初めての体験
この前私は、30間近にもなって初体験をした。
この歳になっても、見た瞬間に心が奪われ涙が出そうになったもの。あまりの迫力に胸がいっぱいになった。
その初体験の正体は
劇団四季 リトルマーメイド
だ。
劇団の名前は知っていた。その名前は有名であったし、テレビコマーシャルも流れていたのをこの30年間でいくつも見てきた。
ライオンキングであったり、オペラ座の怪人であったり。けれどもどれにも興味を持つ事はなく、まさか自分が観劇をするなんて夢にも思っていなかった。
けれども今回、縁がありお誘いを頂いたので観に行く事にした。自分からは積極的に行かないものでも、誘われたら行ってみたいかも!と思う人は結構いるのではないだろうか。私もその一人である。
舞台が始まる前、会場には波の音が響きリトルマーメイドの世界に迷い込んだような気分になった。
そうしてソワソワしていると、幕が上がる。
愉快な音楽と、カラフルな衣装。会場中に響く人魚達の歌。
その瞬間胸が熱くなって、苦しくなって、最早泣く寸前であった。
この感情の正体は分からない。ただ目の前に広がる光景に胸が打たれてしまい、涙を堪えるのが精一杯だった。
どのキャラクターも、人が演じている事を忘れてしまいそうになる程の演技力。
カニのセバスチャンはもうカニにしか見えないし、アリエルも人魚にしか見えない。
王子はどう見ても王子であったし、アリエルのパパはパパでしかない。アースラーのコロコロと変わる歌声と迫力はヴィランズでしかなかった。
アリエルが初めて脚を手に入れて立てなかった時、アリエルに踊りと立ち方を教えてくれた鳥(どうにもキャラクターの名前が覚えるのが苦手なので許して欲しい)の視線が優しくて暖かくて、ああ、本当に教えてあげてるんだなあと錯覚してしまった程。
どのキャラクターも、そのキャラクターになりきっていて、いい意味で人が演じているとは思えなかったのだ。
アリエルやパパ、お姉さんの人魚達が海中にいる時は、ずうっと縦にゆらゆらと、分からないくらいの角度で揺れていて、いざ地上に上がるとその揺れは一切止まる。
ゆらゆらと揺れているあの動きはどこからどう見ても海中に漂う人魚であった。
どれだけの神経と筋肉を集中させれば、そんな技が出来るのだろうと不思議で堪らなかった。
会場に響く演者さん達の歌声は、聴いているだけで心が揺さぶられ劇の内容に一気に引き込まれた。
明るく楽しい歌、切なく苦しい歌、心が躍る歌、勇気が湧いて出てきそうな歌。
そのどれもが全力で、精一杯で、歌が終わる度に拍手するという流れがあったのだけれど、拍手しなきゃ!という感情よりは、勝手に手を叩いていた。
それ程あのパワーは物凄い。力強くて、けれども繊細で聞く人をその場面に取り込んでしまうのだから。
最初から最後まで私の掴んだ心を離す事なく、リトルマーメイドは終演に向かっていく。
どうか終わらないで、と一曲一曲、一場面一場面終わる毎にその気持ちは強くなる。
出来る事ならこの世界にずっと浸っていたい。この心地の良い歌声を聴き続けていたい。そう願ってしまう程に。
けれども現実は残酷で、物語はあまりにも綺麗に終わりを迎えた。
もう、打ち鳴らせる限りの拍手をする他ないじゃないか。
やり切った笑顔で
清々しい姿で
両手を広げお辞儀をし、客席を見つめる出演者の方達は素晴らしい程のパワーと自信に満ち溢れていた。
その姿にまた胸が締め付けられて、終わった現実をしばらく受け入れられなかった。
普段、舞台に行ってもコンサートに行っても必ずお目当てがいるもので、その人の事しか見ていなかったりするのだけれど、全体に興味を持って、お芝居そのものに集中して見たのは恐らく今回が初めてだ。
お芝居って素晴らしいんだなあ。
あれだけ私が興味を持たなかった劇団四季は、私が幼い頃から恐らくこのクオリティを保っていて、それが受け継がれて来ている事に感動してしまう。
劇団四季が公演している他のものも観劇したくなったが、けれども私はもう一度同じ場所で、リトルマーメイドを観たいと心から思った。
人魚がひらひらと泳いでいく姿、人魚から一人の人間の女の子に変わっていく姿。
それらをもう一度目に焼き付けて、もう一度あの世界に引き込まれてしまいたい。
言葉にしてしまえば陳腐な言葉になってしまうけれど、本当に本当に素晴らしい舞台を観たのだと私は心の底から思う。
どうかまたあの空間に参加する事が出来ますように。
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