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『ルクス・エテルナ 永遠の光』 映画撮影で起きてほしくないことが全て起きる映画

『ルクス・エテルナ 永遠の光』(2019年/ギャスパー・ノエ)

【あらすじ】
魔女の映画を撮っていたら地獄絵図になる

たとえば映画の劇中で殺人鬼がナイフを誰かに突き刺して殺したとしても、それを観客は安全圏から傍観しているに過ぎなくて、まるで自分自身が殺されたみたいだ、という恐怖のシンクロ体験というのは、本質的に映画というメディアには不可能性が伴っていると感じる(様々なアプローチはあれど)。
もちろん、その体験に接近することはあれど、物理的に映画から観客が殺されることは絶対に無いので、その不可能性に抗うために監督は色々と試行錯誤するわけである。

で、唯一観客への直接的な加虐性を行使できるのが「光」である。
光だけが、映画の劇中から安全圏にいる観客に対して直接作用することが出来て、だから突き詰めれば映画は光と影の芸術だとよく言われるように、映画において光は最強なのだ。

本作はそういった意味で、あまりにも的確に観客の眼球に直接作用する形で「光」を用いていて、まずはそれだけで果てしなく崇高に思える。

前作『CLIMAX』で余った残飯処理くらいの気持ちで、撮影現場地獄絵図が展開するのも、心がポカポカする……撮影現場で起きてほしくないことがほとんど全部詰め込まれていて、そういったことを考えられて表現できる作家こそ人格者だ。
(人格者であれと言いたいわけではないけれど、こういったポカポカする気持ちというものが、たとえばアリ・アスターの倫理観からは感じられない。『ミッドサマー』の光と本作の光は、光の種類があまりにも大きく異なるものの、自分は後者に映画的幸福を感じる)

シネフィルを崇めつつ唾を吐き捨てるようなゴダールとかブニュエルとかドライヤーの乱暴な引用が、しっかりと作家性と結実していて、イタズラも長くやれば作家性になるのねと感心。

シャルロット・ゲンズブールの娘からの電話がホラーとしてうまい。

本人役同士の女優の会話を撮るセンスが心地いい。ずっと聞いていたかったものです。

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