グリーンピースのにぶい光
新曲のリリックビデオができました!
けっこう気に入っています。ふふん。
のぞいてくれたらうれしいです。
グリーンピースのにぶい光
小学生の頃、グリーンピースが嫌いでした。確か給食のミックスベジタブルで食べたんだと思いますが、中身がぼそぼそしているのが嫌でした。
それ以来グリーンピースを敵と認定して日々生活していたある日、家族と近所のファミレスへ行きました。頼んだハンバーグにそえられていたのはミックスベジタブル。当たり前のように、宿敵・グリーンピースも鎮座しています。思わず顔をしかめました。
かといって手を付けずにいれば叱られるのは確実です。覚悟を決めたわたしは、ミックスベジタブルを乗るだけフォークに乗せ、口へ運び、一思いに嚙み締めました。
ぷつ!と弾けるグリーンピース。
弾ける?
ファミレスのグリーンピースはまるでとうもろこしのように、甘いスープでぱんぱんに満たされていました。これがあのグリーンピース?給食で出会ったアイツとはまるで別物です。
それからわたしは、グリーンピースへの見方を改めました。グリーンピースは敵なんかではない。調理法次第でいくらでもおいしくなりえるのだ。
大人になってからは機会がなく、久しくグリーンピースなんて食べていません。おいしいとは思うけれど、わざわざ買って食べるほどのものでもない。それがグリーンピースです。
ですが、グリーンピースを初めておいしく感じたあの日のファミレスの風景はよく覚えています。改めて人に話すようなことでもない、それこそグリーンピースのように素朴なエピソードだけれど、そんなささいなことにひどく驚き感動した瞬間があったことは確かですし、わたしの中のちいさな宝物です。
そういった「日常の中の、どうでもいいけれど宝物のようなもの」に焦点を当てたいな、と思いました。そういう作品作りをしたいな、と。作品作りというとものすごく大袈裟ですね。そういうものや気持ちをなにかしら形にしていきたい、くらいの気さくなニュアンスです。
フォーカス
ニュースを見たり噂話を聞いたりしていると、世の中には大きな流れがあって、人間ひとりひとりの行動や心が確実にそこへ影響を与えている・・・ともいえるし、何をどう頑張っても変えられないものもある・・・ともいえるな、と感じます。最近、特にそう感じるようになりました。
矛盾する内容だけどどちらも真理で、シュレディンガーの猫ともちょっと違う、2つが完全に両立した状態で存在しているような・・・。
ただ、どこにフォーカスを当てるかは自分自身で選べる、選んでもいいよな、と思います。
つらすぎてまともに受け止められないことには一旦蓋をして、それはなんか違うよなと居心地悪く感じることにもとりあえず反応しないで、ひとまず、音楽をしようと思います。そうします。
・・・ところでこの『音楽をする』という言葉って、なんだか大袈裟ですよね。自分で言っていていつも「なんか違うなあ」と気になります。特に曲作りなんて、ほとんど地味な作業の連続です。
でもそこがいい、そこが好きなのです。すごく地味でなんでもない作業を終えた果てに、ちゃんと『音楽』っていう形になっているところが。
それの何がどう好きなのか・・・いずれもう少し深掘りしてみたいな。