#06 日本アニメ好きベルギー人クリエイターが極める映像表現の流儀
カラーズクリエーションによるインタビュー企画「CREATOR's INTERVIEW」。第6弾となる今回は、ベルギー出身の3DCGクリエイター Maxime Guislain(マキシム・ギスラン)を招き、カラーズクリエーション代表 石多未知行との対談をお届けする。
日本のアニメをこよなく愛するMaximeは度々来日しており、各地の友人から「マックス」の愛称で親しまれている。
日本語も堪能で、常に柔らかい表情で周囲を和ませているマックスだが、そんな彼が創り出す作品からは、奥底に秘めた鋭い感性、微細な映像表現にかける情熱を感じることができる。
今回のインタビューでは、そんな彼の作品や作風がどのように培われたのか会話を通して明らかにしていった。
今回彼が来日したのは、カラーズクリエーション所属クリエイターとして、新宿・歌舞伎町タワーにオープンした「THEATER MILANO-Za」の柿落とし公演「舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド」の映像制作を担当するためであった。
歌舞伎町タワーの開業とともに大きな話題となっていた本公演は、2023年5月からスタートし大盛況のうちに終劇。6月には長野県・松本、大阪でも公演され、好評を博した。
─CG制作に明け暮れた学生時代
石多:今日はインタビューに応じてくれてありがとう、舞台の話も聞きたいけど、まずはマックス自身のことを改めて聞いていきたいと思います。
マックスは3DCGを作り続けてもう10年以上経つと思うけど、いつからCGに触れていたんですか?
Maxime:こちらこそ、ありがとうございます。
初めてCGに触れたのは12歳くらいの頃ですね、
子供の頃はドローイングのクラスに在籍していたので、CGを習っていたわけではないんですが、僕の叔父がCGソフトの3ds Maxを使っていたんです。
ソフトの使い方も教えてもらい、楽しみながら映像制作に触れているうちに、どんどん3DCGの世界に傾倒していきました。
他にも学生時代にはベルギーにあるプロジェクターメーカーでインターンをしたり、映像の業界へのめり込んでいった感じですね。
石多:なるほど、その中でプロジェクションマッピングも制作したんですか?
Maxime:22歳の時、5000人規模くらいの会場でミュージカル映像を作ったことがあって、それが自分にとって初めてのプロジェクションマッピングでした。
その時の演目は「ピーターパン」で、動物とか、妖精の光とか、いかにもファンタジックなCGをたくさん作りました。
エヴァンゲリオンとはほぼ対局の、可愛らしい舞台でしたね。
─出会いは日本の国際大会への参加と、グランプリ受賞
石多:マックスは僕らの周りでも特に日本が好きな印象が強いんですが、初めて日本に来たのはいつごろだったんですか?
Maxime:初めて来たのは18歳、高校生の頃でした。
日本のアニメ、漫画作品が好きで、特にロボットアニメのグッズが売っていた時はテンションが上がりました。マジンガーZ、ガンダムWとかですね。
最近はネットを通して日本のアニメもほぼリアルタイムで見られるけど、当時はやっぱり日本に来ないと十分にアニメを味わえなかったです。
その頃は毎日3時間くらい日本語のレッスンをしたり、なにかと忙しく過ごしていました。
石多:マックスとの出会いは2014年ごろで、僕たちが企画しているプロジェクションマッピング国際大会に参加してくれたことがきっかけでしたね。
当時はどこから大会のことを知ったんですか?
Maxime:Facebookで流れてきて知ったのですが、ちょうど個人でもマッピングに挑戦してみたいタイミングだったんです。
実はマッピング作品としてあれが初めての個人制作だったので、グランプリを受賞した時はかなり驚きました。
石多:あの作品は水や波の動きがとても印象的で、今でも鮮明に思い出せます。こういう流体表現のテクニック・作風はマックスの独自性の一つですよね。
Maxime:巨大な建物に動きを持たせるような迫力ある映像にしたくて、当時は楽しく作っていたのを覚えています。2015年以降も続けて大会にエントリーして、日本の美しい建物に自分の映像を投影できるのがとても嬉しかったですね。
─徐々に磨き上げていった3DCG制作の技術
石多:ところで、マックスは「pixel」という名義を使っていることがあるけど、「Maxime Guislain」と使い分けているのはどんな理由から?
Maxime:制作をする中で、個人ではなくスタジオとしての名義を持っていた方がいいと思って、屋号として「pixel」を名乗り始めました。実態は僕一人なんですけどね。
なので、ブランドのように捉えてもらえたらと思っています。これからもpixel名義での仕事を増やしていきたいです。
石多:pixelとして、これまでになにか印象的だった仕事はある?
Maxime:"LEGO"とコラボレーションした案件があって、ベルギーでの博覧会で、開催した建物にプロジェクションマッピングを行ったのがとても印象的でした。それは博覧会でもあり、動物園のようでもあり…。
とても人気の企画で、アムステルダムでも開催された時にはCM映像の制作を担当しました。
レゴを組み立て、動物の彫像を再現するというアイデアが面白かったです。
CMでは動物たちが集まり、最終的にイベントのポスターデザインが出来上がるという流れなんですが、平面であるポスターを3DCGで自然に再現する必要があって、できるだけリアルに見せる必要がありました。
そのために手作業で3000個ほどレゴのCGを動かして調整したり…。とっても大変な作業だったという意味でも、印象的でした。
石多:LEGOにおいてもそうだけど、水や流体のような物理演算の表現は昔から好きだったの?
Maxime:そうですね。映像の中でも、流体の表現は特に好きです。
プロジェクションマッピングにおいても、映像の世界と建物を調和させるためには非常に効果的な方法だと思っています。
石多:他にこういった演算を使った表現が効果的な素材は何だと思いますか?
Maxime:破壊表現、火、煙、など…あとやっぱり「液体」を美しく描くためには必須ですね。流動的な美しさを表現する上で、物理演算はこの上なく有用なツールだと思います。
─舞台・エヴァンゲリオン ビヨンドの映像制作を担う
石多:さて、話は変わりますが、改めてエヴァンゲリオン ビヨンドの映像制作はお疲れさまでした。ラルビ氏(原案・構成・演出・振付)からこの話が来た時、どう思った?
Maxime:最初は単に日本の作品の舞台化ということで話を聞いていて、それがエヴァンゲリオンということを聞いた時は興奮しました。
YESという他に選択肢はなかったですね。
石多:実際に、エヴァンゲリオンの世界を舞台の映像として制作してみて、どうでしたか?
Maxime:予想以上に素晴らしい経験になりました。チーム全体が、ラルビの演出に応えようと全力を尽くした結果だと思います。
今回も流体表現を使用したのですが、煙の動きといったスローで緻密な表現も含め、全てを0から作っていたことで、舞台に印象的な瞬間をたくさん生みだせたと思っています。
石多:確かに、ただの煙に見えるようでも独特な動きをしていて、記憶に残る映像になっていましたね。
Maxime:これまで舞台の映像制作チームというのは、ステージ制作の中でも独立しているケースが多くて、基本的に映像を納品するところまでが仕事だったんですが、今回は舞台の最初から最後まで常に映像を使うし、その一つ一つを稽古の中で調整しないといけなかったので、そうした側面からも初めての経験でした。
照明や音響、俳優さんたちに常に合わせていかないとならない。その一つ一つがとても厳密な進め方をしていたので、かなり大変でしたね。他の国で舞台に携わった時の現場はもう少し緩かったです。
演出家のラルビさんの進め方の特徴だと思うけど、繰り返し繰り返し確認して一歩ずつ進んでいく感じでした。さらに日本の丁寧な進め方もあり、これまでの現場にはない感覚でした。
石多:自分も制作に立ち会っていたけど、本当に一歩ずつ進んでいく現場でしたね。今回の作品の中で、気に入ってるのはどの辺りですか?
Maxime:前半部分で最初の使徒との戦いがあるんですが、そのシーンはエヴァンゲリオンという作品が持つ迫力を十二分に表現した、印象的な景色が作れたと思います。
石多:では、最も大変だったことは?
Maxime:既存のストーリーやコンテンツを使用するのではなく、今回のチームで新たに全てを組み立てていかなければならなかったことですね。
エヴァの世界や雰囲気をよく知っているだけに、自分自身やラルビが納得いくものを0から作っていくのには相当骨が折れました。
石多:初日の公演ではお客さんにスタンディングオベーションをもらえて、報われた感じがしましたね。
Maxime:はい、本当に安心しました。
─流体表現を活かす、これからの映像作品の形とは?
石多:改めて「舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド」が好評で、マックスとの協働が良い形で終えられたことがとても嬉しいです。
今後はどんな仕事がしてみたい?
Maxime:自分の表現にはセンサーを使ったコンテンツも合うのではないかと思っていて、2022年からはインタラクティブな体験型コンテンツをいくつか作りはじめました。
ベルギーでも体験型コンテンツは流行しているように感じます。
これからはそういう体験型のコンテンツをパッケージにして、色々なところにアピールしていきたいと思ってます。もちろんベルギーだけじゃなくて、日本にも広げていきたいですね。
石多:いいですね、また一緒に仕事ができるようにお互い頑張っていきましょう。
─インタビューを終えて
マックスと新潟で初めて会った時、こちらが英語で話しかけると日本語で流暢に返してきて、とても驚いたのを思い出します。彼を含めてアニメやゲームをきっかけに日本を好きになり、訪日する外国人は多いのですが、難しい日本語を日常会話で流暢に話せるレベルまで(アニメから)習得してしまう人は少ないです。
他にも複数の言語をさらりと使いこなし、映像制作だけでなく、様々な専門ソフトウェアの操作にも精通しているという地頭の良さを持つ彼ですが、その根底にあるのはとても強い「好奇心」だと感じます。
日本のアニメについて僕ら以上にニッチなものを知り、深く語れるのは自分の興味関心に対する探究心の表れであり、それこそが彼の強い映像へのこだわりや質感の醸成に繋がっているのでしょう。
彼は自分のことを「私は「オタク」です~」とよく冗談めいて言いますが、何かに傾倒し、そのトレースで終わらず自分の色が出せるほどに磨きをかけていく姿勢には素晴らしいものがあると思います。
日本人の「オタク」像は内向的で自己完結に帰するイメージですが、いま実際にも日本人が総じて「日本」という居心地の良い殻の中でオタク化し、結果的に内向性を強めているように感じています。
しかし彼のようにオタク的に興味を掘り下げつつ、自分の武器にまで昇華させられている所には何かヒントがあるのではないだろうか?
日本人もその技術や集中力をポジティブにアウトプットする方向へ持っていけたら、より大きな存在感をもたらすことができるのではないか?
マックスとCG制作やアニメ談義をしているその奥に、そんな可能性を感じた対談でした。
石多未知行
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