏が二人のお子さんのために5年がかりで制作された自主制作マンガ単行本『大人になれば』の副読本として書かれた冊子である。 『大人になれば』は失業した男が息子への誕生日プレゼントとして帽子を買ったことからはじまる奇妙な経験を描いた一種のSFファンタジーだ(一コマ一コマに仕掛けがあるような端正で美しい作品なのでぜひ実物を読んでいただきたい)。 ここで取り上げる『

          「クラフト」としてのマンガ制作

          イングリッシュマン・イン・ニューヨーク  ~グラント・モリソンと『フレックス・メンタロ』~

          2000年ごろ「クリエイターから見るアメリカンコミックブック史」のようなものを構想していた際に、そのうちの一章として書いたもの。この企画はシーゲル&シャスター、スタン・リー、ニール・アダムス&デニス・オニール、ジム・シューター……てな感じで一章ごとに評伝風にクリエイターについて書いていく読み物として考えたのだが、なぜか最初に書いたこのモリソン編を仕上げた時点で「こんなものにニーズがあるわけがない」と気づいて自主的に企画ごと没にした。いま考えると、能力、知識的な面でもあの時期に

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          イングリッシュマン・イン・ニューヨーク  ~グラント・モリソンと『フレックス・メンタロ』~

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