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「痛い目をみて学ぶ」のはむしろ親である

生後11か月くらいで歩けるようになった息子。
この頃って好奇心に身体能力が追い付いていないから、どうにも危なっかしい。すぐによろけて転んだりするのに、ちょっとした段差があってもそのまま突進したりするから、「危ないよ!」とか「足元みてよ!」とか言いながらずっと息子につきまとっていた。

過保護なボディガードである僕をみて、義母は「ちっちゃい子どもは、いっかい痛い目みて学んだ方がいいんだ」と言った。
まぁ、そうかもなぁとは思いながらも、やっぱり危なっかしいから、相変わらず段差やテーブルの角から息子を守る日々が続いた。

そして、あっという間に時がたち、息子は1歳半になった。

午前中は公園で遊び、お昼ごはんを食べるまではいつもと何ら変わらない幸せな日曜日を過ごしていた。
息子はいつもなら14時くらいにはお昼寝をするので、この日も公園でたくさん遊んだから、きっとすぐに寝るだろうなと勝手に予想していたけど、まったく寝なかった。

あっちにいく、こっちで遊ぶと家の中を動き回り、僕もそれについてまわる。15時を過ぎても、いっこうに寝る気配がない。

次第に、絵本を踏んづけたり、おもちゃを乱暴に投げたりと、いつも注意していることをやり始めた。
空になったおもちゃ箱は、息子のひざくらいまでがすっぽりと入る大きさで、何度かそれに入っていたことを「ひっくり返ったら危ないから入らないでね」と注意したことがあったのだが、このときも入った。

いつもどおり注意して息子を引っ張り出したんだけど、数分後にもう一回入ってしまった。
箱のふちに体重をかけて僕の方を見て、わざと挑発しているかのようだった。

このとき、朝から息子と行動をともにしていた僕は、疲れを感じ始めていた。
疲れだけではなく、正直にいうと、なかなか寝ない息子にイライラもしていた。
そんな状態だったから、というのは言い訳かもしれないけど、2度目におもちゃ箱に入ったとき、僕は注意しないでそのままにした。

「痛い目みて学べばいいんだ」

義母に言われても、過保護なボディガードをやめなかったはずなのに、このときはそう思ってしまった。

次の瞬間、息子が後ろにひっくり返り、タンスに頭を強打した。
ガンッ、という聞いたことがないくらいの大きな音。
一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れた。
そして、息子が泣き叫んだ。

普通じゃない衝撃音と、明らかにいつもと違う泣き方。
すぐに息子を抱きかかえ、キッチンにいた妻も飛んできた。
叫び続ける息子の鼻から少量の血が出てきて、ことの重大さが露わになった。

すぐにスマホで調べ、目の焦点が合っているかとか、立つことはできるかとか、体には異常がないことを確認していると、息子は徐々に落ち着きを取り戻し、妻に抱かれたまま眠ってしまった。

僕はほんとうに後悔した。人生で一番と言っても過言ではないくらいに後悔した。
なんで注意しなかった。なんでイライラしてしまった。なんで近くで守ってあげなかった。
寝ている息子の横で、深く深く反省し、無事であることをずっと祈っていた。

いくら疲れていようが、イライラしていようが、自分の子どもを危険から守ることはやめてはいけない。
親が子どもにしてあげられることはたくさんあるけど、やらなければいけないことは唯一、その命を守ることだ。
そんな当たり前のことを身に染みて感じた。

「痛い目をみて学ぶ」のはむしろ親だ。
義母の言葉も、ほんとうは僕に対する言葉だったのかもしれない。

1時間後、何事もなかったように息子がむくっと起きた。
逆に心配になるくらいに、いつもどおりの様子で遊び始めた。

「これ誰?」と僕を指さして聞くと、「とと」と言う。
「じゃあこれは?」と妻を指さすと、「かか」と言う。

良かった。ほんとうに良かった。
緊張が解けて、全身の力が抜けた。
同時に、もう絶対に危険な目には合わせないと、心に深く刻んだ。

息子の様子を見守りながら一緒に遊んでいると、息子の着ている服に虹を見つけた。

「あ、ここに虹があるねー」

息子は、ぽかーんと僕を見上げ、どこかへ走っていった。
いつもなら「にじ!」とか言ってくれるのにな、と少し不安に感じていると、一冊の絵本を持ってきた。

なにかを探すようにページをめくっていく。
と、あるページで息子の手が止まった。そこにも虹が描かれていた。
虹を指さし「ここにも虹があるんだよ」という顔で僕を見上げる。

僕は涙をこらえ、笑顔をつくり、そっと息子の頭を撫でた。

#子どもに教えられたこと




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