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『MEN 同じ顔の男たち』 この世界と、この世界の男と女のすべてにドン引きする
『MEN 同じ顔の男たち』(2022年/アレックス・ガーランド)
【あらすじ】
わたしの周りがなんかずっときもい。
一般的に恐怖と対峙する主人公は、その恐怖に対するリアクションとして「こわい」という表情をする。のだが、本作においては終盤、主人公は恐怖の対象に対して「恐怖する」のではなく、「あきらめ」にも似た無表情を浮かべて、それをただじっと見つめるのだ。つまり、ドン引きしている。
「わたしに何を求めてるの?」「愛だよ」「……ハァ」この「あきらめ」のため息の感覚、虚脱感、ドン引き感が、すこぶる現代的な感性であり価値観に感じられて心からグッときた。ドン引きとため息の時代における、ドン引きとため息のホラー。
巷で言われているようなミソジニーホラー(『透明人間』『アオラレ』『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』など)だという先入観を持っていたけれど、そうではなくて、むしろミソジニーとミサンドリーの表裏一体的写し鏡な構造こそが絶望であって、だからこそ傑作。
もちろん、所謂フェミニズム映画でもあるけれど、これは被害者・女性VS加害者・男性とか、善と悪という単純な二項対立の話なんかじゃ全然ない。これが単に「男サイテー」「男キモイ」「女の思う男のイヤなとこ金太郎飴」みたいな映画だったとしたら、あ、このジャンルはもう終わったな……と落胆していたところだったけれど、その先に進んでみせたのはやっぱり新しいし、作家が物語やジャンルに真摯に向き合っていると心から感じる。
(たとえば、同じ俳優の顔を使う、というジャンル映画ひいては低予算映画のアイデアを、表面的な不気味さそれだけに終始させない、テーマに直結させる手腕には誠実さすら感じる)
もっと言えば、ミソジニーとかミサンドリーとか以前に、これは出産に関する映画だ。肉体的な出産ではなく、精神的な出産。
あまりにも親切に、主人公夫婦が住む部屋には赤い光で満ちていて、夫の死後に主人公が訪れるカントリーハウスもまた、壁紙が真っ赤に塗られている。
それが「胎内」を想起させるのは言うまでもないけれど、「胎内」のイメージはついにトンネル=「産道」で遭遇する男によってより強固となる。
(トンネル内で主人公が自身の名前をこだまさせる、反響させる様子は、まるで超音波検査のメタファーのようだ)
こだま(木霊)を経て現れる男が、タンポポの種子を主人公の口に吸引させる場面も「受精」のイメージを決定付ける。
こういった性的なイメージの丁寧な提示によって、最終的に主人公が精神的な儀式として「出産」を体験する(肉体的な出産をするのは主人公ではなく、彼女はそれを傍観する)、生まれ直す、みたいな寓話性がある。
また、本編では夫婦が離婚するに至る理由が(夫の暴力などが原因ではあるが、むしろそのきっかけ)が描かれないけれど、夫が胎外へ「落ちる」というイメージは、端的に流産を想起させる。
降りかかる雨、木からリンゴが落ちるというイメージもまた同様に。
もしかしたら、夫婦間で「子供」を巡るトラブルが発生し、それが元で夫婦間のバランスが崩れて(どちらがどうとかではなくて、それによってお互いの向き合い方、愛に亀裂が生じた)、あの別れ話に至ったのかもしれない、なんて妄想をした。
そうであるならば、この物語が出産のイメージを散りばめていたり、主人公が精神的な出産を体験する理由も理解できる。
「落ちたこと」からの脱却。
舞台となる「コットソン」は「COT=ベビーベッド、SON=息子」を意味しているはずだ(ご丁寧に綴りを警察に説明するシーンまである)。
なぜ、友人は妊婦だったのか?
なぜ、あの屋敷は血にまみれる必要があったのか?
エンドロール、子供たちの楽しげな声と共に、タンポポの種子が集結し球体となる様子が描かれる。それはまるで「受精卵」だ。
……というのは、かなり女性主人公に寄り添った見方のひとつであって、この多層的な作品の解釈は幅広く存在していると思う。良い映画の所以だ。男女を逆転しても成立する作品だとも思うので、改めてミソジニーホラーに限定しちゃうのは勿体ないなーと感じる。
象徴性と寓話性に満ちていながら、これはわたし/ぼくの物語だと受け止められる普遍性すらある。本質的に、誰もこの映画から逃げられない。変な映画だ。でも、その誠実さには目を見張るものが確かにたくさんあった。エレベイテッドホラーの究極。
ショットもいちいち全て的確にキマっていてそれも超良かった。あと、ジェシー・バックリーは『ジュディ』のマネージャー役でいい女優さんだなーと思っていたけれど、主演作『もう終わりにしよう。』といい、象徴に満ち溢れた幻想メタファー映画が続いていて、早速ヘンテコな映画ばかりに出る人だなーと思いました。
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